犬の言い分と手がかり
「お前が人と馴れあっていても、バウルはそうじゃない」
黒犬の魔物はあっさりとそう言った。
その身体は夜の闇に半ば溶け込んで、黒い瞳だけが光を反射して冷たく輝いている。
「その割にはよくリンドウと一緒にいるみたいじゃない」
「リンドウがバウルを連れてきたから、その側に居るのが都合がいい」
確かに筋が通ってはいる。
「でも、いつまでもつきまとうことないでしょ」
「バウルはつきまとっていない」
「よく屋敷に出入りしてるよね」
「ここにいるのはバウルだけじゃない」
一瞬何の話かわからなかったけど、それがもうひとりの魔物のことを指していることに気付いた。
「カザリって魔物と何かしてるって事?」
「強い魔力を捜している。バウルも手伝っている」
「その話は知ってる。でもそうか。やっぱり、あんたもそのためにここまで来たんだね」
前に森の王と話したときに出てきた推測だ。
わたしが強い魔力を行使したから、それを調べてるのかもって話。
カザリも強力な魔力の反応を追ってここに来てるんだから、協力体制を築いていてもおかしくはない。
そう考えれば、バウルが言ってることは嘘ではないのかもしれない。
魔力がらみでリンドウの身体に異常があるみたいだからバウルを疑ったけど、それとは無関係なのかもしれない。
でも何か嫌な感じがするんだけど。
それに、だとしたらあの魔物の気配はなんなのか。
これ以上問答をしても何かが解決する気もしなかったので、バウルをそのままにして、わたしは屋敷に戻った。
次の日も、リンドウの具合は良くならなかった。
とはいっても重い病気ってわけでもなさそうだ。
ちょっと熱っぽくてぼうっとしているだけ。
「カナエ姉様。わたしもう起きられます」
「まだ顔色わるいよ」
「だいじょうぶです」
そう言ってベッドから降りようとする。
わたしが手を伸ばそうとするとその手をよけて、数歩進んだところでふらりとよろめいた。
「ほら、大丈夫じゃないじゃない」
「クルッ」
わたしがリンドウの肩を支えると、イナリが心配そうに鳴いた。
「すみません……」
「今日は一日様子見ておこう?」
ベッドまで連れて行って、もう一度寝かせた。
わたしは椅子を一脚引きずってきて、その上によじ登るように座る。
「眠かったら寝た方がいいけど、無理だったらお話でもしようか。今日は一日一緒にいてあげる」
「姉様……」
リンドウがぼんやりとした表情のまま微笑む。
その頭の上には光の輪が見える。
違和感。
なんだろう。
この光の輪には憶えがある。
どこかで見たような。
そもそも、そんなに他人の光の輪を観察する機会はない。
見えるようになってから今までの事を思い出してみる。
精霊や魔物じゃないはず。
旅の途中で沢山人を見たけど、こんな違和感は感じなかった。
戻ってきてからだろうか。
そうだ。
たそがれの魔女。
頭が鳥籠になった木製の人形。
その上に大きな光の輪があった。
初めて見たときになにか変だと感じた。
身体自体がおかしいから気にしてなかったけど、光の輪の様子もおかしかったんだ。
サイズが違うからすぐにピンとこなかったけど、リンドウの光の輪の質感はたそがれの魔女のそれに似ている。
どうしてだろう。
共通の原因があるのか。
何が起こってそうなった?
七年前の事件で力を失った魔女。
身体も作り物のように見える。
詳しいことはわからないけど。
「姉様?」
つまり、たそがれの魔女の光の輪がどういう状態なのかがわかれば、リンドウのこの小さな異常についても手掛かりが得られるかもしれない。
道が開けた感じはするけど、嫌な気配も漂っている。
「カナエ姉様」
声に気がついてパッと顔を上げると、不安げなリンドウの顔が見えた。
「あ、ごめんごめん。ちょっと考え事」
「もしかして、今日なにかご用事があったんですか?」
「何もないよ。そんなこと気にしなくていいからね」
わたしは努めて明るい声で言った。
失敗した。
リンドウを不安がらせてしまったらしい。
「クルッ」
イナリがわたしの肩から枕元の方に飛び移った。
そのままリンドウの鼻先に自分の鼻を近づけている。
「ふふっ。イナリちゃんの鼻、ひんやりしてます」
すかさずフォローしてくれるイナリの存在がありがたい。
とりあえず今日はリンドウの側で様子を見ていよう。
そして、明日にはたそがれの魔女の館に行って本人に話を聞いてこよう。
わたしはそう今後の方針を決めた。
たしか前にきっちり伏線を張ってたはず! と思って念のため読み返したら、該当箇所は一行だけでした。解せぬ。




