捜索とあせりと子狐たち
予想してなかったわけじゃない。
でも、思ったよりもショックを受けていた。
願いを叶えてくれる神様のメダル。
わたしはそのメダルに宝玉が戻ってくることを願った。
でも今、眼の前にある厨子の中には宝玉は存在しない。
たしかに。
メダルの効果がどの程度あるのかはわからなかった。
だからそれを調べるために、いってみればテストのつもりで今回のお願いをしてみたんだから、単に神様のメダルには願いを叶える力が無かったってことなのかもしれない。
いや、そう簡単に言い切れるだろうか。
ゆっくりと、誰にも気づかれないように深呼吸する。
わたしはもう一度厨子に設えられた小さな扉の中を見た。
そこには何もない。
でも、なにかおかしい。
「カナエちゃん、どうしたの?」
気がつくと、わたしのすぐ横でコナユキが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいる。
「いや、なんでもないよ」
「ならいいけど。それで、何かわかった?」
コナユキがどうにも落ち着かないって感じの表情で訊いてくる。
「うーん、まだ何とも。屋敷の中をひととおり見せてもらってもいいかな」
「もちろん。じゃあ、二階から行く?」
わたしはコナユキについて屋敷を見て回る。
二階には里長の部屋以外には、皆が集まるための大部屋と寝室が3つ。
コナユキとフブキさんの部屋もある。
一階は吹き抜けになっているホールと応接間、それから台所と倉庫だ。
出入り口は正面玄関と裏口の二つ。
でも、窓が開くからそこから出ることも出来る。
とはいえ宝玉を持ち出そうとすると、屋敷の結界に阻まれてしまうらしい。
例外はコナユキかフブキさんが持ち出した場合だけだ。
「それで、何かわかった?」
さっきからコナユキはこればっかりだ。
なんというか、ちょっと焦りすぎてるって感じがする。
「うーん、ちょっと考えさせて」
わたしはコナユキの部屋で少し休ませてもらう。
里長の部屋ほどではないけど、なかなか立派な部屋だ。
椅子に座るわたしの前を、コナユキがうろうろと歩き回っている。
「コナユキも落ち着いたら?」
「でも、夕方前にはここを出ないと今日中に帰れないし……」
「まだ時間はあるよ」
「でも!」
コナユキはわたしの目の前で立ち止まった。
やはり思い詰めたような顔をしている。
「コナユキはどうしてそんなにオーブにこだわるの?」
「どうしてって、だって、オーブは里長の証明だし」
「フブキさんは無くてもいいんだって言ってたよ?」
「それは、そうだけど……」
コナユキはいつの間にか変化が中途半端に解けていて、狐耳と二股尻尾が顔を出して、どっちもしょんぼりと垂れ下がっている。
「別になくてもいいんじゃない?」
「だめだよ!!」
思ったよりも強い口調だった。
叫んでから、ふっと我に返ったのか、申し訳なさそうに目を伏せた。
「だって、オーブがないと、わたし……」
これはコナユキの自信のなさの方が問題かもしれない。
「わかった。ちゃんと見つけるから」
「ほんと!?」
「だから手伝ってよね?」
「うん! そうだ、屋敷の周りも調べてみる?」
「じゃあ、行ってみようか」
わたしたちが外に出ようとすると、今までどこにいたのか、気配もなくバウルが現れたので、一緒に外に出た。
すると、さっきの子狐たちがわらわらと近寄ってきた。
「ひめさまでてきた」
「ひめさまどこいくの?」
「ひめさまげんきない?」
「ひめさまあそんで?」
コナユキが囲まれて鼻先でつつき回されている間に、わたしは黒犬形態になっているバウルの前にしゃがみ込んだ。
「バウルは何かわかったこととかある?」
「ない」
わたしはバウルの頬を両手で挟み込んだ。
予想外に抵抗しなかったので、体中撫で回してみる。
「本当に? 実は見つけてたとか、そういうのはないの?」
「探すのはバウルの仕事ではない」
「うーん、たしかに宝玉を隠し持ってる感じでもないね」
「バウルはそんなことしない」
部屋を回りながら、色々考えていた。
神様のメダルのことだ。
わたしは願いを込める際に、メダルの力を調べるため、お願いに条件をつけた。
宝玉を三日以内に元の場所に戻すこと。
それ以外のことは何もしないこと。
この願いを叶えることによって誰かが不幸にならないこと。
わたしがメダルが戻ってきたのを確認したら、雨を少し降らすこと。(雨が難しい時は他で代用してもよい)
条件が複数あるのは、どこまでをひとつの願いとして叶えてくれるかを調べるためだ。
宝玉が戻っても雨が降らなかった場合は、一度にかなえる願いの範囲はそこまで広くないってことになる。
結果として誰かが不幸になるようなら、メダルの裏が出た場合は、どうやっても良くないことが起こるってことだ。
宝玉が元に戻る以外のことが起こっていたら、願いは最初の部分しか叶わないってことになる。
「うーん」
「バウルの毛皮を逆立てない」
気がついたら激しくバウルをモフっていたようだ。
申し訳ないので、手櫛でブラッシングしてあげることにした。
いくつかの可能性がある。
神様のメダルが願いを叶えなかった可能性。
その場合は、願いの内容が良くなかったんだろう。
もっと単純な願いしか聞き入れられないのかもしれない。
あと、もうひとつの可能性として、神様のメダルは願いを叶えたけど、厨子の中には宝玉がなかったってこともあり得る。
三日以内に元の場所に戻すって願いだから、戻った後に、再び持ち去られたのかもしれない。
確かにつじつまは合う。
けど、どうして?
神様のメダルは、現実に起こりうる形でしか願いを叶えてくれない。
だったら、それは自然な形で起こるはずだ。
そう考えると、犯人がわざわざ厨子に宝玉を戻して、その後、再び持ち去るなんて事はなさそうだ。
ないよね?
うーん。
犯人が宝玉を持ってるのを見つかりそうになって、一時的に厨子の中に隠したとか?
いや、犯人って誰だ。
聞いた話だと、屋敷に住んでるのはフブキさんとコナユキだけらしい。
フブキさんが犯人で、誰かに見つかりそうになって宝玉を隠したの?
誰の目から?
隠す理由なんてないだろう。
他に誰もいないんだから。
誰もいない、よね?
「カナエちゃん、何やってるの?」
子狐たちを引っぺがしたコナユキがわたしの方にやってきた。
「うーん、屋敷に戻ろうか。ちょっと聞いて欲しい話もあるし」




