森の王様と動物たち
「我がこのメダルを見たのは、この長き生の中でも三度のみ。その持ち主はいずれも激しい運命の流れの中を生きたものばかりだ……」
森の王は神妙な口調で話しだした。
「ある者は英雄と呼ばれ、ある者は悪魔と呼ばれ、またある者は歴史に名こそ残さなかったが……なんだ、何か言いたいことでもあるのか?」
わたしの不満げな表情に気づいて、森の王が話を止める。
「波乱万丈の人生とか、できれば遠慮したいんですけど……」
「そなたの都合など知らぬが、全てはメダルを持つ者の心がけ次第であろう」
「クルッ」
「さて、その真実を知れば、もう引き返せなくなるが。それでも聞きたいのか?」
嫌な予感しかしなかった。
こういう場合、即答を避けるのが吉。
「あの、それって今すぐ答えなきゃだめですか? ちょっと時間を取って考えたいんですけど」
困ったときは持ち帰る、これも前世で身につけた処世術だ。
「よろしいでしょうか?」
森の王が険しい眼をしたところで、唐突に白い狒々が話に割って入ってきた。
「それでしたら、お茶でもお持ちいたしますので、しばらくお休みになられては? 雪の中を歩き通しでお疲れでしょう」
「なんだ。別にそのような待遇はいらぬであろう」
「それが雪走り達からの嘆願がございまして。是非この城にご滞在いただきたいと」
雪走りっていうのは、さっき一緒にいた白狼たちのことだ。
あの子達がわたしとイナリのことを気遣ってくれているらしい。
「そうだな。どうせ夜が開けるまではまだ間がある。日が昇るまで休んでいくがよかろう。朝になり、まだ話を聞きたいようであればあらためて尋ねるがいい」
そういうと、森の王は毛布を重ねた自分の席に戻っていった。
どうやらそのまま寝てしまうらしい。
わたし達は森の王を残して部屋を出る。
白い狒々が先導して、客間らしき立派な部屋に案内してくれた。
そこには何故か白狼たちが数匹、背をピンと伸ばした姿勢で座って、わたし達を待っていた。
「クルッ」
わたしの肩の上でイナリがひと鳴きすると、まるで訓練されたかのように、白狼たちが床に伏せた。
その格好で尻尾をユラユラと振っている白狼がいたけど、イナリがキュッっと鳴くと、ビシッと固まったかのように動かなくなった。
わたしは床に並んだ白狼たちを横目で見ながら、勧められるままにソファに座る。
「今、お飲み物を用意してまいりますので」
そう言って白い狒々が部屋を出ていく。
白狼たちを伏せの状態で待機させておくのも気が引けたので、普通にしてていいよと言ってあげると、みんな元の背を伸ばした格好に戻った。
ここにいる白狼はわたし達を護送してくれた子たちだろう、と思ってたけど、その時よりも三匹ほど多い。
どうやら他の仲間も一緒に来ているらしい。
「なんか、そうやってピシッとしててもこっちが落ち着かないから、楽にして、楽に」
わたしがそう言うと、全員尻尾を振りながらこちらに近づいてきた。
流石にこの数の狼が寄ってくると、なかなかに迫力がある。
「キュッ」
イナリのひと鳴きで白狼たちは少し距離を取って、でも、そのままみんなしてフンフンと匂いを嗅ぎながら、わたしの周りを周っている。
どうやら構ってほしそうに見えたので、そのうちの一匹の背中を撫でてあげることにした。
「わたし達が休めるようにお願いしてくれたんだってね。ありがとう」
さっき白い狒々が言っていた言葉を思い出してお礼を言うと、嬉しそうに頭をこすりつけてきた。
それからは、後から後からわたしの側にやって来ては、撫でてもらう体勢を取るので、全員撫でてあげることになった。
「お待たせいたしました。お飲みものをお持ちいたしました」
ティーセットを持って白い狒々が部屋に戻って来た頃には、白狼はわたしの周りを取り囲むような位置で寝っ転がっていた。
それをみて、白い狒々は軽く眉を上げたけど、何も言わずにティーカップに紅茶を注いでくれた。
客間の作りにふさわしい、なかなか立派な紅茶だ。
「ねえ、あのメダルについてなんだけど……」
「そちらの件につきましては、わたくしから申し上げることはございません」
軽く話を振ってみたら、素気なく返されてしまった。
「えっと、ここに人間が来ることって、結構あるの、かな?」
「どうしてそのようなご質問を?」
「だって、ここってどう見たって人間用の客間だし、すぐに紅茶が出てくるし、いや、紅茶は人間以外も飲むのかもしれないけど……」
「かつては人間が訪れることもあったのです。ここしばらくは途絶えておりましたが」
メダルの話題でないことがわかって警戒を解いたのか、白い狒々は穏やかな口調になる。
「ふうん、その割にはきれいにしてるね」
「それがわたくしの仕事でございますので」
「じゃあ、この子達は人間が珍しくて寄ってきてるのかな」
わたしが床の上で寝そべっている白狼たちを見て言う。
「そのようなことはございません。彼らはこの城の守りですので、常に警戒は怠りません。そう決められております」
「いや、どう見てもゆるゆるな感じだけど……」
「ですので、このようなことは初めてです。精霊様を連れられている御方ですので、悪い者ではないとわかったからでしょうか。それにしたところで、この懐きよう、確かになかなか珍しいかと」
「ふうん。そうなんだ」
白い狒々はわたしを見て、口元を軽く上げる。
「強い魔力をお持ちのようですし、白狼や森の動物たちに懐かれやすい質をお持ちなのかもしれませんね」
そういえば、前世のわたしも動物には好かれる方だった。
実際、イナリもすごく懐いてくれてるし、と思ったところで、看過できないフレーズに気がつく。
「強い魔力? イナリじゃなくて、わたしが?」
「そうです。ごく普通の人間や動物、魔物どもには直接感じることはできないかもしれませんが、わたくしめもいささか長く生きておりますので、多少の見る眼はございます」
「それって、頭の上に光の輪が見えるってこと?」
わたしがそういうと、白い狒々は驚いたようにこちらをじっと見た。
「見えますか? 光の輪が?」
「ええ、まあ」
「やはり貴方は強い魔力をお持ちのようだ。わたしにはぼんやりとしか感じ取れませんが、我が主にはそれが光の輪のように見えると聞いたことがございます」
白い狒々が感じ入った様子でそう言う。
まあ、光の輪が見えるとはいっても、イナリがわたしの眼を擦ってからのことだから、もしかしたら元々は自分の力じゃないのかもしれない。
けれども、とりあえず今現在のわたしにはそれなりに強い魔力があるらしい。
これは結構大切なことだ、と思った。
魔力を持っていることが大切なんじゃない。
自分の現在の状況について、新たな情報を手に入れたことが大切だった。
情報は、沢山あるに越したことはない。
前世の経験でいえば、こういうデータをたくさん持っていることが、なんらかの交渉する上で、有利に働いたりするのだ。
わたしは淹れてもらった美味しい紅茶をいただきながら、自分が持っている情報をあらためて整理することにした。