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光の輪を廻す

 とにかく囲まれるのはまずい。

 わたしは近づいてくるマントおばけ達から距離を取れる方向に回り込む。

 ちょうど眼の前のマントおばけを間に挟む位置取りだ。

 これなら向こう側のマントおばけ達の突進も防ぐことができる。


「イナリ、ちょっと隠れてて!」

「クルッ」


 イナリはすばやくわたしの襟元に、マフラーみたいに巻き付いた。

 これでは襲われた時に結構危ない気がするけど、もしかしたらわたしを守ろうとしてくれてるのかもしれない。

 わたしは気持ちを切り替える。

 逃げるのが難しいのなら、とにかく相手の実力を知るのが第一だ。

 近くに一体しかいない間に、軽く手合せしてみた方が良いいだろう。

 わたしは眼の前のマントおばけに意識を集中して、小刀を構え直した。

 すると頭の上で何かが回転速度をあげる感覚がした。

 たぶん、わたしの頭の上にも光の輪があって、それが廻っているんだろう。

 そして、光の輪のエネルギーが魔法っぽい力を与えてくれているに違いない。

 さっきはイナリがわたしの光の輪を廻してくれたみたいだけど、どうやら自分でも力を加速できるようだ。

 もっと速く廻したら、力も強くなるんだろうか。


「はあああっ!」


 わたしは剣術の訓練の時みたいに大きな声を上げながら、マントおばけに向かって大きく踏み込んで、一気に間合いを詰める。

 同時に今なんとなく掴んだコツを活かして、光の輪を強く、速く廻す。


「クルッ」


 マントおばけがこちらに向かって飛び込んできたのを見て、イナリが短く鳴き声を上げる。


「ふっ!」


 わたしは短く強く息を吐きながらステップを踏み、身体を回転させるようにしてマントおばけの突進を躱した。

 その回転の勢いのまま、白く光る小刀を後方から叩きつける。

 光が三日月のような曲線を描き、小刀は手応えなくすり抜けた。


「クルッ」


 空振りしたかと思った瞬間、イナリが嬉しそうな声で鳴いた。

 マントおばけは光の切れ目を境にして上下に別れて、そのまま焼け焦げた紙みたいにくしゃくしゃになって、力なく地面に落ちる。

 たった一太刀、光の力を込めて切っただけで、マントおばけは死んでしまったようだった。

 気がつくと、あの不気味な色の光の輪がどこにも見当たらなくなっていた。

 もしかしたら、あの光の輪は生命力の表れみたいなものなのかもしれない。


「クルッ」


 先程の一閃のあまりの威力に驚いていると、残りのマントおばけの接近に気づいたイナリが、短く鳴いて注意を促してきた。

 今までは逃げ方を考えてたけど、上手く一対一の形で相手できれば、戦って勝つことができるかもしれない。

 一度成功したからといって、何度も同じことができるとも限らないけど、少なくともこちらの攻撃が効くことはわかった。

 あとは向こうの攻撃がどれくらい強いかだけど、こればっかりは試しに受けてみるわけにもいかない。

 イナリの様子を見るとすごく警戒してるみたいだし、一撃でも攻撃を受けると死んでしまうくらいの覚悟でいるべきだろう。

 慎重に、落ち着いて、でも思い切りよく行かなくちゃ。


「さて、どうやって一対一に持ち込もうかな……」

「クルッ」


 気をつけて、みたいな感じでイナリが鳴く。

 ほとんど距離を開けずに二体まとまって近づいてきてるけど、上手く回り込むかたちでなんとかするしかなさそうだ。

 さっきみたいに相手の動きをいなすような形で位置取りをしたい。

 そう考えているところで、ふと、今まで習ってきたマゴット家に伝わる武術の動きの意味が理解できていることに気づいた。

 子供の頭ではただ教えられた動きをなぞるだけだったけど、実際に使ってみて、習った歩法のひとつひとつの役割がすうっと理解できていた。

 これは大人である前世の意識が戻ってきたからなのかもしれない。

 わたしは周りを見渡してから、動きやすそうな広い場所に陣取った。

 二体のマントおばけはわたしに近づいて来ると、そこから左右に分かれるように動く。

 もしかしたら挟み撃ちをするつもりなのかもしれない。

 思ったよりも頭がいいのかも。

 わたしは重心を下げて、いつでも駆け出せる体勢を取った。

 予想通りに、わたしを挟むような位置取りで、マントおばけが近づいてくる。

 意識を集中して、光の輪を加速させる。

 頭上から漏れ出す燐光が波のように広がる。

 小刀の刀身が白く光る。


「クルッ」

「まだだよ、もっと引き付けなくちゃ」


 挟まれているのなら、どちらか一体の背後に回り込みたい。

 そうすれば、一度に相手するのは一体だけになる。

 下手に早めに動き始めたら、狙いに気づいて距離を取られてしまうかもしれない。

 予想以上に頭がいいみたいだから、そうなったら二体が合流する可能性もある。

 マントおばけに並ばれてしまうとちょっと厄介かもしれない。


「クルッ」


 イナリの警戒の叫びと同時に、わたしは片方のマントおばけに向かって一歩踏み出す。

 その踏み込みでフェイントをかけるみたいに一度右側に重心を移してから、すばやく左側に回り込んだ。

 正面のマントおばけもこちらに向かってきていたから、数歩動くだけでも結構な速度になる。


「はっ!」


 すれ違いざまに白く光る小刀を振り抜く。

 今度も特に手応えのないまま、マントおばけとすれ違った。

 反撃を受けないようにそのまま駆け抜けて距離を取ってから、弧を描くように位置を変えつつ後ろを振り向くと、手前のマントおばけはクシャクシャな革の塊になっていた。

 もう一体のマントおばけは、さっきまでとほとんど位置を変えていない。

 なんとか挟まれた状態から抜け出して、残り一体という所にまで持ち込むことができた。

 ずっと練習してきた歩法は身体が憶えていて、思ったとおりに動くことができている。

 もしかしたら、この白い光のおかげで身体能力が上がっているのかもしれない。


「来る!」


 マントおばけの頭上にある光の輪が、強い光を発しながら回転数を上げた。

 最初の一体目がこちらに飛び込んできた時と同じ反応だ。

 わたしは小刀を横位置に構え直して、ぐっと姿勢を下げる。

 その直後、マントおばけが滑るように突進してきた。

 歯を食いしばって、我慢して引き付けて、ぶつかる直前で左に避けつつ小刀を揮う。

 それを予想していたのか、マントおばけは小さく弧を描くように動いて光る刃を避けた。

 でも、そのパターンも想定していた。


「いやあああっ!」


 わたしはその場で体を捻り、小刀を持ったまま回転する。

 刀の重さで体勢を崩しながら、それでももう一歩踏み込んで、こちらの真後ろに回り込んで来たマントおばけに切先を叩き込む。

 本来なら、そんな崩れた体勢では何も斬れないけど、白い光を宿した刃はするりとマントおばけの身体に滑り込んで、そのままあっけなくすり抜けた。

 バランスを崩して雪の積もった地面に倒れ込んだわたしは、無理やりゴロゴロと転がって距離を取る。

 顔を雪に突っ込んでしまったけど、冷たさは感じない。

 素早く顔を上げると、クシャクシャになったマントおばけが、ちょうど地面に落ちていくところだった。


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