夜の騎士と犬たち
アヤメお姉ちゃんとチドリさんの試合が終わって、日が落ちてからわたしはひとりで部屋を抜け出した。
誰もいない一階のホールから外に出ると、雲ひとつない星空に大きな月が輝いている。
冬の終わりとはいえ、やはりまだ夜は肌寒い。
近くに森がないせいか不思議なほど静かだ。
炊事場の建物の横を通って家畜小屋に近づく。
頭の上の光の輪を静かに廻して、魔力が漏れ出るのを抑える。
こうした方が普段何もしていない状態よりも気配を殺せることに気づいたので、さっきからちょっと練習しているのだった。
家畜小屋の前では、リードに繋がれた二匹の犬が、身体を寄せ合ってうずくまっている。
足音も匂いも犬に届いてるはずなのに、わたしに気づいた様子もない。
すぐ近くまで寄って、それから光の輪の回転を止めると、突然犬たちが顔を上げた。
「ボウワウハハウ!」
「あ、ダメダメ、吠えないで!」
わたしが二匹の犬に手を伸ばし頭をわしゃわしゃ撫でると、吠えるのをやめて、はふはふとうれしそうに鼻先を擦りつけてきた。
「バウルとかいう魔物もいないみたいだし、君達はもう大丈夫だよね」
予想外の訪問者に興奮したのか、一気にテンションの上がった犬たちがものすごい勢いで尻尾を振りながら、わたしの上着に前足を掛けてくる。
そうやってしばらく撫で回してたけど、いつまで経っても落ち着く気配がなかったので、ひとことおやすみを言ってから立ち去ることにした。
建物の周りを一回りして練兵場に続く門の前まで来ると、向こう側から何か風を切るような音が聞こえてきた。
気になって門の隙間を抜けると、昼間には試合場だった場所の中心に剣を振る人影が見える。
その姿に見覚えがあったので近くまで歩いて行くと、チドリさんが型の稽古を終えてちょうど呼吸を整えたところだった。
「こんばんは」
チドリさんの様子をうかがいながら挨拶する。
月の光を浴びて汗を光らせたその表情は、思ったよりもさっぱりとしているように見えた。
「ああ、アヤメの妹か」
「カナエです」
「知ってる」
そう言って、チドリさんは小さく笑った。
「今回は世話になったよ。カナエ」
「別にたいしたことはしてませんけど」
ちょっとアドバイスめいたことはしたけど、それだけだ。
「いや、おかげで良い試合が出来た」
星空の元、冷たい空気の中を伝わってきた声の調子は、すごく穏やかだった。
「えっと、わたしがこんなこと言うのは変かもしれませんけど、今日は残念でしたね」
チドリさんは一瞬きょとんとした顔を見せたけど、すぐに軽く吹き出した。
「ははっ。だけど、得たものも大きかった。なんていうのかな、今日の試合で随分とすっきりしたよ」
「すっきり、ですか?」
ゆっくりと頷いて、チドリさんは言った。
「ああ、今までは焦りばかりがあったが、自分の出来ることや出来ないことが見えてきた。これからどうすれば良いのか、それがわかった気がする」
確かになんというか、憑き物が落ちたような顔をしている。
試合には負けてしまったけど、そこには確かな自信のようなものが感じられた。
「試合中も、いつもより視界が広くなって、色々な物が見えたよ。アヤメに弾かれたわたしの剣をカナエが払いのけた所も見えたぞ」
試合直後だったのに、そんな所まで見られていたらしい。
「あれは、ちょっと危なかったので」
「さすがアヤメの妹だと思ったよ。なかなか良い動きだった」
「あはは、ありがとうございます」
チドリさんはいたずらっぽくにやりと笑う。
「だから、次はカナエに試合を申し込もうと思う」
「いや、あの、わたしはまだ騎士見習いですらないんで」
「騎士かどうかとか、見習いかどうかとかは関係ないよ。見たところ実力は充分だからね」
「それは、どうも……」
「まあ、もう少し大きくなったら頼むよ」
わたしの頭に手を置いて、チドリさんは笑いながら乱暴にぐりぐりと撫で回した。
ちょっと忙しくて間が開いてしまいました。短いですけどペース戻したいので上げておきます。




