たそがれの魔女のお屋敷に入る
目の前には疲れ果てた顔をした背の低い女の子が座り込んでいる。
頭の上の光の輪も動きを止めていて、魔力がかなり衰弱してるみたいだ。
わたしは手に持っていた短剣を鞘に収めた。
勝負が終わったので、鹿の使い魔を連れたミカヅキと背の高い痩せた女の子もこちらにやってきていた。
「お前、本当にすごいな!」
地面に座ったまま、女の子も魔剣を背中の鞘に収めた。
さばさばした口調で、特に恨まれたりはしていないみたいで良かった。
「見たことない魔法だったけど、剣の方も良い動きだった」
「えっと、剣術についてはわたしの方も驚きました」
相手は魔法使いだと思っていたら、思いのほか剣の扱いもちゃんとしていたのだ。
「わたしの名はアカツキだ。お前は?」
「カナエっていいます」
「そうか。よろしくな。カナエ!」
そう言って背の低い女の子がにこりと笑う。
すると、横にいた背の高い方の女の子がおずおずと前に出てきた。
「あの、わたしは、その、ハンゲツっていいます」
「もしかして、ハンゲツさんも勝負したいですか?」
わたしがそう訊くと、ハンゲツは慌てて両手をぷるぷると振った。
「しませんしません! そんなこと!」
いきなり勝負を仕掛けてきた二人とは違って、この子はまだまともそうだ。
おとなしい娘なのかなって思ってたら、急に背を屈めてぐっと顔を寄せてきた。
「それよりも、すごいですね。さっきの魔法! 魔力もほとんど持ってなさそうなのに、あの威力の魔法を何度も出せるなんて。どんな術なのかも、いつ呪文を唱えたのかも全然わかりませんでした!」
この話しぶりだと、やっぱり彼女たちの使う魔法は呪文前提らしい。
それとどうやらこの背の高い女の子の方は、多少は魔力を見ることが出来るようだ。
とはいえ、彼女はわたしのことを魔力がほとんどなさそうって言ってたけど、本当のところは、わたしが魔力を抑えているから弱く見えているだけなんだけどね。
「なんというか。わたしの魔法は師匠から教えてもらっただけで……」
「あ、別に術式を聞き出そうとかではないんですよ? 秘するのが魔術の基本ですから」
「しかし、おどろきだな」
わたしとハンゲツを見ながらアカツキが感心したって感じの口調で言う。
「ハンゲツがわからないって言うんだから、そうとう珍しい魔法なんだな!」
「しかも、魔力がほとんどなくても使えるなんて」
ミカヅキも軽く睨むようにこちらを見ている。
どうしよう。
わたしはちょっと考える。
今回、猫の王様に言われて、魔法の勉強のためにここへやってきた。
目の前の彼女たちはたそがれの魔女の弟子で、つまりわたしは兄弟弟子になるってことなんだろう。
だったらなるべく仲良くしておいた方が良い。
とはいえ、一方でこちらの優位性も確保しておくべきだ。
つまり切れるカードは手元にたくさん残しておいた方がいい。
だから、自分の魔力とか出来ることについて、無闇に話してしまうのは避けるべきだろう。
少なくとも今後ここで何をするのかがわかるまでは、保留にしておこう。
「あの、そろそろ先生のところに案内して欲しいんですけど」
わたしは魔法については何の説明せずに、とりあえずにっこり笑ってそう言った。
それからミカヅキとハンゲツが屋敷まで案内してくれた。
鹿の使い魔のロクサイも一緒にお屋敷に入った。
入り口の脇でミカヅキがロクサイの足を拭いて蹄にこびり付いた土を落としている。
一階の玄関付近は吹き抜けのホールになっていて、壁に沿って階段が二階へと続いていた。
ホールには窓がなくて、階段脇の壁に設えてある燭台の明かりだけがあたりをオレンジ色に照らしている。
「じゃあ、お師匠様の部屋までの行き方を教えるから」
ロクサイの足を拭き終わったミカヅキが、立ち上がりながらそう言った。
「部屋まで案内してくれるんじゃないんですか?」
「わたしが言いつけられたのは、あんたをここまで連れてくるってだけ。後は自分で行って」
素っ気ない口調でそう言うと、彼女は階段の上を指さす。
「この階段を登って突き当たりの廊下をまっすぐ進んで。そうしたら塔のらせん階段があるから、そこを上へ行けばいいから」
「大丈夫ですよ。この辺りは迷いにくい場所ですから」
ハンゲツが背をまげて、視線の高さをわたしの顔に合わせて励ますように言った。
「迷いやすい所もあるんですか?」
「まあ、あるけど」
「このお屋敷は増築、改築を繰り返したらしくて、ちょっと造りが変なんです。でも、この辺りはまだ普通ですから」
ちょっと不安は感じたけど、とりあえず壁沿いの階段を登ることにした。
途中で下を見ると、ハンゲツがこちらを見て軽く手を振ってくれた。




