修行~シア~
ジェドとわかれてキャサリンの指導を受けることになってシアはキャサリンの後ろを黙ってついていった。
「さて、始めましょうか」
キャサリンはくるりと振り返りにっこりと微笑む。そこはアインベルク邸内の廊下だった。
「え?」
キャサリンは掃除道具をシアに手渡す。そして自分の分も用意していた。
「これからシアさんには私と一緒にこのアインベルク邸を掃除してもらいます」
「掃除ですか?」
「はい、ただし、当然ですがシアさんは私に魔術の訓練を求めているのですよね?」
「は、はい!!」
「大変、良いご返事ですね。これからやる掃除は絶対に体を使ってやってはいけませんよ」
「え?」
「魔力を使って清掃をしていただきます」
「ど、どういうことでしょうか?」
キャサリンの言葉の意図するところをシアは把握しかねていた。それはそうだろう。これから魔術の訓練をするつもりだったのに、掃除をする、しかも体を使わず魔力で掃除などまったく意味がわからないのだ。
「シアさんにとって優秀な魔術師とはどんな魔術師ですか?」
キャサリンの言葉にシアは戸惑う。
「強大な魔術を使えたりすることでしょうか?」
シアは戸惑いながら答える。
「ふふ…残念ですがそれでは50点と言ったところです。もちろん優秀な魔術師の中にそれが含まれるのは当然ですが、その先が抜けてますね」
「え?」
「私はそれに魔力操作を加えたいのです」
「魔力操作?」
「はい、魔術師は強大な魔力だけでなく魔力操作を兼ね備えなければならないと思います。見たところ、すでにシアさんは魔力操作に対して着目しているようですね」
キャサリンの言葉にシアは小さく頷く。確かにジェドと二人で任務をこなすには強大なタメを必要とする魔術よりも速く、正確な魔術の方が役に立つと思っていたのだ。
「はい…しかし、どうして…」
「簡単な事ですよ。私は魔力量は元来それほど多いものではないのです。そのために工夫をする必要がありました」
「工夫ですか?」
「はい、魔力操作と放つまでの早さが重要だと思うようになりそれを磨いたのです」
「その方法が…掃除なのですか?」
「そのための方法の一つです。清掃の次の段階もきちんとありますよ」
キャサリンの言葉にシアは頷く。
「それではまずはやってみましょうか」
「はい!!」
シアはキャサリンの言葉に元気よく返事をした。その返事を受けてキャサリンは微笑む。
(アレン様やうちの人が言った通り、素直で良い子ね。これはきちんと育てたいわ)
キャサリンは素直なやる気のある子は大好きだ。いや、そういう人が嫌いな人は滅多にいない。キャサリンもそういう所は普通の人と同じ感覚だったのだ。
「それでは、まずはやって見せますね」
キャサリンはそういうと右手の人差し指を立てる。キャサリンの建てた人差し指から直径5㎝程の球体を四つ作り出した。
キャサリンから作られた球体は用意された掃除用具の中の雑巾を器用に挟み込むと上に動かし水を張ったバケツの中に入れられる。四つの球体は雑巾の両端を挟み込むと雑巾をねじり始める。
含まれた水が搾られることによりバケツの中に落ちていく。
(え?え?何これ?)
その様子を見ていたシアは目を丸くしている。魔力を使って掃除をするという事をシアは理解したが、あまりにも非現実的な光景だった。シアはキャサリンを見るがそこには特別な事をしている様子はまったく見られない。まるでいつもの息をするように自然の動作で四つの球体を操り雑巾を絞る様子はもはや現実感を見いだすことは出来なかったのだ。
雑巾は絞り終えるとふよふよと球体に廊下の上に運ばれ、そこで廊下に下ろされる。廊下に下ろされた雑巾の上に球体が棒状に変化すると雑巾を押さえつけた。
準備が終わったのだろう。雑巾はキャサリンによって形成された棒状の魔力に押される形で廊下を拭き始めた。その速度は速くあっという間に廊下の端まで行ってしまう。
「わかりましたか?魔力を使って掃除をするという意味が」
「は、はい…」
意味はわかったのだが自分が出来るとは到底思えない。シアは自分は魔力操作は得意な方だと思ってはいたが、キャサリンのそれは桁が違ったのだ。その桁違いも一つや二つではない。遥か彼方にいるのだが、現象が掃除という身近な事であったので衝撃が大きすぎた。まだ、山一つを吹き飛ばすのを見た方がシアにとっては衝撃が小さかったかも知れない。
シアは出来るとは思えないが、まずはやってみる事にしたのだ。指先に魔力を集中し、魔力を放出しそれを球体に形成しようとする。
だが…
それは球体になる事はなかった。放出までは出来るのだが、それを『留めて』、それを自分の考える形に『形成』するというのは限りなく難しかったのだ。
まず、魔力を『留める』事自体が難しいのだ。これが自分の中であれば魔力が消えるという事は無いのだが、体外で魔力を留めるという行為がこんなに難しいという事をシアは思い知らされた。
う~ん…う~ん…
シアは唸りながら必死に魔力を留めることに集中した。
その様子をキャサリンは微笑みながら見守っている。このように自分で考え、工夫をしているときに指導する側の人間が口を出すべきではないと思ったのだ。彼女はひな鳥などではなく。自分の意思でさらなる高みを目指している魔術師なのだ。
その決意に水を差すような事はすべきでは無いのだ。
「さて…とりあえず…」
キャサリンは魔力を操作し、掃除を続け始める。いつものペースよりも大分時間をかけているのはシアのためであった。
だが、結局の所キャサリンが掃除を終えるまでにシアは魔力を体外に留めることが出来なかったのである。
シアは当然落ち込んだが、キャサリンは微笑みながらシアに言う。
「シアさん、どうして自分が出来ないのかを考えて見てくださいね。そしてどうすれば出来るようになるのかも考えて見てください。そうすればある日突然出来るようになりますからね」
キャサリンの言葉にシアは力なく頷く。
「また、明日…来ます」
「はい、お待ちしていますね」
シアは項垂れながらアインベルク邸を出て行く。そろそろジェドの指導も終わっているからこれから帰るのだろう。
(これから、楽しみな子ですね)
キャサリンは項垂れながら帰っていくシアの後ろ姿を眺めて心の中で呟いた。




