どうでもいいことが実は大切だということ
お昼のちょっと前に、わたしは図書室に顔を出した。
案の定、大きなテーブルの所にはハンゲツがいて、革張りの装丁の立派な本に目を落としていた。
本当は邪魔したくないけど、あまり時間がないからしょうがない。
「すみません、ハンゲツさん。ちょっといいですか?」
わたしが声を掛けても微動だにしない。
うーん、集中力がすごい。
「ハンゲツさん!」
何度目かの声掛けで、ようやくこちらを見てくれた。
「カナエさんじゃないですか。何かご用ですか?」
読書の邪魔をされたというのに、ハンゲツはにっこりと笑った。
特にイライラした様子もない。
いいひとだ。
「お邪魔してしまってすみません。ちょっと相談がありまして」
「はあ、なんでしょうか」
わたしの言葉に、彼女はきっちりと身体をこちらに向けてくれた。
「実は今日アカツキさん、ミカヅキさんと一緒に地下の迷宮に行くことになったんです」
ミカヅキさんは軽く目を見開いてちょっと驚いた顔をした。
「そうなんですか。ということは、基礎魔法の課題は達成できたんですか。すごく早いですね」
「あっと、そういうことじゃなくてです。今回は迷宮を見学させてもらうんです」
「見学、ですか」
ハンゲツが不思議そうな表情で頭を傾げる。
「それで、ハンゲツさんも一緒にどうかと思いまして」
「わたしも迷宮に?」
「ええ、そうです。たぶん課題のヒントにもなると思うんです」
ちょっと考えるように宙を見てから、ハンゲツは申し訳なさそうに眉を下げた。
「せっかっくのお誘いですけど、わたしは遠慮させてください」
「やっぱり迷宮の課題には興味ありませんか」
「まあ、そうですね……」
前にそんなことを言ってたから、断られるかもとは思っていた。
「カナエさんはすごいですね」
いきなりハンゲツがそんなことを言った。
「えっと、何がですか?」
「あの二人を一緒に行動させられるなんて、なかなか出来ないことだと思いますよ」
「そうですか?」
「ここにいる人たちは、わたし含めあまり協調性ありませんから」
そう言って、ハンゲツはいたずらっぽく笑った。
まあ、断られたのはしかたない。
想定の範囲内というか、ある意味予想通りだ。
それでもここで話をしておくことが大事だった。
しかも、昼食の前に。
これは今後のための布石だ。
一度断られたら二度目は断りづらいだろう、みたいなことだけじゃない。
情報共有が大事なのだ。
こういうことを言うと、報連相みたいな話だと思われがちだけどそうじゃない。
あれは情報が伝わっていないことで起こるトラブルを回避するみたい話だけど、これはもっと心の中の問題だ。
今わたしがハンゲツに伝えた内容は、彼女にとってはどうでもいい情報だ。
ハンゲツはミカヅキとアカツキが何をしているかには興味なさそうだし、伝えたからってこちらにとって何か良いことは起こらなそうだ。
つまりこれはどうでもいい情報。
でも、そのどうでもいい情報を伝えることが大事なのだ。
重要な情報を仲間に伝えないことは、実はよくある。
伝えない方がいい理由があったりするからだ。
一方、どうでもいい情報は伝えても伝えなくてもいいように思える。
そうなんだけど、これを伝えておかないと不信感に繋がるのだ。
重要な情報を伝えられなくても、理由があれば納得できる。
でも、どうでもいい情報を伝えられていないと、それには疎外感を感じてしまう。
人はコミュニティの中に内と外を作ってしまう生き物だ。
仲間だと思っていたのに、自分が知らない情報があったりすると、人は自分が、その外に追いやられたような気がしてしまうのだ。
だから、今後のためにも、ハンゲツがわたしたちの仲間の内側にいるんだと感じさせる必要がある。
これを伝えずに昼食になって、アカツキとミカヅキが迷宮の話題を出したりするのは避けたかった。
別に自分が行きたいわけじゃなくても、自分の知らないところで何かが進行していると思わせると、ハンゲツを仲間の外に置いているように見えてしまう。
そうなると、今後みんなで行動することになった時に、不要な疎外感と不信感を植え付けることになってしまう。
わたしとしてはそれは避けたかった。
大げさなことに思えるかもしれないけど、これが結構地味に影響してくる。
だから、今は別に断られてもいいのだ。




