三つ巴の戦い②~魔狼視点~
『三つ巴の戦い②~『魔狼』視点~』
『魔狼』団長のギリアム=フューゼは森の出口付近に身を潜め、攻撃対象の貴族令嬢一行が逃げてくるのを待っていた。
物見の報告で貴族令嬢一行が森に入ったのを確認してから、森の出口付近に陣取るという回りくどいことをしたのは、敵の中に探知能力に秀でた者がいた場合に森の街道に入るのを思い止まらせないためである。
もちろん、人数的には貴族令嬢一行を遥かに上回るため、そのまま襲っても問題はないのだが、逃げ切ったと思わせて緊張の糸が切れたところを襲う方が遥かにこちらの損害が少ないと言う事でそちらを採用したのだ。
突然、悪魔に自分達の本拠地から遠く離れたエリメア近くの朽ち果てた神殿に、召喚された事に対して混乱し、反発したのだが、その悪魔が一睨みすると敵愾心など朝日を浴びた霜のごとく消え去った。
あれは、まずい…その悪魔を一目見たときのギリアムの思ったことがそれだった。自分が今まで相対した者など、あの悪魔に比べればなんてこともない事を思い知らされた。
悪魔の目的は、このレンドールとかいう貴族の令嬢を捕まえて自分の前に連れてこいというものだった。悪魔の出した条件はただ一つ、『生きたまま』という事だった。その条件を満たしさえすれば、手段は問わないし、所持品は戦利品として好きにして良いと言う事だった。
あちらの出した条件は中々魅力的だったが、あの悪魔と付き合うのは正直勘弁して欲しかったので、ギリアムも悪魔に条件を出した。
ギリアムが出した条件は『事が終わったら解放してくれ』というものだった。条件としたら実入りが少ない事この上ないのだが、こんな恐ろしい悪魔に仕えるのは御免被りたかったのだ。
ギリアムの出した条件に悪魔はニヤリと嗤い快諾し、悪魔から情報をもらうとこの地点で貴族令嬢の一行を待つことにした。
そして物見の報告で10人前後という話を聞き、安心して貴族令嬢の一行を襲う事にしたのだ。あの悪魔がどうしてそのレンドールとかいう貴族の令嬢を狙うのか『魔狼』は一切知らないが、そんな事はどうでも良かった。
『魔狼』は仕事をこなし、あの悪魔と縁が切れる。それだけでも十分なのに、一行が持っている金品は好きにして良いとの事だ。
そういえば、貴族令嬢は生きてさえすれば良いという話だったから、貴族の娘で楽しむというのもありだな…ギリアムはそう思い、『くくく…』と含み嗤いを漏らす。
「団長…」
「なんだ?」
幹部の一人がギリアムにニヤニヤしながら話しかけてくる。好戦的な男であり、戦闘に重宝する。
「遅いからもう終わってんじゃないですか?」
幹部の言葉にギリアムは考え込む。すでに待ち伏せの連中と一戦交えているはずだ。そして勝てないと悟った連中がこちらに戻ってきてもおかしくない…はずだ。
にも関わらずこの時間まで来ないと言う事は、すでに待ち伏せの連中だけで終わらせた可能性が高かったのだ。
「可能性はあるな…」
ギリアムの言葉に周囲の部下達は嘲りの表情を浮かべている。オリヴィア達一行の護衛の数を見て侮る気分を押さえることが出来なかったのだろう。
「少し早いけど俺達も行きませんか? ひょっとしたら女達で楽しんでんじゃないですか?」
幹部の男の言葉にギリアムは考える。だがその考えを即座にギリアムは否定する。理由は『魔狼』は確かに質の悪い傭兵団であるが軍である。略奪行為も当然のように行うが、安全が確認されるまで女を楽しむ様な真似はしないだろう。
だが、そうなると未だに貴族令嬢一行がこない事の説明がつかない。思わぬ抵抗を受けている可能性もある。だが、新手が現れればそれで貴族令嬢一行にとって心理的な圧迫感を与える事が出来るだろう。そう考えたギリアムは命令を下す。
「そうだな…どうなっているか分からないが、俺達もいくぞ」
ギリアムの言葉に周囲の部下達は歓声を上げる。残忍な部下達は戦いたくて、いや、蹂躙したくてウズウズとしていたのだ。
ギリアムの命令は渡りに船というものだったのだ。
『魔狼』は隊列もおざなりに街道を進む。声を出して歩く事をギリアムも制止しない。勿論、令嬢一行への牽制のためだ。
だが…待ち伏せの地点に来ても誰もいない。待ち伏せ地点にいくつかの焦げ目と矢が数本落ちている事からここで戦闘があったのは間違いないだろう。
「おい…まさか、令嬢達は突破したんじゃないか?」
「だとしたらやるじゃねえか」
部下の発言に他の部下が答えるが、すぐに声や態度に嘲りが含まれ始める。
だが、ギリアムは怪訝な表情を浮かべた。もし、ここを突破したというのならここでの戦闘は苛烈なものになるはずだ。だが、ここに令嬢の護衛達の死体は一切無い。いや、血の跡もないのは不自然だ。
それに突破されたというのなら自分達に連絡が来るはずだ。
「アメスの所に行くぞ!!」
ギリアムの言葉に部下達は一瞬驚いた顔をするが、走り出したギリアムについて走り出した。




