表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そんな魔法ならいらない  作者: door
Chapter 1:The Golden Fateful Encounter
1/64

#-4 プロローグ①

「はいはーい。みなさん。ちゅーもくでーす!!」


騒めく教室に響き渡る愛らしい声色。窓から差し込む日差しに意識が追い付いたのは、教壇に立つ小柄な担任教師、二之宮 愛理(にのみや あいり)のそんな一言がきっかけだった。


ゆっくりと。重たい瞼を開き、睡魔と言う名の気怠さに反抗しながらも、しかし机に覆いかぶさるように突っ伏した体を起こす程の気概などは皆無なので、視線だけをどうにか教壇に向ける。


つい先程まで、各々好き放題の会話を楽しんでいたクラスメイト達も、徐々にだが確実に、静寂を作り出し、それぞれの視線を二之宮に向けていた。


「授業を始める前に、ひとつ。今日が何の日かわかりますか?みなさん?」


小柄かつ、その声色や表情、というよりも外見だけで判断すれば自分たちともさして変わらないような担任の投げかける言葉に違和感を覚えたのも、もはや入学したひと月前の記憶でしかなく、今はただその言葉の真意に純粋に思考を巡らせていた。


(・・・何の日?・・・なんだっけな・・・え、まさか、テスト・・・?)


「“アイリちゃん”!!まさかの抜き打ちテストとか言わねえですよね!?そんな地獄行きみたいな“情報”はいらねえんですぜぃ?!」


自分の思考にシンクロするように、静寂を切り裂いたのは、誰が聞いても“お調子者”としか思えない、飄々とした物言いの声で。クラス中の誰もがその声の主の言葉に、思わず口角を上げずにはいられなかった。


「こら。長閑くん。授業中はその“呼び方”しちゃいけないって、いつも言ってるでしょ!」


「はっはー。“授業を始める前に”って言ってたから、“まだ”授業自体は始まってないので無問題(ノープロブレム)なんだぜぃ、アイリちゃん!!」


「!?」


軽妙な切り返しに、分かりやすく度肝を抜かれた少女のような表情で、小動物のように頬を赤らめながら膨らませている二之宮。その一連のやり取りを、教室中が堪えつつも微笑ましく眺めていた。


(ほんと、“口先から生まれた男”だな、春色はるいろは)


長閑 春色(のどか はるいろ)。長身で金髪の糸目、悪意のない飄々とした物言いで、いわゆる“ザ・お調子者”のプロトタイプと言っても過言ではないであろうその少年は、入学してまだひと月足らずのこの教室においても、すぐさま自他共に認める“切り込み隊長”として、この教室の“笑い(及び問題児)の中心”となっていた。


「コ、コホンッ!!と、とにかく!!今日という日が、何の日か分かる人ー?」


似つかわしくない程の大きな咳払いをしながら、無理やり会話の流れを引き戻す二之宮。その声に対し、ひとりの少女が凛とした姿勢で真っすぐと手を挙げ、そして応える。


「二之宮先生。今日は『世界魔法創出記念日』です」


(あぁ・・・そういえば、朝、テレビでもなんかやってたな)


クラスメイト全員が少女の言葉に、“そういえばそうだったな”といった薄い興味の感情を抱いていたが、少年の心の琴線は一ミリも動くことなく、大きな欠伸をするに留まっていた。


(まあ、“俺ら”にとっては、最早どうでもいい日なんだけど)


「そうです!ありがとう宇津木うつぎさん!!」


「流石!我らが麗しき才色兼備の美鈴みれいちゃんだぜぃ!!ヒューヒューだぜぃ!!」


「・・・調子に乗って名前で呼ばないでください、長閑さん」


「しーんらーつー!!くー!!それさえも痺れるぜぃ!!我らが委員長ォ!!」


指笛を鳴らしながら、調子よく謳う春色の声に、クラスメイトも思わず笑いが零れる。


それでも、いたって冷静に小さな咳ばらいをひとつ、何事もなかったかのようにそのまま着席し姿勢を正す宇津木 美鈴(うつぎ みれい)


