コナユキの故郷へ
アヤメお姉ちゃんとチドリさんの試合から二日後に、わたしたちはサルトゥスの城下町を出た。
街道を進む馬車の旅に戻ると、実際はほんの数日だったのに、随分長くサルトゥス領に滞在していたような気持ちになった。
初めて会ったときはチドリさんの印象はお姉ちゃんを敵視してる人って感じで正直良くなかったけど、お別れする頃にはさっぱりとした気持ちのいい人ってイメージに変わっていた。
たぶん、あれが本来のチドリさんなんだろう。
それがちゃんとわかって良かった。
わたしたちに付いてくると言っていたあのバウルという犬の魔物は、今のところどこにも姿が見えない。
もしかしたら、こちらに気づかれないように気配を殺して追いかけてきているのかもしれなかった。
まあ、悪さをするようでもないので、このまま放置しておこう。
野良の魔物は危険だし、普通に討伐の対象だけど、人の言葉を解するバウルみたいな魔物は、わたしが知っている限りではむしろ理性的だ。
コナユキをマゴット領の森まで送ってくれたカザリさんという女騎士の魔物といい、最初は攻撃的だったけど話し合いが出来る程度にはまともだった犬の魔物のバウルといい、魔力の見た目は不気味だけれど、対応してみた感じでは精霊との違いをそれほどは感じなかった。
言葉がしゃべれない魔物たちを使役したりするらしいけど、魔物たちとの仲間意識がそれほどないらしいのも、その印象に拍車を掛けている。
まあ、これに関しては一概に良いともいえない。
表面上は友好的に話せる相手だけど、やっぱりその内面には仲間に対してであっても非情な一面を持っているってことなのかもしれない。
そんなことを考えながら馬車に揺られ、気がつけばコナユキの故郷がある領も間近というところまでたどり着いていた。
「問題はどうやってコナユキの住んでる里まで行くかってところなんだよね」
二人きりになったところを狙って、コナユキと今後の相談することにした。
ちょうどお昼時だったので馬車を街道横の草むらに止めて、食事の準備を始めたところだった。
今はアオムラサキが炉を組んでお湯を沸かしていて、リンドウは横でそれを眺めている。
アヤメお姉ちゃんとアカヤナギは馬の世話をしているところだった。
「次に泊まる領主様のお屋敷からわたしの住んでる集落までは、急げば半日かからないで行けると思うよ。朝に出れば昼前には着けるんじゃないかな」
「へえ、思ってたより近いね」
「ただ森の中を走ることになるから、普通の人間だったらもっと時間かかるんだけどね」
コナユキはわたしのことを精霊だと思ってるからそんな風にいうけど、本当はこっちは人間だし、なかなか骨が折れるかもしれない。
とはいえ、魔力を使って身体能力を強化すれば、それなりに付いて行けるんじゃないかとも思っていた。
「じゃあなんとか丸一日時間を作って、一度行ってみようか」
「一緒に行ってくれる?」
「もちろん。宝玉を探すのにどれくらいかかるかわからないから、もしかしたら何度か通うことになるかもね」
「でも、なんて言って外に出るの?」
「コナユキに案内してもらって、街の中を見物してくる、とか」
「許してくれるかな?」
この間のサルトゥス領では魔物に襲われたせいで外出禁止令が出たので、そのことを警戒してるんだろう。
「うーん、あれからは一度も魔物に襲われてないから、多分大丈夫だと思うけど」
「じゃあこれからも魔物に出くわさないといいね」
「暫く、魔物は精霊を襲わない」
唐突に、背後から声が聞こえた。
驚いてわたしたちが振り返ると、すぐ側に一匹の黒犬が行儀良くお座りしている。
「バウル、気配消して近づくのやめてくれない?」
「やめない」
感情を感じさせない冷たい少女の声で、あっさりと拒否されてしまった。
気配に敏感なイナリも全く気づかなかったみたいだから、すごくびっくりした。
これが敵対している魔物だったら危険だけど、その場合は殺気が漏れて気づきやすくなるのかもしれない。
わたしとコナユキはともかく、イナリは肩の上で立ち上がってバウルを警戒している。
「魔物が精霊を襲わないってどうして?」
「バウルが他の魔物にいうことをきかせる。オーブの行方を知るため、協力する」
「それは助かるけど……」
そう言ってわたしは肩の上のイナリの頭を撫でて宥める。
「クルッ」
バウルが敵対する気がないことがわかったのか、イナリもいつもの体勢に戻った。
それでも頭を上げてバウルの方を見ているので、完全に心を許してはいないみたいだ。
「バウルは先に里に行って様子を見てくる。ついでに里の後継者の子狐が戻ることも伝えておく」
「えっ?」
コナユキがちょっと驚いて、迷うような素振りを見せた。
勝手に里を出たから、堂々と先触れを出して帰るのが気まずいのかもしれない。
でも、だからといって、こそこそと帰るわけにもいかないだろう。
「まあそれは助かるかも。ね、コナユキ?」
「う、うん。その、おねがいします……」
「あと、帰るタイミングはこっちで決めるからって伝えておいて」
「伝える」
それだけ言うと、バウルはスクッと立ち上がって、そのまま街道横の森の中へ入っていった。
なんていうか、すごくさっぱりしたやつだ。
カザリさんはもっと普通の人間っぽかったけど、まあ魔物にもそれぞれ個性があるんだろう。
「そうだ。宝玉が見つかって全部解決したら、コナユキの里から誰か迎えを出してもらった方が良いかも」
「迎えって?」
「いきなり帰りますって言っても、アヤメお姉ちゃんも納得しないと思うし、コナユキを里まで送るって話になっても面倒でしょ」
「なるほど。だから迎えが来たってことにするんだね」
「街で里の人間に出会って、連絡してもらったってことにすればいいよ」
わたしがそういうと、コナユキがちょっとしょぼんとした感じで俯いた。
「コナユキ?」
「そしたら、カナエちゃんたち、帰っちゃうよね」
そうだった。
元々、森の王様からの課題でここまで来たんだから、それが終わったら当然帰ることになる。
つまり、コナユキとの別れが近づいていた。
「そのうちまた会いに来るよ。なんだったらコナユキも遊びに来てよね。歓迎するから」
「うん……」
わたしがちょっと乱暴にコナユキの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「とはいえ、それも宝玉を見つけてからのことだからね。今考えてもしかたない」
「そうだね。まずはオーブ探しから!」
コナユキは顔を上げると、そう言ってにっこりと笑った。




