夕暮れと夜明けを入れ替える
「そうですね!」
わたしは穴の底に立っている猿の魔物たちに向かって言う。
交渉するのならば、とりあえず相手の言うことは肯定しておくに限る。
「こちらも無駄なことはしたくないです!」
ひしめき合う沢山の猿たちの中で、三体の猿の魔物だけがじっとこちらを見ていた。
「わたしたちとの取引は無駄なことでしょうか!?」
しゃがみこんでいる猿たちがお互いに視線を交わしざわつき始めた。
一方、魔物の集団の代表なのか、三体の猿だけが微動だにしない。
「われわれは」
「とりひきのないようを」
「しらない」
そうだよね、そうなるよね。
これでなんとかこちらの話を聞いてもらえそうだ。
「わたしたちはこの部屋を通り抜けたいんです! だから、道を空けてくれませんか!?」
三体の猿は表情すら変えない。
「われわれには」
「それをする」
「りゆうがない」
しまった。
話の途中で割り込まれてしまった。
「その代わり、こちらもあなたたちを攻撃するのはやめにします!」
わたしは相手の反応をじっと見詰める。
「われわれは」
「たたかいになっても」
「べつにかまわない」
まあ、たしかに戦いになればこちらは不利かもしれない。
「でも、戦ったらお互いに犠牲が出ます! それこそ無駄なことでしょう!?」
穴の底の猿たちが一斉に騒ぎ始めた。
どうやら喧々諤々この問題を議論し始めてるみたいだ。
犠牲が出るって事は自分たちの誰かが死ぬかもしれないってことだから、当然気になるのだろう。
ごく一部ずっと仲間の毛繕いを続けている猿もいるけど、ほとんどの猿は興奮状態だ。
でも、代表らしき三体の猿はまったく動揺していない。
「われわれは」
「そのていげんに」
「いみをかんじない」
うーん、さすが魔物。
本能的に戦いをいとわないのだろうか。
じゃあどうする。
他の条件をつける?
何か対価を、たとえば食べ物を提供するとか?
でも、こんなにたくさんの猿たちに行き渡るくらいの分量は用意できそうもない。
手詰まりかな?
とはいえ、対話できてるって事はどこかに落とし所があるはず。
「おい! もうやっちまおうぜ! やっぱり魔物と交渉なんて無理なんだよ!」
しびれを切らせたのか、アカツキがこちらに向かって叫んだ。
そうだな。
ダメ元で、これを利用してみるか。
わたしはアカツキの方に視線を向ける。
「でもこのまま戦いになると大変ですよ!」
「大丈夫だって! これくらいの魔物ならなんとかなる! お前の実力はわかってるからな!」
よし、これを伏線にしよう。
わたしはあらためて穴の底の猿たちに向かって言う。
「このままだと戦いになります! なので、わたしからあらためて提案があります!」
穴の底にみっしり並んだ猿たちが一斉に黙った。
一部の猿がいまだに仲間の毛繕いをしていて、その微かな音だけが穴の底から聞こえてきてくる。
「われわれは」
「そのていあんの」
「ないようをきく」
入れ替えだ。
ここで入れ替えてみよう。
「本来なら、わたしたちはあなたたちを皆殺しにするところですが、特別に、一切の攻撃を止めます!」
ここで一拍空けると、最初と同じように代表の猿たちが口を開いた。
「おまえたちには」
「それをする」
「りゆうがない」
猿の代表がさっきと同じような口調で、同じようなことを言った。
ここが勝負所だ。
なるべく力強く声を出す。
「そのかわり、あなたたちは何もしないでください! ただ道を空けてくれるだけでいいんです! どうです、お得でしょう!?」
わたしはどや顔でそう言い切った。
「おい、おまえ何を……!?」
アカツキがいぶかしげに言ってきたのを、手の平を突きだして止める。
猿たちはふたたび一斉にざわつき始めた。
時折しゃがむ位置を入れ替えながら、顔をつきあわせてなにやら声を上げている。
それにあわせて、仲間の毛繕いをしていた猿も場所を入れ変えている。
しばらくそうしていると、立ち上がっていた代表の猿が手を挙げた。
するとたくさんの猿たちがぴたりと口を閉ざした。
「われわれは」
「おまえのていあんを」
「うけいれる」
代表の三体の猿が重々しく言った。
「われわれは」
「おまえたちに」
「なにもしない」
その宣言を受けて、穴の底の猿たちがいっせいに動き始め、十戒で海が割れるみたいに、一本の道ができあがった。




