二度目の音楽室
呪文のような声が、教室に響く。昼休みを挟んで今日、最後の授業。
文字をノートに書き込んでいる奴、睡眠学習している奴。そして教室から見える、桜の木を眺めている、自分。
入学から5日目の出来事を反省する。ため息しかでない、なぜあの「明日もここに来てください」の答えが、「分かった」って言ってしまっただろうか。
久しぶりに、女子と話したから? それとも少し可愛いと思って? おそらくピアノに触れて気分が良かったから。ちがうタイミングなら絶対、断っていた、絶世美少女だろが、絶対だ。
帰宅して、激しく後悔し、晩ご飯は喉通らない、眠れない、良いことは、一つもなかった。おかげで今日の授業は、全然集中できない。
時計を確認する度に、深い海に飲まれて、不安になる。そんなことは、関係なく時間は、進む。
ついに授業終了の鐘が校内に告げ、英語の教師は、教室を出ていく。机の広がっている、教科書を片づける。
「お前のことを女の子が呼んでるぞ!」
男子生徒が話しかけてきた。
「え? 女の子?」
「そうだよ。前のドア見てみ」
指定された場所に目を向けると、笑顔で手招きしている兵藤さんの姿。
「っ、迎えにくるなんて聞いてないだけど……」
教えてくれた男子生徒にお礼を言って、歩き出す。
「お迎えが来てびっくりした顔ね。取りあえず音楽室に行きましょか」
心が彼女に見透かされている、そんなような感覚。返事を待たず彼女は歩き出す。
「な、何で迎えに来たんですか?」
彼女は歩きながら答えた。
「最初は音楽室で待ってようと思ったのよ? でもあなた、いや鵜沢周平くんの演奏が聞きたくて聞きたくてっ体が勝手に動いてしまったのよ。」
「待って! またピアノ弾くの? そんなこと聞いてない」
「当たり前じゃない、音楽室でお喋りでもするつもりだったの?」
返す言葉が見つからず黙って彼女について行く、そして目的地に到着と同時に。
「でも今日は、ピアノじゃないの」
この言葉を聞いた時には、音楽室の中だった。
ーーピアノじゃない……? もしかして先生が喋ったのか?
「佐伯先生は、何も教えてくれなかったよ? インターネットで調べなさいって言われたのよ」
いやいやそれ教えてるから、ググれば出てきちゃうから。しかもまた心読まれたし。
「君、心読めるの?」
目が合った瞬間に、笑い始めてしまい、続けて。
「心なんか読めないわよ結構、顔に出てるよ?」
感情が顔に出ないとよく親に言われてきたはずなのに……うなだれてしまう。
「そんなに落ち込まないでよっ。天才バイオリニストさん」
「ここ二年間、コンクールに出てないし完全に過去の遺産だな」
すでに、全盛期は過ぎた。枯れた花のようにいくら水を与えようが咲くことは、ありえない。また、顔に出たのか分からないが彼女は頭を下げた。
「ごめんなさい……」
「いや別に……。それで音楽室まで呼んだ理由は?」
言い出しににくいのか、後ろを向いてしまった。何か決心したのか振り返る。
「ば、バイオリン……教えてください!」
「ごめんない、無理です。帰りますじゃあ」
「即答!?ちょっと待ってよ!!」
「無理なもの無理!!」
背中に衝撃が加わる、体が動かない。首は、動くの事確認して、振り返る。
「お願いっ。一度私の、演奏聴いて!!」
身長差、約10センチ。自然に上目使いで見つめられる。
「……聴くだけなら」
「あ、ありがと!!」
後ろから抱きついて来た事は気にせず、幸せそうな顔で準備している彼女。俺だけ気にしているのがなぜか悔しい。それにしても彼女に頼まれると断れない、自分がいる。
「鵜沢くん?」
「……。あっ、悪い、準備できたの?」
その場に座ろうとした瞬間。
「鵜沢君も準備すのよ?」
「……はい? 聞くだけって言ったじゃないか」
「演奏するの、ソナタだもん。バイオリンソナタ! あなたは、ピアノ!」
彼女は、笑顔でお辞儀してピアノに手を向けている。
「待て、待て。何を弾くかも聞いてないだけど……」
「あっ」
音符のキーホルダー付きのかばんから出てきた楽譜を渡される。
ベートーベン作曲・ヴァイオリン・ソナタ第5番op.24「春」~第1楽章。
昔、弾いたことある。ただし、バイオリンで。伴奏は、当然したことないだけど……
「鵜沢君~弾ける?」
「まぁ大丈夫だと思う」
「弾きながら、私の演奏も聴くのよ?」
「わかってるから、準備は?」
彼女は、頷く。
手、準備運動しながらピアノのイスに座る。なんだかんだ弾くことに、なっている。「一度だけ」の言葉を信じて、彼女を見つめる。そんな、彼女も準備ができたか、こちらを見る。
風の音も聞こえない中、心が通じたかと思うぐらいのタイミングで俺たちの始めての演奏が始まる。