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犬の襲撃事件とひみつの推理など

 わたしたちはとりあえず広場を離れることにした。

 あの魔物が仲間を連れて現れるかもしれないからだ。

 チドリさんについていって路地を進むと、大きめのお屋敷にたどり着いた。

 ここがチドリさんが修業している場所だって話だった。


「とりあえず、適当に休んでいてくれ」


 そう言って、チドリさんはわたしたちを大部屋に残して出て行った。

 領主の持ち物らしく、なかなか立派な部屋だ。

 わたしとコナユキは中央にあるソファに並んで腰をかけた。


「ねえカナエちゃん、あの魔物って何だったんだろうね」


 周囲に誰もいないことを確認してから、コナユキが小声で話しかけてくる。


「うーん、あの様子だと誘い込まれたって感じだったよね」

「わたしたちを探してたのかな」

「さもなければ、魔物の存在に気づけるような魔力が強い人間を、かな」

「精霊だから襲われたとかはないかな?」

「どうだろうね。精霊を探してるんだったら森に行くだろうし。でも、まだ何とも言えないよ。コナユキが狙われた可能性も当然残ってるし」


 わたしがそう言うと、コナユキはちょっとおびえた顔をしてわたしの服をギュッと掴んだ。


「でも、なんでわたしを狙うの? 同じ魔物でもカザリさんはわたしを助けてくれたのに」

「消えた宝玉と関係あるのかも」

「うちの集落のオーブと?」

「コナユキがオーブを持ってると思って襲いかかってきたとか」

「え、なんでそうなるの? 魔物がオーブを盗んだとかじゃなくて?」

「あくまで、予想のひとつだよ」

「カザリさんはわたしがオーブを持ってないの知ってるし、それはないんじゃないかな……」


 そうでもない。

 わたしの頭の中にはちょっとした推理があった。

 思うに、神様のメダルを使うことで、宝玉は元の場所に戻っているはずだ。

 もしかしたら、魔物が盗み出した宝玉を、誰かがさらに盗んで元の場所に戻したのかもしれない。

 そのオーブの行方を追って、魔物がコナユキのところにやってきた、という可能性があるのではないか。

 でも、神様のメダルについてはコナユキには何も知らせていないから、この推理を教えることは出来ない。

 そもそも、宝玉を魔物が盗んだという話自体が、今この場で考えた予想でしかなかった。


「またせたね」


 チドリさんが従者を伴って部屋に戻ってきた。

 前に街道で待ち伏せされたときに、チドリさんと一緒にい人だった。

 その従者の人は持ってきたティーセットで手早く紅茶を淹れてくれた。


「じゃあ、あらためて話を聞かせてほしい」


 わたしたちの正面に椅子を引っ張ってきて、チドリさんが腰を下ろした。


「それが、わたしたちにもなんで襲われたのかはわからないんです」


 実際わからないんだから、そう答えるしかない。

 でも、魔物を見つけたってことを正直に言うわけにもいかなかった。


「ふたりで通りを歩いてて、屋台で買い物をしようと思ったら、コナユキの財布を犬が咥えていっちゃったんです。それで、あわてて追いかけたら路地に入っていって……」

「そこで魔物に襲われたって事?」


 わたしとコナユキは視線を合わせてから、ふたりでこっくりと頷く。


「でも、襲われるような理由は思いつかないんですけど」

「無差別に人を襲っている、という可能性はある」


 そう言って、チドリさんはちょっと考えるように目を伏せた。


「しかし、前に街道でも襲われたばかりだ。何か狙われる理由があるのかもしれない」

「でもその時に襲われたのはわたしたちじゃないですから」

「マゴット家の人間が襲われている、と考えることも出来る」


 そう言って、チドリさんはわたしたちを心配そうな顔で見詰めた。


「しばらく外出は控えた方がいいんじゃないか? そうでなければ大人数か、せめてアヤメを連れて行くべきだ」

「そうですね……。今後はわたし達だけでは外出しないようにします」

