1話
家に帰り、手を洗いもせず俺は自室に駆け込む。
リュックを放り出し、すぐさま手提げ袋の中の小さな段ボール箱を取り出した。
テイル・オブ・ネイチャー
〜圧倒的な世界観の大自然を駆けろ君だけの世界へフルダイブ〜
世界的に期待されていた、今日発売のVRゲーム。
そのパッケージにはそう書かれていた。
1人でも、みんなでも
世界を駆けろ
というキャッチフレーズが売りのこのゲームは、VR機能を使って大自然を自由に冒険できる新感覚RPGだ。基本は1人プレイだが、オンラインに接続することでフレンドの世界にも入り、一緒に冒険することが出来るのだ。
え、フレンド?今はいないよ?
俺は早速パッケージを開け、専用のコントローラーとCDディスクを取り出す。ディスクをニンテンドーVRゼロの本体に入れ、VRゴーグルを被る。
「ッスーーーーーー。ワクワクするな」
鼓動が激しくなり、息を呑み込む。
事前内容はあまり調べない方なので、ほとんど初見プレイだ。
呼吸を整え、気持ちが落ち着いたところで、プレイボタンを押し、
突然目に激しい光が飛び込んで来た。
その光に俺の身体が悲鳴を上げる。
「いっーーーーーーーー 」
俺は一瞬の浮遊感を覚えた後、意識が飛んだ。
目が覚めると、暗黒の世界にいた。
比喩ではない。本当に真っ暗なのだ。
周りを見てもただただ広がる闇しか見えない。
自分の体が存在するかどうかも分からない。
「すっげ…。マジで浮いてるみたいだ」
VRの技術が凄いとは聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。
手を伸ばそうとして、自分の腕が存在しないことに気づく。
「えっ。すご。マジで腕の感覚ないんだけど」
「よお」
俺が何度も手を動かそうとしていると、暗闇の奥からそんな声が響いた。
慌てて声がした方を向こうとして、声が全方向から響いてきたことに気づく。
「お前。名前は?」
声はそのまま問いかけてくる。
「何だこれは。ゲームの名前入力か?」
俺は驚きのあまりそう口を溢した。
俺が今までやったゲームの名前入力は、全て「名前を入力してください」とテキストが出るだけだったのに、このゲームはいきなり「よお」だから本当に世界観を重視している。
「名前入力?何だそれは」
んなっ!?コイツ、俺の言葉に反応した!?
しかもメタ発言は無視とか、このゲーム開発にどれだけの費用かけてんだ。
「お、俺の名前は翼だ」
恐る恐る答えてみる。
「ツバサ?それはファミリーネームか?」
ちゃんと答えてくれた!しかもツバサの部分も音声付き!
「いや、下の名前だが…」
「ファミリーネームは?」
俺が答えると間髪入れず、声は新しい問いかけをする。
てかこれ、ファミリーネームも登録しないといけないのだろうか。少しめんどくさい。
「ファミリーネームは漆黒だ」
俺はいま適当に考えた名前を答える。個人情報の流出とか怖いし、こんなのテキトーに済ませるに限る。どうせ後から変更できるだろ。
「そうか。シッコク・ツバサか」
声が少し笑ってそう答えた次の瞬間、俺の存在しないはずの左腕に激しい痛みが走った。
「いでえええええええええ!!!」
右手で左腕を抑えようとしても、存在しないもので存在しないものを掴めるはずもない。俺はそのまま、左腕に流れる痛みを堪えるしかなかった。
痛みが終わるのは一瞬だった。だがその一瞬で、俺は気を失っていた。
目が覚めると、さっきと同じ場所に立っていて、そこには俺の身体があった。
右腕もある。足もある。左腕も…
「っおい…。何だよこれ」
俺の左腕には、解読不能な文字列が刻まれていた。
「俺たちの言葉だ。神の言葉は、世界に絶対の真実を生む。俺が力を刻んだ。お前はこれで、力を得た。そしてお前の名前を刻んだ腕は、お前自身が存在する証明になる」
…なるほど。分からん。
設定を凝ってるとはいえ、流石にあの痛みはやりすぎだろう。
「ほら行けツバサ。お前の旅を見せてくれ。俺にお前を教えてくれ」
その声が頭に響くと同時に、俺はレンガ造りの建物が立ち並ぶ街にいた。
「えっ?」
思わず声が漏れた。
えっ、いや。チュートリアル終わり!?唐突すぎない!?
混乱したままの頭で周りを見ると、俺の周囲に人だかりが出来ていた。
「突然人が現れたぞ!」
「空から降って来たのかしら?」
「きっと神のお使いだよ!」
周りの人は口々にそんなことを言い出した。
なるほど。俺は今、突然現れた謎の人間という設定なのか。しかし大自然の冒険だと聞いていたのに、意外と文明が発達してそうだな。
ぼちぼちやってきます。気長に見てください。




