180.別れ
「お風呂の入り口に着いたよ、脱衣場は入った所にあるからね一人でのびのび入るといいよ」
「ジャングルなのですから熱帯雨林の中と同じなのですよね、マングローブとかワニとかトラなんかが生息しているのですわ、私まだワニとかトラとかとは戦ったことがないのでとてもワク……いえ心配してます」
(な、何を言い出してるのかなあ、この天然お姫様は)
「レヴィあのねここのジャングル風呂……じゃなくて普通お風呂とかプールとかには本物のワニやトラは居ないから、マングローブと言って良いのかどうかは分からないけど愛鈴が登れるくらいの大きな樹木はあったよ」
(それで落っこちて気を失ったんだけどさ)
「そうでしたのイノマン博士が持っていたジュラ紀パークってドキュメンタリーでは熱帯雨林の中で多くの恐竜が戦ってました。さすがに恐竜を放すわけにはいかないでしょうけど、ワニとかトラなら居てもおかしくはないでしょう?」
「全然ダメですよ~、そんなことをしたらお風呂に浸かって癒される処じゃなくて肉食獣のエサになってしまうじゃないですか」
昴くんは頭を抱えた。
「そうなのですね、それじゃあただの広いお風呂に浸かるだけなのですね迷子になったりしないでしょうか」
「いや大丈夫ですよ、お風呂で迷子になった人の話なんかは聞いたことがないです。何も問題ないですから入るなら素直に入ってもらえますか」
昴くんはだんだんイライラしだす。
「つまらないですわ」
「何がですか?」
「刺激がないです。だったらせめて一緒に入って下さいませんか」
「僕と一緒に入って何の刺激を得ようと思っているのですか」
「昴くんと二人っきりで一緒にお風呂に入ったら……」
「入ったら?!」
「後で知ったアイリーンさんが激怒すると思いますわ」
(確かに想像したくない事が起きるのは間違いないけど、その被害者は僕だということをちゃんとわかって言ってくれてるのだよなあ)
「当然そうなるのは火を見るより明らかだよ、だからそんな危険なことは止めてくれないかなあ」
「そうですかそれは非常に残念ですわ、私としては忘れられない思い出のふたつくらいは欲しかったのですけれども」
(何かなあ今直ぐにも別れがくるみたいな言い方をするのが引っ掛かるのだけど)
「まだこれからも一緒に居られる時間は沢山あるよ、それに忘れられない思い出なんてのは無理して作っても後で後悔すると思うよ」
「そうですね、まだお話ししてませんでしたわね私もほんの先ほどまで知りませんでしたの、アイリーンさんと一緒の時に伝えようと思いましたのですけどもうお休みになっているのですよね」
アシュラの雰囲気から話の内容がただ事ではない気がする。
「愛鈴を起こしてくるから少し待ってて下さい」
「いま寝入られたばかりなのでしょう、そんなところを起こしたりしたら大事になりましてよ」
(いや、レヴィと一緒に風呂に入ったなんて知れることに比べたら大したことじゃないよ)
「大丈夫だよ直ぐに戻ってくるから」
そう言ってアイリーンが寝ているベッドルームへ入って行った昴くんが出てきた時は頬に赤い線が1本入っていた。
「あぁ~ふ、レヴィおはよう今寝入ったばかりのところだけどね、何か話したいことがあるって? 一緒にお風呂にも入りたがってるって昴くんが言うから起きてきたのだけど間違いはないかしら」
「はい間違いはまだ起こしてません」
(レヴィ言い方に気を付けようよ、わざとだよね)
昴くんは肝を冷やす。
「そう良かったわ、じゃあ一緒にお風呂に浸かってお話しを聞きましょうか」
「あの~ぉ昴くんの頬に付いたキズはどうしたのでしょうか」
レヴィは気になって聞かずにはいられない。
「大したことではないわよ、あの子が肩に手を掛けてきたので条件反射の本能が働いただけよ、丁度夢の中で悪者に捕まった所だったから運が悪かったと思って諦めてもらったわ」
(へえ~アイリーンさんは昴くんに謝ったのでしょうか、多分『夢の中で王子さまに助けられている所だったら抱き締めてキスされてたかもよ』って言って慰めたんだと思いますわ)
「最初に断っておくけど僕はここで待っていて良いんだよね」
昴くんが頑とした表情で言う。
「あなた今更何を言ってるのかしら『レヴィが二人一緒に話したいことがあるらしいから』ってうちを起こしたんじゃない一緒に聞くのは当然でしょう。それに昔から時は金なり今は時短なりって言うじゃない同時にできることは何でもするのよ、例え食事中に……」
「愛鈴! わかったから僕が悪かったよ、もう何も喋らないで!!」
(愛鈴が寝起きで凄く機嫌が悪いや、もう逆らわないでおこう)
「わかれば良いのよ、うちも下品な話しはしたくないしね一緒にお風呂へ入ってレヴィの話を聞きましょうね」
「み、水着に着替えようよ」
(僕と愛鈴の分はあるけどレヴィのは無いどうしようか、よしこうなったならレヴィは人魚姫だと思うことにしよう。スクール水着を着た人魚姫なんて想像できないからね)
「この前と一緒で良いんじゃないかしら、レヴィと昴くんはナイトガウンを羽織ってうちはもう面倒だからこのまま入るわ、さあ行くわよ」