「このことは父にも報告しておく。兵士の巡回を増やしてくれるだろう」

「あの……」


 わたしはこの機会に気になっていることを訊くことにした。


「うちの姉と、また試合をするつもりなんですか?」

「そうだ」


 チドリさんはそう言って表情を引き締めた。


「本来ならアヤメが父に挨拶し、次期領主という扱いになる前に決着をつけたかったが、こうなっては仕方がない。正式に試合を申し込むことにする」

「えっと、それって何が前と違うんでしょうか」

「立場が違う。以前ならば一介の騎士同士の試合ですんだが、これからは次期領主との試合になる。当然わたしが勝つつもりだからな。そうなれば、マゴット家の体面にも関わるだろう」


 ということは、つまりチドリさんはこちらのことを考えて、街道で勝負を挑んで来たってことだ。

 勝手な人なのかと思ってたけど、それなりに相手の事を思いやれる人なのかもしれない。

 まあ、そもそも勝負をしなければいいんだけど。


「えっと、でも、うちの姉は強いですよ」

「ははっ、言ってくれるな」


 わたしの失礼な発言を聞いて、チドリさんは楽しそうに笑った。

 結構度量の大きい人だ。

 助けてくれた恩もあるし、ちょっと手助けをしてあげたくなった。


「姉は体力切れを狙って来ると思います」

「いきなりなんだ?」

「前回もあえて攻め込まずに距離を取っていたじゃないですか。わたしは立会人でしたから間近で見ていましたけど、あれは試合を長引かせようとする動きでした」

「なるほど、アヤメが立会人を任せるだけあって、小さいくせに剣術のことが良くわかっている」


 チドリさんがちょっと感心したような顔で腕を組んだ。


「姉は自信があるんだと思います」

「自信、だと?」

「チドリさんの剣が当たらない、という自信です。攻撃はすべて避けることが出来ると思っています」

「確かに、アヤメの動きは素速いし、見極めも正確だ」

「でも、警戒してもいます。だから、むやみに攻撃しないんです」


 チドリさんは楽しげな表情で口元を上げる。


「お前はアヤメが何を警戒してるって思うんだ?」

「防御の技と一撃の力です」


 わたしの言葉を聞いて、チドリさんが押し黙った。


「あの時、盾とぶつかって、姉の剣は弾き飛ばされました。普通なら姉が剣を取り落とすなんてそうそうないことです。つまり、それだけの強い力だった。その力を警戒して、本気で踏み込めないんだと思います」


 たぶん、アヤメお姉ちゃんには本気で攻撃すれば勝てる自信もあるんだとは思う。

 でもそれを行うと、圧倒的な勝利をもたらしてしまう。

 はっきりと実力差を見せつけるような決着を、お姉ちゃんは望まなかったんじゃないだろうか。

 とはいえ、手を抜きながら勝利することもできない程には、チドリさんも強かった。

 たぶんそういう事なんだと思う。


「予想外のことをするべきだと思います」

「なんだって?」

「予想外のこと、です。手の内がわかっているから、体力切れを狙えるんです。さっきも言ったように、自信があるんです。たぶん、その自信は正しいと思います」

「このままだと、わたしが負けると?」

「失礼を承知で言わせていただければ、その通りです。でも、その戦術から外れてしまえば、結果はわかりません。だから体力切れを狙えないようにするべきだと思います」

「そのために、予想外のことをしろと?」

「手の内が読めなくなれば、安全路線を捨てて、勝負してくるかと」


 チドリさんは、ちょっと片眼をしかめるような妙な表情でわたしを見ていた。


「どうして、そんな話をする」

「助けていただいたお礼です」

「ははっ」


 わたしの答えを聞いて、チドリさんは楽しそうに笑った。


「アヤメもかなりの変人だと思っていたが、お前もそうとうだな!」

「変人、ですか?」

「その歳でこれだけ剣術についてわかっていれば、充分に変だろう。さすがアヤメの妹だな!」


 まあ、身体は十歳だけど、中身はアラサーですからね。

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