人間の魔法と小鳥たちのさえずり
「まあメダルを使おうと思っても、今はちょっと動きづらい状態なんですよね。うちにはなぜか魔物の騎士のカザリさんが滞在してるし、ついでに黒犬の魔物のバウルもうろついてるしで」
なんにせよ現状をどうにかしないとしょうがない。
わたしの話を聞きながら、猫の王様は部屋をぐるっとまわるようにゆっくりと歩き出した。
「いっそのこと家を離れるのも良いのではないか?」
「また旅に出るって事ですか?」
中身は大人とはいえ、世間的には小さな子供の身で、さすがにそこまで都合良く旅行に行けるわけもない。
「旅でも何でも構わない。このままあの家にいるのは危険であろう」
「いや、無理ですよ。ついこのあいだ帰って来たばかりなのに」
「魔物を側に置く方が危険で、問題としてはは大きいではないか」
たしかに神様のメダルの存在を魔物に知られることだけは避けたい。
「えっと、だったらしばらくメダルを王様に預けるっていうのはどうかな」
「断る」
猫の王様はあっさりと言った。
「行きがかり上、その方の面倒を見ることにはなったが、それもメダルの影響からなるべく逃れるためだ。我が受け取ってしまっては意味がない」
「じゃあどうしたら……」
数日の内にカザリさんは屋敷を出て行くはずだから、ほんの何日間だけやり過ごせれば良いんだけど。
「そうだな。完全に家を出るのが無理なら、なるべく屋敷から離れる時間を増やすのが良いのではないか? 夜には家に帰るにせよ、昼間は魔物に見つからない場所で過ごせばいい」
「つまり、毎日ここに通うってことですかね」
「それでは今までと変わらないではないか。しかもここは魔物達も知っている場所だろう。我が言っているのは、しばらく別の場所で修業をしてこい、ということだ」
「別の場所で修業、ですか?」
「もともとカナエには新たな修業を始めさせるべきだと思っていた」
王様は私の前でぴったりと足を止めて軽く目を瞑った。
「魔力をより細かく操作する修業が必要だ。旅先で魔方陣を破った時も力尽くだったのであろう? それでは無駄が多い上に早晩限界が来てしまう。今までは魔力をそのまま使ってきたが、これからは魔力を魔法の形に昇華する修業をするべきだろう」
それはなかなか魅力的な提案だった。
「魔法の修業ですか? それはちょっと興味あります。魔法、教えてください!」
いかにもファンタジーな話にちょっとテンション上がってきたけど、猫の王様はふるふると首を振った。
「我が魔法を教えることはない。真の精霊の魔法は人には扱えぬものだからな」
「じゃあどうするんですか?」
「人の子の魔法は人間に教わるしかない。そのための教師役には話を通してある」
そう聞いて、ちょっと意外な感じがした。
基本的に人と交わることのない精霊が、人間と関係を持っているとは思っていなかったからだ。
「ああ、ちょうど良い時にやってきたな」
「え?」
王様が不意にドアの方に顔を向けると、ひとりでに扉が少し開いて、そこから一羽の小鳥が飛び込んできた。
甲高い声でピーピーと鳴きながら部屋の天井をぐるりと回ると、さらにもう数羽の小鳥が部屋に入ってくる。
そんな調子でドアの隙間から次々に小鳥が現れて、結局十羽以上の小鳥が部屋を飛び回り始めた。
「まったく、その騒がしいのをなんとか出来んのか」
猫の王様が仏頂面でそう言うと、小鳥たちは小刻みに羽ばたきながら下に降りてきて、わたしが座っていたものとはべつのソファの背に降り立った。
背もたれの上に色とりどりの小鳥がずらっと横一列に並び、細かく首を傾げて左右を見ている。
それから数羽の小鳥がバタバタとその場で飛び上がり、場所を入れ替えるみたいに並び直した。
もしかしたら、並ぶ順番が決まっているのかもしれない。
背の順かなってちょっと思ったけど、どの小鳥の大きさもそれほど変わらないみたいだ。
きっちり並び終わったところで、小鳥たちはそれぞれバラバラにさえずり始めた。
「なんですか、これ。見たところ、普通の鳥みたいですけど」
さっきからじっと目を凝らして小鳥たちを凝視してたんだけど、精霊が持つような光の輪は見つからなかった。
「勿論……普通……の……鳥だとも……」
どこからか、声が聞こえた。
ちょっと低めの、女の人の声だ。
「今の声、どこから?」
「ここ……だよ……」
声は、小鳥たちの居る辺りから聞こえるようだ。
たくさんの細かなさえずりの中から、ちょっとノイジーだけどだけど、たしかに声がする。
「どのような時も観察は精確に行わねばならんぞ、カナエ。よく鳴き声を聞くのだ」
いつも修行を付けてくれる時みたいな教師モードで猫の王様がそう言うと、小鳥たちの中から女性が笑う声が聞こえた。
「住処を……離れられない事情が……あってね……。声だけで……失礼する……よ」
ようやくわかった。
小鳥のバラバラなさえずりが重なり合って、そのノイズの中から声が聞こえてくるんだ。
例えるなら、それは点描に似ている。
細かい点がバラバラに描かれていて、それだけだと意味をなさないような絵なんだけど、一歩離れて、遠くから観察すると、点の集合が絵になって見える。
それを音に置き換えた感じだ。
さえずりの細かな断片がより合わさって、ひとつひとつの言葉を形作っている。
「たそがれの……館に……来るといい……。場所は……森の王が……知って……いる……」
「えっと、あなたがわたしに魔法を教えてくれるんですか?」
「森の王……直々の……頼み……だからね……。無碍には……出来ない……のさ……」
小鳥のさえずりから聞こえる女性の声は、ちょっと楽しそうな口調でそう言ったのだった。




