宝玉のありか
わたしたちは里長の部屋、つまりコナユキの母親の部屋に戻ってきた。
この屋敷にいる人を全員集めてってお願いしたので、コナユキと叔父さんのフブキさん、それに監視役として来たらしい魔物のバウルが揃っている。
他の部屋からも椅子を持ってきて、話しやすいようにみんなで向かい合うように座ってもらった。
みんなといっても、わたしとイナリを含めても五人だけだ。
ミステリの解決篇にしてはこじんまりとしている。
でも、別にいいのだ。
里の住人全員呼んだりしたらものすごい数になるだろうし。
それに、わたしの考えが間違ってなければ、今回はここにいるメンバーに伝える事が大事なんだから。
「それでどのようなご用なのでしょうか?」
なにか大事な話があるらしいと思ったのか、フブキさんが神妙な表情で訊いてくる。
「ひと通りお話を聞き、屋敷を見て回って仮説を立てましたので、ご説明しようと思います」
「仮説、ですか?」
「つまりオーブの行方がわかったってことです」
コナユキが勢いよく身を乗り出す。
「えっ、ほんとに!?」
「たぶんね」
「もったいぶらずに教える」
バウルが感情を感じさせない平板な声で言う。
でも、わたしにだってわたしの考えがある。
「この屋敷にいらしてからそれほど時間は経っておりませんが、そのわずかな間に失われたオーブを見つけてしまわれるとは、さすが森の王の代理ですな」
フブキさんがいかにも感心したって感じで何度も頷いた。
「じゃあ、説明しますね」
みんなの顔を一通り見てから、わたしは椅子から降りる。
「事件が発覚したのは、先代の里長が亡くなられてから五日後、継承の儀式を行う為にそこにある厨子の扉を開いた時のことです」
誰も口を挟まずに、わたしの言葉を真剣に聞いてくれている。
「扉を開くと、いつもそこに置かれているはずのオーブが消えていることに気づきました。その場にいたのはコナユキとフブキさんの二人。それで間違いありませんね?」
「左様です。継承の儀式は里長の血族のみで行うのが習いですので」
「そして、オーブが納められていたこの厨子には特殊な術式が仕込まれていました。それはオーブを持ち出そうとすると、それが里長に伝わるというものです」
フブキさんとコナユキが二人揃ってこっくりと頷く。
「つまり普通に考えれば、オーブが消えたのは里長が亡くなられてから継承の儀式までの間ということになります。その間に誰かこの部屋に入りましたか?」
「そうですな。葬儀の際には里の民が屋敷にやってきましたが、この部屋となると、わたしと姫様の二人だけのはずです」
「とはいえ、絶対とはいえないでしょう?」
「確かに。わたしたちの目を盗んで部屋に入った可能性はあります」
でも、入れたからと行って屋敷から宝玉を持ち出せるってわけでもない。
「仮に誰かがこの部屋に入って宝玉を盗んだとしても、この屋敷から持って出ることはできません。なぜなら、この屋敷には堅牢な結界が施されていて、コナユキかフブキさん以外が持ち出すことは出来ないからです」
「ええ、その通りです」
「例えばフブキさんかコナユキが、本人が気づかないうちにオーブを持ち出してしまうことはないでしょうか?」
わたしの問いにフブキさんは顎に手を宛ててちょっと考え込んだ。
「思い当たるところはありませんね。行おうとしても難しいでしょう」
「うーん、でもポケットとか荷物とかにオーブを紛れさせれば……」
「それも困難でしょう」
「オーブの大きさ、ですね?」
コナユキがポンと軽く手を合わせた。
「そうか。あれって結構大きかったもんね」
「子供の頭くらいはありますよね?」
「え、どうしてカナエちゃんが知ってるの?」
「厨子の中の台座の形を見ましたから」
「ああ、なるほど」
オーブの台座は結構大きくて、ぴったりと宝玉がはまるような曲線を描いていた。
そこから大きさを推測したんだけど、間違ってはいなかったようだ。
「あれ、さっきカナエちゃんはポケットに入れたら持ち出せるかもって言ってなかった?」
「あの時は大きさのことを失念してたんだよね」
コナユキが微妙な表情でこちらを見ている。
うっかりしてたんだから、しょうがないじゃない。
「荷物の中に入れて持ち出すにしても、思い当たる節はございませんね」
「わたしもさすがに荷物に紛れ込んでたら気づくよ」
「つまり、ここから導き出されるのは、誰もオーブを持ち出すことはできないということです」
「では、この屋敷の中にまだオーブがあるということでしょうか」
意外そうに目を見開いて、フブキさんが訊いてくる。
「そうです」
「やっぱり誰かがオーブを盗み出して、屋敷に隠したってことなんだ」