成績優秀かつその端麗な佇まいから、即座にこのクラスの委員長の座を担っただけでなく、入学してまだそこまでの時間が経っていないにも関わらず、この学園の次期生徒会長をも当確しているとまで言わしめる存在となっている(どれも本人がやるといったわけではない)。


「はいはい!長閑くん!静かにして!!・・・とにかく。宇津木さんの言った通り、今日は『世界魔法創出記念日』ですね」



世界魔法創出記念日。


そう、その名が示す通り、“魔法がこの世界に生まれた日”である。



おもむろに、遠目でも分かるほどに、びっしりと文章が埋め尽くされているであろう用紙を取り出し、二之宮は視線をそちらに向けて読み上げていく。


「『魔法。空想でも想像でもなく、その“非日常たる現象”が“日常”として生まれ変わってから、今日でちょうど四半世紀となりました。世界中を覆った、あの“一瞬の光だけの日”を境に、かつて映画やファンタジーの中でしかあり得なかった、“魔法”。その“レベル”に問わず先天的・後天的含めると、いまや全世界の8割以上の人類が、その力を手にする可能性を持った世界へと生まれ変わりました』」


クラスメイトのほぼ全員(もちろんあの“お調子者”は除く)が、二之宮の話を真面目に聞く姿勢を見せる中で、少年は欠伸をまたひとつ。


もう、何度も聞いたであろう、このテンプレートの説明文だ。物心ついた頃から毎年、こうした空虚な時間が全世界のありとあらゆる教育機関で実施されているのだと思うと、少年はどうしてもこの日を好きになることは出来なかった。


『科学の進化と同じように、魔法という人類の創造を超える頂上たる力を手にした世界は、日進月歩、ありとあらゆるこれまでの人類の景色を変えてきました。いまだにその原理全てが解明されてはいないですが、私たちはこの“魔法”がある世界を、これからの未来を共に生きていくのです。だからこそ、“魔法がこの世界に生まれた”この日を、今この世界に生きる我々の記念日として刻み続けて生きましょう』」


二之宮の言葉が締まる頃には、正解のない空虚な静寂が、この狭い教室という名の空間を占めていた。


この世界の未来を担うのは“今”の子どもたちである。だからこそ、教育機関は、この日がどういう日であるのかを、大人ではない子どもたちに認識させる必要があるのだ。


ただし、その高説を受け取る側は、あくまでも“子ども”であり、この日をきっかけに何かを強く認識したり意識が変わったりするような人間は、むしろ稀有な存在でもあるという事を、人類(というか大人たち)はそろそろ学ぶべきでは?、などと少年は毎年のように心に思いながらも、ただ聞き流すだけの時間を過ごしていた。


だが。


「と、まぁここまでは“教師”としての“義務”なのでね、」


「・・・?」


静寂と緊張を切り裂いた、次の瞬間。



ビリリリリリリリリリリッ。



「?!!」


二之宮は両腕を眼前に突き出し、その小さな両手で掴む、学校から配布されたであろう紙を勢いよく破りだした。そして、そのままバラバラに霧散した紙を宙に投げ飛ばす。窓から吹く微かな春風の力を借りて、春先の学園の教室に舞う紙吹雪は雪のようだった。


「正直ね、わたし、“魔法があるかどうか”なんて、そんなに大切な事だとは思ってないんですね」


その言葉に。少年の心は、琴線は、大きく揺れ動く。視線を向ける。教団に立つ小柄な二之宮が、なんだか、瞬間に、とてつもなく大きな存在のように見えた。


「魔法が世界に生まれた日。あの日を境に、魔法を生まれ持った人もいれば、何かを“きっかけ”にそれに目覚めた人たちもいます。でもね、そうじゃない人だっていますよね?例えば、この教室にいるみんなの中にも“魔法が使えない”人だっています」


二之宮の言葉に、脈打つ鼓動が早まったクラスメイトは、何人もいるだろう。少年だって“そのひとり”なのだから。


「私が魔法を使えるようになったのも、あなた達と同じ高校生の、それこそ夏だったかな?突然、感覚で分かったの、“あ、これが私の『魔法』か”、ってね」


パチン。


二之宮が指を鳴らすと、つい先程、宙を舞い今は床に散らばった紙吹雪たちが、まるで自分の意思を持っているかのように不可思議に宙に舞い戻り、そして二之宮の目の前で浮遊し続けている。


