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二十六話

 二人で寮の自室に戻ると、いつものようにアリアが出迎えてくれる。

 制服から私服への着替えを世話して貰い、クッションの効いたロングソファに寝そべると、本日の気疲れから深く長い溜め息が漏れ出していた。


「ずいぶんお疲れですか、坊ちゃま?」

「んー……、まあ、ちょっと面倒ごとが起こってなー。」

「それは、私がお聞きしても良い事ですか?」

「別に構わないぞ。」


 俺が身を起こすと、右にアリアが、左にレイセルが腰を下ろして、流れるようにアリアの膝枕に寝かされ、レイセルが足先から丹念にマッサージを始めてくれる。はふ、極楽だぁ……。


「それで、一体如何されたのです?」

「うん、それがなぁ――……。」


 学園で早朝からあった騒ぎと、その顛末。放課後に得てきた関係する情報と、最後の従者メイドとのやり取りまでをゆっくりと語り終えた俺の髪を、優しく撫で続けながら聴いていたアリアがくすりと笑う。


「なる程、お疲れ様でした坊ちゃま。お陰でいつもよりレイセルが、上機嫌な訳も判りましたし。」

「~~♪」


 普段余り表情を動かさないレイセルが、今は微かに唇を緩めている様子を見て、アリアと視線を併せて小さく笑い合う。

 緩くて、煖かで、平穏で、幸せな時間。だが、これにはタイムリミットがあるのを俺たちは互いに理解している。


 今の下級クラスまでなら、子爵家としての俺の身分は通用する。だが、選択科目が始まれば、上級クラスとも合同で学ぶ機会が必ずやってくるのだ。

 そこでもし、俺の派閥の令嬢たちや、可能性は高くないとはいえ、従者であるレイセルやアリアに目を付けられたら。そして、上位者である子息たちに、彼女らを『貸し出す』様に求められてしまったら。


 俺には、抗う権は無い。どうしても抗いたければ、今回持ち出した『模擬決闘』という手段もあるにはあるが、その結果がどうあれ、俺と実家であるライハウント家は、相手とその家との間に、小さくとも無視出来ない確執を抱え込む。

 貴族の『社交』として、それは尤も避けるべき事態で。

 だから今は、許される間だけは、目一杯この時間を大切にする。それだけが、俺たちに出来る事なのだと。


 それが、派閥を持つと言う事。派閥を、その構成員を使って、自身の家より格上に取り入り、覚えを目出度くして、伝手を繋いでいく。

 だから、派閥なんて持ちたくもなかったのだ。メイド達だけならば、どうとでも隠し遂せる手段は在ったかもしれないのに、な……。そして、令嬢らを結局見捨てられなかった時点で、覚悟は決めている。

 だがそれでも。

 ただ一つだけ、その必要が無くなるかも知れない可能性も、なくは無いのだが。

 母上譲りの、この美貌を俺自身が上手く使いこなせさえすれば……もしかしたら。


「大丈夫ですよ、坊ちゃま。私達は、大丈夫。ですから、どうか坊ちゃまはご自身と、お家の事だけをお考え下さい。ね?」

「……ああ、判ってる。」


 フワリと、何処までも包み込んでくれるような頬笑みを与えてくれる彼女に。

 淡々と付き従い、護り尽くしてくれる彼女に。

 俺はその夜も、体力が尽き果てるまで、甘え続けた。

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