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巫覡  作者: 桔梗月
1/3

<1:始り>

プロフィール

望月もちづき ゆう 本作の主人公

霧峰きりみね はる 悠の親友

小鳥遊たかなし めぐみ 悠、晴のクラスのクラス委員長

超常現象だとか、神や精霊だとか…そういう意味のわからないことは、今まで信じてこなかった。だって見てもいない、聞いてもいないんだ。ネットでは散々「体験した」だの「霊感がある」だの言っている人達もいるが、俺は信じていなかった、昨夜のことが…起こるまでは。

「んぅ…っ」

眠気覚ましのための伸びをする。カーテンを開き、早朝特有の冷たさと光の鋭さで目をしかめる。今日から新学期…というか新学年なのだが、入学云々では無いので、見慣れた顔しか無い。特別な事など、起こるはずもない平凡な日常。これがずっと、続いてくれればいいのにーー

「やっほ!寝坊助さん?」

聞き覚えのある快活な声が響く。振り向かなくてもわかる、俺の数少ない友人でありながら、平穏な日常を壊しに来る男、霧峰晴だ。

「寝坊じゃない、全然間に合う範囲内」

「今日は珍しいねぇ、いつも寝坊気味なのに」

ニヤニヤしながら隣りに並んでくる。こいつはいつでもキラキラしている。「普通」じゃなくても、周囲に認知されている。それを妬ましく思っていても、結局仲良くしてしまう自分が嫌になる。晴も晴だ、性格がいいのか馬鹿なのか…ふっとばしたくなる衝動をぐっとこらえ、学校に向かう。


教室に着くと、休み前よりもざわついている。どうせ俺には関係ないと思い、教室の喧騒から耳を貸さないようにする。まだ席替えをしていない自分の席に座り、机に突伏する。目を閉じ、昨夜の光景が脳裏に浮かぶたび、俺の胃の中は重くなりそれと同時に、指先が興奮で震える。嫌悪と高揚が混ざり合って気持ちが悪い。

「なぁ、今日転校生が来るらしいぞ?」

唐突に話しかけられる。顔を挙げずに話す。

「そ、別に興味ない…俺は…」

「俺は?…なにが言いたい…?」

晴が俺の発言を問い詰めようとしたとき、教室の戸が開く。

「HR、始めるぞ」

先生だ。つい、ポロッと本音が出てしまいそうになった。追求されなくて胸を撫で下ろす。

「知ってるものも多いと思うが、今日から転校生が来る。が、相手側の都合で朝には挨拶ができないそうだ。今日中に挨拶するらしいから、みんなも承知しておくように。次にだが…」

そうして、過ぎていくHRを尻目に窓の外に目をやる。今日は快晴、いい安穏とした日だ。芝生の上で昼寝したいなぁ…

「おはよ、また眠そうね」

低く透き通った声が俺を呼びかける。いつもそうだ、こいつが来るたび俺の平穏が脅かされる。

「おはよう、恵。」

顔を上げ、目線を合わせる。

「ねぇ悠、部活来ないの?」

いきなりそんなことを言われ、俺は思わず肩を竦める。

「…去年の文芸部?」

「そう、文芸部。今年はしっかり来てよね?」

面倒くさい、ため息が出そうになるが部活強制のこの高校で、顧問の先生のおおらかさには感謝だ。その御蔭で部活をほとんどしなくても良くなっている。心の中で手を合わせておこう。それに、多少の罪悪感も、あるしな。

「わかった、今年はなるべく、行くよ」

肩を竦め、答える。

「本当?なら私も一緒に行くから、行くときは声かけなさい」

そういい満足そうに微笑み、自分の席に戻っていく。何しに来たんだ、あいつ。整った顔立ちと隙のない所作。こいつがいるだけで、俺の望む「平穏」をじわりと邪魔してくる。気にするほどでもない小さなこと、でも…ほんの少し…ほんの少しだけ苛立ってしまう。


気づいたら件の転校生の挨拶らしい、今日は思ったより他人に干渉されなかった…珍しいな。

「それでは、転校生の紹介だ、入っていいぞ」

そう先生が呼びかける。それに呼応して扉が開く。

「はじめまして、宇迦之火乃香と言います。この一年間、よろしくお願いします。」

その一言で教室が水を打ったかのように、静まり返る。教室中の目線が彼女のもとに吸い寄せられる。昨夜から胸の奥にあるざわつきが強くなる。「それ」はまるで、同胞の再会を祝うかのように、激しく胸の内で鼓動する。

「よし、じゃあありきたりだが質問あるやつ〜?もちろんTPOは守れよ」

呆然とそのざわめきに身を委ねていた頃、先生がクラスに声を掛ける。それを皮切りに皆一斉に話し始める。どうせ俺には関係ない、そう思い呆れながら窓の外に目を向ける。日は傾いてしまったが、今日はいい日だと感嘆していると、見慣れない異彩を放つものが街の中に、ぽつんと立っていることが見えた。

「…とり……い…?」

より一層、胸のざわつきが大きくなる。ここまで来ると気持ちが悪い。赤い鳥居が、いつもの俺の帰り道にある。別の場所から切り取って、そのまま貼りつけたかのような異物感…なのに俺は、あそこに行きたいという欲望と高揚感で居ても立っても居られなくなっていた。

放課後、脇目も振らずにその鳥居をめがけ走っていく。少しずつ、あの鳥居が近づいてくる。近づいてくるたび、走っているための息切れでは無い「なにか」が心拍数を上げる。鳥居の前についたとき、俺を支配していた高揚感も、息切れも、高まった心拍数も…何もかも消え失せた。静寂に包まれた俺の体は、その鳥居に釘付けになっていた。

「あの、うちの神社になにか…御用ですか?」

不意に、後ろから声をかけられる。ゆっくり振り向く。ーーー不自然な美しさ。黒髪がそよ風に微かに揺れる。陽光を浴びた肌は、初雪かのように輝き、巫女装束は彼女のためだけに誂えたかのように溶け込んでいる。不自然なほど完璧で、この世ではありえないような均衡……胸の奥でのざわつきがまた蘇る。昨夜見たものと、同じ感じがする。

「いえ、ただ神社が好きなので…見入ってました。」

声が微かに震える。気づかれていないといいけど

「そうなのですね、申し遅れました‥私、この神社の巫女をしております。ぜひ境内の方も見ていかれますか?」

柔らかく微笑む。その瞬間、背筋が凍りつく…優しく、慈愛に満ちた表情なのに…どこか底知れない恐怖を感じる。

「では、これで」

そういい巫女は、静かに微笑み踵を返す。その後姿を見送りながら、大きく息をつく。……普通でいたい。平凡で、誰にも注目されずに居たい。なのに、胸の奥に燻るざわつきが、静かに囁く。ーーーこれは始まりだ、と。そんな嫌な予感を飲み込み、重い足を家に向けた。

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