「『さあ行くわよ』って愛鈴の着てるのはパジャマだよね?」
「そうよ何か問題あるかしら、それにこの上から石鹸つけて洗えば洗濯も兼ねるってものだわそれこそ時短、一石二鳥よ」
(それって問題しかないように思うけど、言ったらまた機嫌を損ねるんだろうなあ……もう黙って従うことにしよう)
「わかったよ、僕は少し離れて後ろ向きで聞いても構わないよね、それくらいは譲歩して欲しいのだけど」
「決まりね」
そう言って直ぐに三人はジャングル風呂へ沈んでゆく。
話を始める前からレヴィがはしゃぎだす。
昴くんはデジャブを見た様に思う。
「思っていたよりずいぶん広いです。ちょっと待ってて下さい少しだけ泳いできます」
「あっ、お風呂で泳いではダメ……もういない」
「良いんじゃないかしら、これだけ広いんだし迷惑をかける人も居ないんだからやりたい放題かしら」
「愛鈴ダメだよモラルってものは誰に見られてなくてもちゃんと守ろうよ」
「誰も居ないんならモラルもへったくれもないわよ」
「もう……もしかしたら水棲人が居るかも知れないよ」
ザバアー
昴くんの目の前で水柱が立ってその中に人の姿が見えた。
条件反射で後ずさって振り返った時、アイリーンにぶつかり二人一緒になってお湯の中に沈み込む。
アププププー
昴くんがアイリーンを抱え込む様にして立ち上がる。
「ご、ごめんよ愛鈴お湯を飲んでないよね」
「少しだけ飲んだわ、まあ飲めないことはなかったのだけどそれより早く手をどけてくれないかしら」
昴くんのアイリーンを抱える様に回した左手が脇の下から伸びて左胸を鷲掴みにしていた。
「あわわわわ、ごめんよ愛鈴」
その様子を湯柱が治まって姿を現したレヴィは黙って見ていた。
手を離して1歩後ずさった昴くんの顔がみるみる赤く染まってゆく。
(パ、パジャマが透けてるよ~)
レヴィは喜び一杯の表情をした。
(良い思い出ができましたわ)
翌朝、少し元気を取り戻したリバイヤサンを含めた四人が朝食を取り終わった後、B99の宇宙艇発着所に来てレヴィを見送っている。
オビス司令官がリバイヤサンの冤罪を晴らし告知した時に鎖国中の海王族族長へ親書を手渡してもらえるよう天王星のレッド隊長に頼んでいた。
海王族が鎖国をしていても生活日用品といった必需品は他国より仕入れなくてはいけないので密かにではあるけど隣の天王星に住むケンタウロス族と交易をしている。
その伝手もあって海王星からの高速艇がレヴィを迎えに来ていたのだった。
「本当に急な話だったわね、えぐっ……」
アイリーンは涙ぐんでいる。
「今は『うずしお』が固定化されているから30時間で来れたと言っていたよね」
オビス司令官の親書を貰った海王族族長代理はエクレアと名乗りレヴィの従姪になるそう。
そしてその日のうちに高速宇宙艇スペースドラゴンで地球防衛基地へ向かい翌日には到着していた。
ただその時既にアイリーン達はリバイヤサン救出のため地球に向けて飛び立っている。
だからと言ってエクレアは海王星に戻らず基地に留まりオビス司令官たちと外交しながら待つことにした。
「海王星から30時間って言ったらキッドと同じ速度じゃないかしら凄い事なのよね」
(明日の晩ごはんは海王星で取るのかしら、ちゃんとしたメニューがあれば良いのだけど)
アイリーンはレヴィに連絡を取るいい口実ができたかも知れないと思う。
「海王族の高速艇スペースドラゴンは全速力で僕は10分の1しか能力を出してないから僕の方が凄いです」
負けずぎらいのスターキッドAI外部端末のロボちゃんがアイリーンの左肩上で言う。
「レヴィが乗って帰っているスぺースドラゴンはシードラゴンの搭載機なんだよね、海王星のどの辺りに居るんだろう」
「生活母船と言ってましたから衛星軌道上を回っていると思いますけど、ただレヴィさんのお話しは千年前の事でしたからねぇ~」
ロボちゃんが曖昧なことを言ってくる。
「また直ぐ会いに行けるよね……ねえ愛鈴」
アイリーンはもう既に目視も叶わないほど遠くへ行ってしまっているスぺースドラゴンを見送っている。
「愛鈴あまり思い詰めたらダメだよ、無意識にテレポートしちゃったら大変だからね」
「大丈夫よテレポートする時には……まあ色々あるのよ」
アイリーンは説明するのが面倒になった。
「みんな居なくなったね」
昴くんはどう言って慰めたらいいのかわからない。
「そうね、でも永遠に会えないわけじゃないでしょう九論なんかはテレポートマシーンでパッと来ちゃうかも知れないわ」
「愛鈴、倉庫でテレポートマシーン見掛けたよ九論さんは置いていってるよ」
「へえーっ、九論も年だから降ろし忘れたのかしら」
「いえ九論さんが言ってましたよ『こいつがここにあれば私が邪魔をしに来ることはないと思う筈だから……』って、あとこれからの行動計画ってのも預かってます」
ロボちゃんが言う。
「だからなんだって言うのよ」
「僕の口からは言えませんけど人類の未来を存続させていくためには必要な事なんでしょうねー」
「うちには人類の未来なんて関係ないんだからね」
アイリーンはそう言って振り向き……昴くんの手を取って二人一緒に歩きだす。