「『物を自在に動かせる魔法』。まぁ、私の“レベル”だとこれくらいの小さなものたちで精いっぱいなんだけどね。それでも、魔法が使えるってなった日はとても嬉しかったんですよ?・・・でもね、一週間もすれば、“それ”はただの“私の日常の一部”になったし、そこから私の人生が何か大きく変わることもなかったの、」


少し哀愁の在る微笑みを見せながら、きっとここでは語られないような経験を経て、この人は自身の教え子たちにこうして言葉を伝えているのだ。


少なくとも、先程まで微塵も興味すらなかった少年の感情は、今、目の前のひとりの人に全部持っていかれている。


「魔法が生まれたことで、もちろん世界が変わったこともたくさんあるけれど、そこには進化だけじゃなくて退化したものもあって。そう、魔法の使える、使えないや、それ自体の“レベル”だったりね。本来なら存在しなかった、”生まれちゃいけないような差別や区別”も、そこに生まれたりしてね、」


そう。それが現実だ。魔法がもたらしたものは恩恵だけではない。プラスと同等のマイナスの側面が生まれてしまうのは、人という生命体に感情なんてものがあるからこそだと言えるだろう。



「だからこそ、みんなに大切にして欲しい事は“魔法があるかどうか”ではなく、“自分がどう在りたいか”なんです」



その言葉が、透き通っていくように染みわたっていく。


過去、幾度となく繰り返されてきた、ただの空虚な、オリエンテーションのような時間を、一瞬で覆すような感覚。


少年にとって、この先どんな未来が待っていてもきっと。ここが大きな転換点のひとつなのは間違いない。


ついさっきまで、ただの“担任”だった人が、まぎれもない“先生”であり“恩師”になった瞬間でもあった。



「魔法が使えようが使えまいが、自分がどうしたいのか、どうなりたいのか。そういう大切な気持ちを振り返る日に、あなたたちが毎年想っていけることを願っています」



パチン。


二之宮が再び指を鳴らすと、浮遊していた紙吹雪たちが、まるで時間が動き出したかのように床へと舞い落ちていった。


それまでの、ある種の緊張感は、もうそこにはない。この教室にいる全員が、二之宮の言葉を受け止め、今それぞれ自分自身が抱くこの温かい感情に前向きになっていた。


ただし、この短時間で言語化するに至ることは出来ないため、教室はいまだ静寂を保ってはいたのだが。


「アイリちゃん先生!めちゃくちゃ素敵な言葉だったんだけどさ、格好つけて落とした紙屑さ、わざわざ床に落としたのをまた片付けるのって、なんか二度手間なんじゃないですかぃ?(笑)」


「!?」


静寂も空気も読めないお調子者の切り込み隊長が飄々と告げ、ワンテンポ空けてみるみると頬を赤らめていく二之宮。


それにつられて、教室中のいたるところから笑い声が漏れ出す。ただしそこに在るのは、春の陽気に似た和やかなものだった。


(ほんとに春色は、“相変わらず”だな・・・でも、“自分がどう在りたいか”か・・・)


「・・・いい言葉だったな」


クラスメイトの反応や教室の空気感を改めて感じ、少年、當真 夜(とうま よる)は誰に聞こえるでもなく、そう呟く。自分の心にその言葉を留めるように。


「アイリちゃん先生、顔まっかだぜぃー!?(笑)」


「むきー!!はい!!じゃあもう授業始めます!!やめようかと思ってましたが、長閑くんのお望み通り“抜き打ちテスト”を行いたいと思います!!みなさん教科書しまってください!!!」


「ええええええええええええええ!!!!!????」


笑い声から一転、教室中の非難の集中砲火を浴びる事となる長閑。もちろん當真もその怒り感情を全て、親友に向け、視線で殺意を全力で届けていた。


春の教室に、少しだけ喧騒が訪れる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