十七話
昼休み、昼食を取る為に本校舎の食堂へ向う途中で、それが来た。
まあ、予想はしてたけどね。
「やあ、ライハウント殿。昨日はうちの者が世話に成ったようだねぇ。」
同じ十三歳とは思えない体躯の、ぶっくらと膨れ上がった肥満体を揺らして、偉そうにふんぞり返ったお子様が取り巻きを引き連れて俺の前に現れたんだよ。うん、昨日見た顔ぶれもちゃんと居るから、間違いなく彼はデブロッド家の嫡男なのだろうさ。
「いやいや、こちらこそだデブロッド殿。俺も少々気が立っていてな、少しばかり大人気なかったよ。」
互いに表面上は笑顔で、しかし視線は探りあうように。家同士の確執は全くなかった相手だけに、ここでの対応がその後を決め兼ねないからな、言質には慎重に気をつける必要がある。
お子様の視線が、俺から外れて供していたレイセル、そして同行していた令嬢二人に向けられて、嘗め尽くすように匐いまわったあとでニヤリと笑みを浮かべる。
「くくっ、ライハウント殿も中々ご趣味がいいようだねぇ。昨夜は後ろの二人を可愛がってあげたのだろう?」
「ふふ、まあ、目をつけていたからな、それなりには。デブロッド殿も、初日からかなりお盛んだったのでは?」
俺たちの雰囲気を察して、周囲にいた生徒達が火の粉が降りかからぬようにと、ササッと距離を明けて往く。まあ、気になって遠くから様子を窺っている奴も居るのはご愛嬌か。
俺は彼の後方、取り巻きの内側に連れられた令嬢五人へと視線を向ける。誰もが陰鬱に、或いは顔を見られないようにうつ向く姿から、どんな扱いを受けたのか想像に難くない。ちっ、ませた糞デブが。
内心の嫌悪感と侮蔑を、しかし表情にも声にも出さないように押し殺して、対応を続ける。その程度、前世の社畜時代に上司や取引先で随分と鍛えられた経験が活かせるからな。哀しい事に。
「ああ、彼女たちもボクの寵愛を受けられて、幸福と栄誉に悦び震えてくれたものさ。まだまだ足りないけどねぇ。
だからお互い、先日のような不幸な擦れ違いは、無いほうが喜ばしいと思うんだ。判ってくれるよねぇ?」
「勿論だとも、デブロッド殿。お互いに今後も『良い趣味』仲間として付き合って行きたい物だからね。次回が競合した場合は、こちらが譲らせて貰おうとも。」
可能な限り、そう成らない様に努めたいものだが、どうなるやらな……。そしてやっぱり、演技は心が輾み、ストレスが堪る。このクソガキを思いっ切り張り倒せたら、スカッとしそうだよ。流石にそれは色んな意味で現実的ではないし、出来ても『今は』するべきではない。機会さえ在れば遠慮はしないが。
「うんうん、君とボクは仲好く出来そうだねぇ。今後とも、よろしくねぇ?
話はそれだけさ、では失礼するよぉ、ライハウント殿。」
「ああ、またいずれな、デブロッド殿。」
会話を終え、くるりと身を翻した肥満少年の背を見送る。取り巻きが分かれる間を通り、途中に居た令嬢のうち二人を左右に腰を抱いてのしのしと歩いていく。
それが角を曲がり見えなくなるまで、ニコニコと張り付かせた笑みを浮かべながら、俺は内心で盛大に彼の幻影へ唾を嘔き捨てていた。
去り際の令嬢たちの姿を思い返し、ぎちりと奥歯を噛み締める。
これが子爵家にとって必要な『社交』だと心得ては居るが、きっと心から馴染むなど死ぬまで出来ないだろうなと思いながら。