#1 プロローグ(スカーレット)①
「ほらほら?静かに!注目!!」
騒めく教室に響き渡る、凛とした声色。窓から吹きこむ心地の良い春風に意識が追い付いたのは、教壇に立つこのクラスの担任教師、市ノ瀬 絆のそんな一言がきっかけだった。
ゆっくりと。いまだ重たいその瞼を開き、前日の夜更かしからくる睡魔という名の気怠さに精一杯の抵抗を見せながらも、しかし机の上に覆いかぶさるように突っ伏した体を起こす程の気概などは皆無なので、視線だけをどうにか教壇へと向ける。
つい先程まで、各々好き放題の会話を楽しんでいたクラスメイト、その“全て”の“女子生徒”の声も、市ノ瀬の一声をきっかけに、瞬く間に姿勢を正し、その視線を市ノ瀬へと向けていた。
「午前中の授業を始める前に、ひとつ。改めてだが、今日の午後からの『魔法規格検査』について、私からも“伝えておくべき事”があるが、いいか?」
高身長かつ腰元まで伸びた黒のロングヘア―、その声色や厳しめの口調、整い過ぎた容姿も相まってか、もはや威圧感すら漂わせている市ノ瀬は、この教室だけでなく、ここ、私立王凛女学院、通称“オージョ”においても在籍する全女学生から『王女様』の愛称で知られている。
(・・・そっか、“今年”は、その年だったっけ・・・)
少女の思考が徐々にクリアになっていく中で、市ノ瀬は淡々と言葉を続けていく。
「『魔法規格検査』。みんなも知っての通り、『魔法が生まれた日』から、“二年に一度”、この世界に生きる者全てに課された、“世界国民義務”だが、今年はその“該当年”だな」
魔法規格検査。
言葉そのままに、魔法が生まれた日を境に、“二年に一度”、“魔法”の有無はもちろん、その“魔法”のレベルをその都度確認し、国が把握するものであり、義務教育期間は各教育機関にて、それ以外の者は国の定めた機関での実施が“義務化”されている。
その目的は『世界と“魔法”の“共生”』である。と、“表向きには”謳われているのだが、その実のところは世界各国それぞれの“思惑”が、その裏に在るのは言うまでもない。
ただし。世界の魔法発現率が今や“8割”に届く中で、この国の魔法発現率は多く見積もっても“7割弱”。
“魔法”に対する探究、理解、文化の形成が、先進国と呼ばれる国々の中では、特段と進んでいるとは言えず、良く言えば“平和的”、悪く言えば“世界の成り行き”を未だに追い続けているような状況だ。
それゆえに、国民全般の“魔法”に対する意識も“そこまで高い”とは言えず、この“世界国民義務”に関しても、未だに毎年行われている“健康診断”と同義くらいしか思っていない者が多い。
だが、しかし。
「今年は、学期初めにも話したが、この『魔法規格検査』に対して、これまでとは大きく違った変化がある。みんなもニュースなどで知っていると思うが、国を挙げての『魔法変革』が今年は謳われているからな、『魔法規格検査』も例年とは少し内容が変わってくる。今から資料を配るから、まずはみんな目を通して」
前の席から回し配られてきた資料の紙を受け取り、少女も眠気眼のままに目を通す。
国が作成したであろう長々とした説明の文言と、今週いっぱい午後の授業をなくして行われる『魔法規格検査』の“見慣れた”タイムスケジュール。
そして、それとは別に“見慣れない”アルファベットと記号の羅列で形成された表が、少女だけでなくクラス中の女生徒の視線を奪った。
「そこに書いている通り、3年のお前達は1年の時の“結果”で、自分が受けるべき“レベル”のスケジューリングに沿って、今週いっぱいは午後の時間を使う事になる。まあ、これは今までとは特に変わらないな・・・・・・・そして、大きな変更点は、その下の表、“レベル”内での“CLASS制度”の導入だ」
淡々と説明する中で、市ノ瀬の語気が若干、緊張を帯びたような、語気が震えたような、少女はそんな気がした。
視線を、改めて資料へと向ける。そこに記されていたのは、“下”から順に、次の通りだ。
『未魔法使役者』。CLASS“N”のみ。
『レベル・1 魔法使役者』。CLASS“A⁺”、“A”、“B”の『3CLASS』。
『レベル・2 魔法使役者』。CLASS“S”のみ。
「今回の『魔法規格検査』より、各々の“魔法”レベルと同時に、“CLASS”による分類が成されていく事になる。これは英国や魔法先進大国ではすでに導入されている制度で、“魔法”の解明や発展、すなわち人類各々が自身の“魔法”と向き合う事で、その真価をより問うていく、というものだな」
