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白亜のノート ―元中学生、文明を書く―  作者: 伝説の男前
第一部 生き延びる

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16/112

第16話「赤い石」

 厳しい冬を越え、集落に再び緑が芽吹き始めた頃、湊はタギと共に、川の上流へと向かっていた。


 目的は、鉄だった。


 これまで集落の道具は、石や骨、木材といった、自然のままの素材に頼ってきた。だが、湊は知っていた。人類の文明が飛躍的に発展する転換点の一つが、金属の発見と加工にあるということを。とりわけ鉄は、農具や武器、あらゆる道具の性能を根本から変える可能性を秘めていた。


 問題は、湊自身が鉄の精錬について、詳しい知識を持っていないことだった。理科の授業で習った程度の断片的な記憶――鉄鉱石を高温で熱し、還元することで鉄を取り出すという、大まかな原理――しかない。具体的な温度管理や炉の構造など、実践的な知識は皆無に等しかった。


 それでも、湊にはタギがいた。


 タギは、この半年余りの間、誰よりも熱心に火と向き合い続けてきた男だった。炭焼きの技術は、すでに彼の手によって、集落随一の水準にまで高められている。火力を自在に操るという点において、タギの技術と勘は、湊のどんな知識よりも実践的な価値を持っていた。


 二人が向かったのは、以前、湊が最初にこの世界に落とされた場所の近く――川の上流にある、赤茶けた岩肌が露出した一帯だった。湊はこの場所を、以前から気にかけていた。土や岩の色が、他の場所とは明らかに違う、赤みを帯びた色をしていたからだ。


 これは、湊のうろ覚えの知識によるものだった。鉄分を多く含む土壌や岩石は、しばしば赤みがかった色を呈する。もちろん、これだけで鉄鉱石と断定できるわけではない。だが、試してみる価値は十分にあった。


 湊とタギは、その赤い岩の一部を削り取り、集落へと持ち帰った。


 最初の試みは、単純な発想から始まった。タギがこれまで培ってきた炭焼きの炉に、この赤い岩の欠片を投入し、できる限りの高温で熱してみるというものだ。


 結果は、芳しくなかった。岩は熱によって色を変えたものの、金属らしきものが取り出せる気配はなかった。湊は自分の記憶を必死にたどった。ただ熱するだけでは足りない。何か、還元を助ける要素が必要だったはずだ。


 ――炭。確か、炭素と結びつけることで、酸素を奪う反応が起きるんだったはず。


 湊の記憶は曖昧だった。だが、タギがすでに扱い慣れている炭そのものが、その役割を果たすかもしれないという直感があった。湊はタギに、赤い岩の欠片を、炭と共に、炉の中でより密接に混ぜ合わせるよう提案した。


 二度目の試みでは、炉の構造にも工夫が加えられた。タギは、これまでの炭焼き用の炉よりも高い温度を維持できるよう、炉の形状を変え、送風のための仕組み――粘土で作った筒と、獣皮を使った簡易的なふいごのようなものを考案した。


 湊はこの発想に驚かされた。鞴という概念そのものを、湊が具体的に教えたわけではない。タギ自身が、「もっと風を送り込めば火は強くなる」という経験則から、独自にこの仕組みを編み出したのだった。


 三度目、四度目と試行錯誤が繰り返されていった。失敗のたびに、タギは炉の温度、炭の量、風の送り方を、少しずつ調整していった。湊は、その過程を丁寧に記録しながら、時折、自分の記憶にある断片的な知識――「炉の中の環境が酸素の少ない状態であるほど、還元が進みやすいはず」といった情報を、タギに伝え続けた。


 十数回目の挑戦だっただろうか。炉の中から取り出された岩の塊の中に、これまでとは明らかに違う、黒みがかった、重い塊が混じっているのが見つかった。


 タギは震える手で、その塊を取り上げた。表面を叩くと、これまでの石とは違う、鈍い金属音が響いた。


 湊とタギは、思わず顔を見合わせた。完全な鉄とは言えないかもしれない。だが、これは間違いなく、これまでの試みとは一線を画す成果だった。


 その夜、湊はレポート用紙に、震える手で記録を書き記した。


『赤い岩(鉄鉱石と推測)を炭と共に高温で熱する精錬を試行。タギが鞴を独自に考案し、還元反応の効率を向上させた』

『十数回の失敗を経て、金属らしき塊を得ることに成功。まだ改良の余地は大きい』


 書きながら、湊は改めて、タギという人物の非凡さを実感していた。湊が伝えられたのは、ごく断片的な、時に曖昧な知識に過ぎない。それを、実際に扱える技術へと昇華させたのは、タギ自身の飽くなき探究心と、幾度もの失敗を厭わない根気強さだった。


 この小さな黒い塊が、やがて刃物となり、のこぎりとなり、釘となって、集落の暮らしを大きく変えていくことになる。湊はまだその全貌を見通せてはいなかったが、確かな予感だけは、胸の中に広がっていた。


 タギは、手にした金属の塊を、夜通し見つめ続けていた。その目には、これまで湊が見たことのない、職人としての強い光が宿っていた。


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【第16話 時点 文明発展状況】

人口:31人(集落含む)/漂着後 180日

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01 生存・サバイバル ★★★★☆ 継続中

02 食料・農業    ★★★★☆ 継続中

03 畜産・動物    ★★☆☆☆ 継続中

04 漁業・水産    ★★★☆☆ 継続中

05 狩猟・採集    ★★☆☆☆ 継続中

06 水・衛生     ★★★☆☆ 継続中

07 医療・薬学    ★★☆☆☆ 継続中

08 住居・建築    ★★★☆☆ 継続中

09 土木・インフラ  ★★★☆☆ 継続中

10 火・エネルギー  ★★★★☆ 鞴の考案により高温維持が可能に

11 鉱業・金属    ★★☆☆☆ 鉄鉱石の発見、初の精錬に成功

12 製造・工業    ★★★☆☆ 継続中

13 科学・技術    ★★★☆☆ 還元反応の経験則が確立され始める

14 言語・文字・出版 ★★★☆☆ 継続中

15 教育・研究    ★★★☆☆ 継続中

16 経済・商業    ☆☆☆☆☆ 未着手

17 政治・法律・行政 ★★☆☆☆ 継続中

18 外交・交通・情報 ★★☆☆☆ 継続中

19 軍事・防災・治安 ★☆☆☆☆ 継続中

20 文化・娯楽・思想 ★★★☆☆ 継続中

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【新規記述書物】『赤き石より・第一葉』(鉄鉱石精錬の試行記録)

【次なる課題】刃物の製作、のこぎり・釘への応用】

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