魔女の試験とみぞおちと鹿
わたしの目の前に、ローブ姿の女の子が五人並んでいる。
全員いかにも魔法使いっぽいつば広の帽子を目深に被っていて、こちらからは目がみえず、どんな表情をしているのかわらかない。
これは分身する魔法らしい。
五人ともみんな同じ動きをしてるから、個別バラバラに意思があるってわけじゃなさそうだ。
「えっと、本物を見つけだせばいいんですよね? 時間制限とか何か決まりはありますか?」
「時間制限はないけど、解答は一度だけしか許されない。魔法を使うにせよなんにせよ、最初に干渉した個体を選択したことになるよ」
普通に考えると、それはちょっと難易度高そうだ。
「つまり、全員を同時に攻撃するとかは駄目ってことですね」
「今回はあくまで魔術を見破る試験だからね」
そう言って五人全員が軽く頷いた。
やっぱりこれは鏡に姿を映すみたいに、ひとつの身体から虚像を作り出す魔法らしい。
「ちなみに間違った個体に触るとどうなるんでしょう」
「軽く叩くくらいの衝撃で崩れるように出来てるよ。失敗すればすぐわかるからね」
なるほど。
単なる映像じゃなくて一応実体があるらしい。
魔法の途中で氷みたいなものが出来てたから、そういう素材で作られてるのかもしれない。
普通の魔法使いならどうやって見破るんだろう。
例えば匂いとか?
使い魔をつかっても良いって言ってたから、犬の使い魔とかがいれば鼻が利くし役に立ったかもしれない。
あとは、音とか温度とか?
声は五人全員から聞こえてきてるな。
サーモグラフィーみたいな、温度が見える魔法とかがあれば有利かもしれない。
「ちょっと観察しても良いですか」
「いいけど、触ったりしたらそこで解答したと見なすからね」
わたしは五人の前までやってきて、ひとつずつその姿を見ていく。
帽子の中の顔を覗いてみたけど、誰も視線を合わせようとしない。
それをやったら実体がどれなのかわかっちゃうからだろう。
「すごく良く出来てますね。どれもまるで本物みたいです」
「そうでしょ、そうでしょ。わたしの魔法、すごいでしょう?」
五人全員がちょっとえらそうに腕を組んだ。
やっぱり、彼女は本物のたそがれの魔女じゃないと思う。
力のある魔女にしては、おだてに乗せられやすいというか。
こう言っちゃ申し訳ないけど、小物臭がある。
「じゃあそろそろ解答してもらおうかな。見たところまだ魔法は使ってないみたいだから、何かするなら早くね」
もう少し人間の魔法とやらを観察したかったけど、せかされてしまった。
仕方ないから決着を付けることにしよう。
とはいえ、答えは初めから決めていた。
なんというか、とてもわかりやすい。
罠の可能性を疑ってたけど、この調子だったらそれもなさそうだ。
「じゃあ、いきますね」
わたしはそう言って、腰に下げた短剣を鞘ごと抜く。
さすがに抜き身の刃だと怪我させちゃうからね。
「え?」
五人の女の子が同時に意外そうな声を上げる。
わたしが魔法も使わずに、スタスタと歩き出したからかもしれない。
そのまま全員の前を歩いて通り過ぎる。
最後の一人からちょうど一人分離れたところで立ち止まる。
「あ、ちょっと?」
短剣を腰の辺りに構えて、まっすぐ前に突き出した。
「いたっ!」
何もない空間に、確かな手応えがあった。
念のためにもう一回。
「げふっ! ちょっと!」
変化がなかったので、さらに突いてみる。
「あだっ! みぞおちはやめてよ! おふっ! ちょっと!」
すると、横に並んでいた五体の少女が金属質の音を立てて崩れ、わたしの短剣の先に本物の少女の身体が現れた。
「一度つつけばそれでいいでしょ!」
女の子はおなかを押さえながら涙目で言った。
「これで試験終了ですよね?」
「ぐっ……」
反論はなかったので、終了で良いみたいだ。
「でもあんた、何の魔法も使わなかったくせに、なんでわかったの!?」
そんなの見ればわかる。
だって、あの五体の虚像には魔力の光の輪がみえなくて、その横のちょうど頭の上くらいの位置に光の輪があったんだから。
誰も居ないはずの場所に、光の輪だけが浮いていた。
実体を見えなくしたまま、別の場所に虚像を作る魔法だとしか思えない。
「いや、普通にわかりましたけど」
「はあ!? そんなわけないでしょ!」
彼女の話から察するに、もしかしたら人間の魔法使いでも光の輪が見える人は少ないのかもしれない。
魔力が強い精霊でやっと見えるくらいだから、彼女くらいの魔力の持ち主だと見えないんだろうとは思ってはいた。
けれどこの調子だと、そもそも光の輪の存在自体を知らないようにも思える。
「で、試験は?」
「うー。こんなので合格は出せないよ!」
女の子は苦虫をかみつしたような顔で言う。
わたしが魔法を使わなかったせいか、彼女はまだ納得してないみたいだ。
「でも試験の内容はクリアしてますよね?」
「キュッ」
彼女の方に身を乗り出して、肩の上のイナリがちょっと不満げに鳴いた。
「何、あんたたち。文句でもあるの!? あたっ! なに!?」
気がつくと、さっきの鹿がやって来て、彼女を角でつついていた。
「ロクサイ! あんた、なんなの? いたっ! みぞおちはやめなさい!」
彼女の使い魔らしきロクサイって名前の鹿は、頭を下げて角を女の子にグイグイ擦りつけている。
「ああもう! わかった! 合格! 合格にするから!」
女の子は鹿の角を握ってグッと押しのけながら叫んだ。
よかった。
これでやっとお屋敷に入れるみたいだ。