「まあ、ある意味では」
「ある意味では?」
コナユキがいぶかしげな顔をする。
「では、どこにオーブは隠されたんでしょうか。誰かが二階の里長の部屋に入り、それなりに大きいオーブを盗み出して屋敷のどこかに隠す。それは可能ですか?」
「そうですな。物置の中にだったら隠すことが出来るかもしれません」
「でも、屋敷の中は一通り探したのですよね」
わたしの言葉にフブキさんははっと目を見開いた。
「確かに、物置の中も探しました」
「もしオーブを部屋から盗み出したとしても、いずれ屋敷の中を探されるのはわかっていたはずです。それなのに屋敷に隠しておくなんてことをするでしょうか?」
フブキさんとコナユキが同時にうーんとうなる。
微妙にシンクロした動きをみて、二人が一緒に暮らした家族なんだってことが伝わってきた。
「どうすれば見つからずに隠せるのか、わたしには見当も付きません」
「そうだね。どう考えても無理っぽい」
「つまり、オーブを厨子から持ち出し屋敷のどこかに隠した、という推理は間違っているのです」
コナユキが眉根を寄せて難しそうな顔をしている。
なにがなんだかわからないって顔だ。
「じゃあ、オーブはどこに行ったの?」
困惑したコナユキの言葉を聞いて、バウルも無言でわたしの方を見た。
たぶん、もったいぶらずに早く教えろって思ってるんだろう。
「フブキさん、厨子の扉を開けてもらっていいでしょうか?」
「厨子の扉ですか? 勿論かまいませんが……」
フブキさんは椅子から立ち上がって、部屋の奥に据えられた厨子の扉を開く。
コナユキが椅子から乗り出してそっちを見ていたけど、扉の内側が見えたところで、あからさまに肩を落とした。
厨子の中には何も入っていなかったからだ。
わたしは自分がさっきまで座っていた椅子を引っ張っていって、厨子の前に置いた。
「ちょっと失礼」
そう言って、靴を脱いで椅子の上に立つ。
子供の背丈だとギリギリ中が見えるか見えないか位の高さに扉があるので、こうすることによってやっと内側をしっかりと見ることが出来た。
中には何もない。
「実は最初に厨子を見たとき、何かがおかしいって思ったんですよね」
「おかしいって、何が?」
「オーブは大きな魔力を秘めた宝玉だったはず。でも、ここからはその残滓を全く感じない」
おかしいなって思ったのは本当。
でも、この結論に達したのは、他にも理由がある。
これは他の誰にも話せない理由だ。
あの時、神様のメダルにわたしは願った。
もしその願いが全て叶ったんだとしたら。
そう考えてみた。
宝玉は願ってから三日以内に元ある場所に戻った。
そして、メダルはそれ以外のことをしていない。
さらに、願いが叶うことによって誰も不幸にはならない。
あと、これはまだ叶ってないと思うけど、宝玉が戻ったのを確認したらちょっとだけ雨を降らせる。
神様のメダルには凄い力があって、願いを叶えてくれるという話だ。
だから、これが全部叶ったと考えてみる。
するとどうなるか。
もし誰かが宝玉を盗み出したとするなら、その後宝玉を一度厨子に戻して、さらにわたしたちが到着する前にそこから持ち去るなんて意味の無いことをしないといけない。
そんな不自然なことがあるだろうか。
そもそも屋敷に隠すことすら難しいのに。
実は宝玉を壊すことが目的だったら、バラバラに細かく砕いて屋敷のどこかに隠せなくもないけど、その後厨子の中に戻す理由もないから、それもあり得ない。
だから間違ってたんだ。
つまり、前提が間違っていた。
「何も壊したりしないんで、ちょっと見ていてください」
そう言って、厨子の扉の中、宝玉が収まっているはずの台座の方に手を伸ばす。
何もないはずの空間に手を入れる。
感触は何もないように思える。
わたしは頭の上の光の輪を廻した。
肩の上のイナリがびっくりして立ち上がり、姿勢を低くした。
魔力が身体に行き渡って、わたしの手がぼんやりと光る。
そして、その光が何かによって弾き飛ばされる感触がした。
「これは……」
フブキさんがこの異常事態に気づいたようだ。
わたしは光の輪を廻す速度をさらに上げる。
手の先に強く魔力を送り込む。
光が激しく明滅し、巨大な魔力が渦を巻く。
「キュッ」
肩にしがみついていたイナリが警戒の鳴き声を上げる。
そして、風船が割れるような鋭い音が響き、魔力の渦が勢いよく部屋いっぱいに広がって消えた。
「どうして……」
呆然とコナユキがつぶやく。
皆の視線がわたしの突き出した手の先に集まっている。
そこには厨子の台座があって、その上には、子供の頭くらいの大きさの美しい宝玉が、真っ白な光を静かに放っていた。




