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たそがれの魔女に出会う

 わたしは壁沿いの階段を上がって屋敷の二階までたどり着いた。

 吹き抜けのホールの壁には燭台が掛かっていて明るいけど、目の前に見える廊下は明かりもなく薄暗い。

 左手を吹き抜け沿いに進めばその突き当たりには立派なドアがあって、こちらもどうなっているのか気になる。

 でも、とりあえず今はまっすぐ進まなくてはならない。

 話によればこの先には階段があるはず。

 廊下に足を踏み入れて、薄暗さに眼を慣らそうと歩調を落とす。

 注意深く歩くうちにだんだん廊下の細部が見えるようになってきた。

 板張りの廊下には絨毯が敷かれていて、真っ黒く見えるけどたぶん光で照らせば赤色をしているはずだ。

 左右の壁にはドアどころか何の装飾もなく、ただ板壁だけが一直線に続いている。

 外からは屋敷自体もかなり大きく見えたけど、この廊下もけっこう長くて、建物に入るとこんなに大きかったんだってあらためて驚いた。


「クルッ」


 肩の上のイナリが軽く注意するみたいに鳴いた。

 よく見ると、目の前で床が一段高くなっている。

 足を一歩前に出して床を踏むと、そこから先は石畳になっていた。

 微妙にでこぼこしているので、もしかしたら自然石を組み合わせて出来ているのかもしれない。

 そこからは壁も石造りに変わっていた。


「そういえばこの建物は何度も増築してるんだって。さっきハンゲツが言ってたよね」

「クルッ」


 律儀に返事を返してくれるイナリの顎下を撫でながら、わたしは廊下の先を進んだ。

 ちょっとしっとりとした空気を感じて、なんとなくこっちの方が古い建物なのかなって思う。

 しばらく行くと、やっと螺旋階段にたどり着いた。

 左側が登り、右側が下りだ。

 このあたりはすごく暗い。

 わたしは頭の上の光の輪を静かに廻して、手の先に魔力を送り込む。


「よっと」


 指先をピッと弾くと、目の前にぼんやりとした光の玉が現れた。

 これは猫の王様に教わった魔力操作による術だ。

 剣の刃に魔力を纏わせるのに似ていて、魔力の使い方としては結構シンプルなやつなのだ。

 わたしは手の平で光の玉を押し流しながら、ゆっくりと石造りの螺旋階段を時計回りに上っていく。

 階段はかなり長い。

 外から見たときにいくつか塔が見えたから、これもそのひとつなのだろう。

 しばらく登って、やっと木製のドアにたどり着いた。


「こんにちは。カナエ・マゴットです」


 わたしはドアをノックしながら声を掛けた。

 そして、しばらく耳を澄ます。


「入りなさい」


 ドアの向こうから、低い女の人の声が聞こえた。

 前に森の王の御所で話しかけてきた、あの魔法使いの声だ。


「失礼します」

「クルッ」


 肩の上のイナリもひと声鳴いて、背を伸ばしておすましのポーズを取る。

 ドアを開いて部屋に入ると、階段よりは明るかったけど、それでも中は薄暗い。

 円形の狭い部屋の中央にテーブルがあって、その上にぽつんと燭台が置かれている。

 光源はそれだけだ。

 よく見ると燭台は人間の拳の形をしていたけど、さすがに本物じゃないだろう。

 湾曲した壁は一面本棚になっていて、大小様々な本が雑然と詰め込まれている。

 背表紙のない羊皮紙を束ねただけみたいなものもあれば、巻物が沢山積み上げられていたりもする。


「良く来たね、森の王の後継者」


 薄暗い部屋の奥から声が聞こえる。

 どうやら大きめの椅子が置かれていて、そこに誰かが座っているみたいだ。

 チラチラと揺れる蝋燭の光がこの部屋の主の姿を少しだけ照らしていて、でもその姿は判然としない。


「えっと、別に後継者とかじゃないんですけど」


 わたしは目を凝らして椅子の方を見る。

 座っている人物の頭の上あたりに、人間にしては大きな光の輪が見えた。

 でも、なんだか変だ。


「そうなのかい? まあ森の王にも事情もあるんだろうね」


 歌うような、楽しそうな口調だった。


「王様には人間の魔法を習うようにって言われてきました」


 そう言って、一歩前に進む。

 近づくことによって、やっと姿が見えてきた。


「あなたがここに住む魔法使いですか?」


 わざわざ確認したのには理由がある。

 テーブルの向こう、その椅子に座っていたのは人形だったのだ。

 人の形をした木製の人形。

 頭の部分は鳥籠になっていて、その中で一羽の鸚鵡がうずくまっていた。


「こんな姿だから訝るの無理もない。でも、たしかにわたしがたそがれの魔女だよ」


 声はその鸚鵡の口から聞こえてきていた。

 でも、鳥自体からは魔力を感じない。

 前に森の王様の御所に現れた鳥と同じで、ただ声を伝えているだけなのかもしれない。

 ならば、本人はどこにいるのか。


「そうか。あなたはここに居るんですね」


 鳥のくちばしから低い笑い声が響いてきた。


「すごいね、わかるんだ。そうか、光の輪が見えるのか」

「ええ、鳥籠の上の辺りに。それでこの身体は一体?」


 訊いて良いことなのかわからなかったけど、見なかったふりでスルーすることもできなかった。


「七年ほど前にちょっとした事件があってね。今じゃこんな見た目になったけど、生きてはいるんだ。力は随分弱くなってしまったけれど、弟子達に魔法を教えることくらいは出来る」


 そういえば、昔は沢山お弟子さんがいたとか聞いた気がする。

 今数が少ないのは、これが理由なのかもしれない。


「それでは、しばらくの間ですが、何卒よろしくお願いいたします」


 ビシッと姿勢を正してからマゴット家で教わっている礼をとる。

 しばらく無言が続いて、もしかしたらここでの礼儀に反していたのかなって不安になり始めたところで、たそがれの魔女の楽しそうな声が聞こえてきた。


「君はなかなか物怖じしない子だね。普通だったらこんな姿の人物に教えを請おうとは思わないだろうに」

「森の王からの紹介ですし、今も魔法を教えることは出来るってことでしたから」


 わたしがそう言うと、籠の中の鸚鵡がプルプルと身体を振ってあらためて姿勢を正した。


「よろしい。カナエ・マゴット。今から君をわたしの弟子に加えよう」

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