試合のゆくえ
わたしがコナユキを連れて会場になっている練兵場に戻ると、ちょうどそろそろ試合を始めようかというタイミングだった。
わたしの顔を見てアヤメお姉ちゃんは軽く微笑みを浮かべると、会場の中央に向かって歩いて行った。
激励の言葉を送ることが出来なかったけど、ここに戻るのが遅れてしまったのだからしょうがない。
「姉様! コナユキちゃん! こっちに座ってください」
そう言って、リンドウが自分の座っているベンチの横をパタパタと叩く。
さっき見たときは普通の木製のベンチだったけど、今は厚めの布が何重にも掛けられていて、多少は座り心地が良さそうになっている。
わたしたちはリンドウの横に並んで座った。
「そういえば、サルトゥスの領主様は?」
「えっと、聞いたところでは、試合を見には来ないみたいですよ」
「へえ、一人娘の試合なのにね」
「アヤメ姉様のお話では、試合は自由にやって構わないと言われたそうです」
「なるほど、それはまあ良かったかも」
わたしがそう言うと、リンドウは不思議そうな表情でこちらを見た。
「良かったって、どういうことですか?」
「つまり、領主としてはこれはあくまで個人的な試合だと考えてるってことだと思うよ。サルトゥス卿がチドリさんの応援をすると、どうしえてもサルトゥス家とマゴット家の対抗軸が出来て見えるでしょ」
「ああ、そういうことですか」
リンドウは納得したように頷く。
この子は本当に頭が良い。
普通、この歳の子供は領地間の関係の事なんてわからないはずだ。
うーん、さすがわたしの妹。
さて、そうこうしている間に準備が整ったらしい。
試合会場の中央では、鎧姿のアヤメお姉ちゃんとチドリさんが少し距離おいて対峙している。
よく見ると、チドリさんの鎧は前見た鎧よりもかなり軽装になっている。
一方、アヤメお姉ちゃんは前回と全く同じ格好だ。
「うん。チドリさんは作戦を練ってきたみたいだね」
「見ただけでわかるの?」
「前とは鎧が違うでしょ? 前回の鎧は重そうだったからね」
「それってカナエちゃんがアドバイスしたからかな?」
わたしとコナユキの話を聞いて、リンドウはちょっと驚いたようだった。
「姉様、チドリさんにアドバイスをしたんですか?」
「前に助けてもらった時、ちょっとね」
「それはどんなことを?」
「えっと、アヤメお姉ちゃんが体力切れを狙うだろうってことと、あと、前回と同じ戦法だと不利だから何か新しいことをするべきってことくらいかな」
リンドウは試合会場のチドリさんの方を、じっと観察するように見た。
「じゃあ、チドリさんはもう何か新しいことを始めたんですね」
「そうだね。まず、前よりも軽い鎧を着けてる。多分、体力の消耗を抑えるためだと思う」
そうして、サルトゥスの騎士らしき人が立会人になって、その人の合図で試合が始まった。
チドリさんは左手に持った小さめの丸い盾を前に掲げて、右手の長剣は肩の上に構えている。
アヤメお姉ちゃんは半身になって右手に持った長剣を前に突き出すいつもの構えだ。
前回は開始早々チドリさんが突進してきたけど、今日はどちらも動かない。
チドリさんはやっぱり消耗を抑える作戦らしい。
アヤメお姉ちゃんも相手に攻めさせる考えだろうから、このままだと膠着状態になる。
「どっちも動かないね」
「早速、前とは違う展開になったなあ」
「これってずっとこのままなんでしょうか」
「チドリさんはそのつもりかもね」
わたしの言葉に、リンドウこちらの方を見た。
「姉様にはどうなるかわかるんですか」
「ある程度は」
「え、知りたい知りたい!」
コナユキがこちらに身を乗り出してくる。
「まずチドリさんには自分から攻めない積極的な理由があるから、アヤメお姉ちゃんが動かなければいつまでもこのままだと思うよ。一方、お姉ちゃんには選択肢があるからね。それって一見、行動の自由があるように見えるけど、チドリさんに先手を取られてるともいえる。たぶん、お姉ちゃんは戦略を変えてくるんじゃないかな」
「でも、このままにらみ合ってる可能性もあるんだよね?」
「まああるけど、それじゃ試合は進まないし、展開を変えられるのは自分だけだって、お姉ちゃんはわかってると思う」
「ということは、これからアヤメさんの方から攻めるんだね」
わたしはコナユキに向かってこっくりと頷く。
「うん。だけどそれは同時にリスクを取ることでもある」
「リスク?」
「安全策を捨てるって事。こうなってる時点で、チドリさんの方が作戦では優位に立ってる」
そして、わたしの予想通り、アヤメお姉ちゃんがステップを踏み始める。
相手の間合いギリギリを出入りして、攻撃を引き出そうとしてるみたいだ。
それでもチドリさんは動かない。
お姉ちゃんはチドリさんを中心に時計回りに位置を変えていく。
これは盾の防御を外す動きだ。
でも、慎重なチドリさんには隙がない。
「アヤメ姉様がぐるぐる回り始めました」
「目を離しちゃ駄目だよ。たぶん、一気に動いて、すぐに決着が付くから」
「え?」
わたしがそう言った途端、アヤメお姉ちゃんが急にチドリさんの間合いに踏み込んだ。
同時に右手の長剣で突きを繰り出す。
それをチドリさんが盾で振り払うようにいなす。
お姉ちゃんは相手の動きに逆らわず、むしろ振り払われた方向に踏み込んで、身体を半回転させながら下から上に斬り上げる。
これがとにかく速い。
チドリさんは右手の長剣を振り下ろしてこの一撃を受ける。
お姉ちゃんは長剣を受け止められても動きを止めずに、素速く剣を引き、そのまま体を入れ替えながらの突き。
この一連の動きは、相手がどう受けるかを予想した連撃だ。
チドリさんはこれを受けきれば、その隙をついて反撃出来るはず。
そうなれば、一撃の威力で勝るチドリさんにも勝利の目があるはずだ。
お姉ちゃんの突きを、チドリさんは身体をひねるような動きで躱して、そのまま剣をふるう。
でも、これで身体のバランスが崩れた。
アヤメお姉ちゃんはさらに連続して突きを放ち、その長剣がチドリさんの剣を巻き上げる。
そのまま一歩踏み込んだと思ったら、チドリさんの剣が宙を舞い、同時にお姉ちゃんの長剣がチドリさんの首筋にピタリと当てられていた。
「わわっ、危ないです!」
跳ね飛ばされた剣が、くるくると回転しながらわたしたちの方まで飛んできた。
たぶん当たらないと思うけど、念のため席を立って腰に下げた剣を抜く。
わたしは剣が落ちてくるタイミングに合わせて、右手に持った剣を振った。
甲高い金属がこすれる音を立てて、剣が弾かれてそのまま地面に突き刺さる。
それとほぼ同じタイミングで、チドリさんが降参の合図を出して試合も終了した。