(・・・・・・・ほんと、どうでもいいわね、“こういうの”)
少女は視線を資料から外し、見えない深い呼吸をひとつ重ねる。
“魔法”が生まれた“あの日”を境に、もちろん様々な“恩恵”を人類は手にしてきた、その反面、“レベリング”による階級分けや、今回の“CLASS制度”といった、『区別』という、表立っては謳わないが少なからず“マイナス”の側面を持つ過程を、思考や知性を持つ人類はその歴史の中で幾度どなく繰り返し、その手で行ってきた。
それはもはや、抗いようのない、疑問を持つことさえない、“常態化”した“進化の結末”。この世界に“人類”が存在し続ける限り、決して消える事はないであろう“工程”。
もちろん。“それ”は、少女がそこまで“深く”考えた上で、芽生えた“感情”や“思考”では決してない。
ただ、単純に、“本能”で、こうした努力や自分の力ではどうしようも出来ないような“現象”で“区別”すること自体を、少女が“嫌っている”、それだけでしかないのだが。
「この夏には、海外の魔法先進国を倣った『魔法学校』の試験的な導入も決定していたり、この国も他の先進国に後れを取らないように、この一年は『魔法改革』が進んでいくであろうし、今回の“CLASS制度”の導入で、この国や国民の“魔法”に対する意識は変わっていくことが、お前達にも容易に想像できるだろう、」
一呼吸。市ノ瀬が作り出した静寂に、教室のクラスメイト全員の、もちろん少女の視線も、全て市ノ瀬へと向けられる。
「だがな、“正直そんなことはどうだっていい”」
ビリリリリリリリッ。
「?!!」
市ノ瀬は、自身が持つ資料の紙を突如として破りだし、そのまま教壇へと叩きつけた。
教室中の女生徒が息を呑む、張りつめていく緊張感、その中で少女の心は徐々に熱を帯びていく。眠気眼など、一瞬にして置き去りにすように、少女の瞳は教壇に凛と立つ市ノ瀬へと真っ直ぐに向けられていた。
「“魔法”が生まれたあの日を境に、この世界はどんどん変わっていった。それは紛れもない事実だ。だがな、例え“魔法”が生まれてなかったとしても、結局、世界や人は変わっていっただろう。そこに“魔法”在るか無いか、それだけでしかない」
市ノ瀬は、教室中を見渡す。ひとりひとりと目を合わせるように、誰一人も見逸らさないように。
「いいか?この世界に生まれてきた“魔法”と共に生きていくのは、それが在るから当然だ、だがな、別に無いからと言って、人の在り方は決して変わらない。“魔法”のレベルや“CLASS”が在ったとしても、それで“人”の“在り方”を『区別』するような事を、お前たちは決してするな?・・・そんな『大人』には成るな?」
教室中の女生徒が、静かにその言葉を胸にしまっていく、
「この王凛女学院の生徒たるもの、“自分の人生に凛と向き合える”在り方をするように。いいな?」
その言葉が、少女の不透明な気持ちを言語化し代弁するかのように、鮮明に染みわたっていく。
国内でも有数の進学校でもあり、お嬢様学校としても有名なこの私立王凛女学院に対し、世間が思うような印象も“特別感”も、これまで少女は決して抱いてきた事はなかったが、
この日、この瞬間、教壇に立ち真っ直ぐとその言葉を届ける“恩師”に出会えたことに対して、少女がこの場所にいたことへの“特別”を感じ取った事は言うまでもない。
「・・・いい言葉、だったな、」
窓から吹きこむ春の息吹に靡く赤髪を掻き分け、少女、緋色 楓は誰に聞こえるでもなく、そう呟く。自分の心に、その言葉を刻み込むように。
「・・・・・とは言っても、だ?“世界国民義務”を蔑ろにしていいというわけでもないし、今週いっぱいは午後の授業が全て潰れることになる。つまり、授業の遅れが生じる訳だ、それを甘んじて受け入れるような“凛”としてない在り方など、私は認めない。ということで、今から抜き打ちテストを行う。結果の悪い者には“特別自習課題”を課すので、各々全力で取り組むように。さあ、教科書をしまいなさい!!」
「えええええええ!!!!!!!???????」
教室中から湧きだつ非難の悲鳴、そして漏れなく楓の高まっていた高揚感も、全身を駆け巡る冷血に醒まされていく。
春の教室に、少しだけ喧騒が訪れる。




