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うちの妹がひたすらに肉球をぷにぷにする

「うう、お出かけ楽しみにしていたのに残念です」


 リンドウがイナリの小さな肉球をぷにぷにしながら言う。


「ごめんね、わたしたちがトラブルに巻き込まれたせいで」

「いえ、カナエ姉様は悪くないです。駄目なのは襲ってきた魔物の方です」


 わたしの言葉をリンドウは否定してくれたけど、声に力がなかった。

 力なく視線を下げたまま、膝の上に載せているイナリの肉球をぷにぷにし続ける。

 リンドウに捕まっているイナリはおなかを上にして、もうなすがままって感じだった。


 チドリさんの別荘から、わたしとコナユキが領主様の館に戻ると、もう魔物に襲われた話は伝わっていた。

 さすが領主の娘。

 チドリさんの手回しの良さに感心する。

 アヤメお姉ちゃんは館の入り口まで飛び出してきて、わたしたち二人をまとめて抱きしめると、あらためて無事を確認してから、今後しばらく外出禁止との沙汰を言い渡したのだった。

 当然、その外出禁止にはリンドウも含まれていて、アオムラサキとお出かけする予定はあえなく中止となった。

 リンドウは年の割には大人びてるし、わがままを言わない子だったけど、さすがにこれは堪えたらしく、ものすごくがっかりした様子だ。

 あの時、わたしたちが犬の魔物を追いかけなければこんなことにはならなかったわけで、自分が大変な目に遭ったのは仕方ないと思ってたけど、リンドウの楽しみを奪ってしまったのにはほんとうに責任を感じていた。

 表向きは犬に財布を奪われて、追いかけた先で襲われたってことにしてあるから、誰かから責められたりとかはしてないけど、それがさらに申し訳なさに拍車をかけている。

 そんなわけで、気落ちしたリンドウを慰めるべく、イナリの助けを借りながらご機嫌を取っているところだった。


「チドリさんが街の屋台とかで売ってる食べ物とかを差し入れてくれるっていってたから、届いたらみんなで食べよう? ね?」

「そうですね……。カナエ姉様達も助けてくださって、チドリさんには感謝です!」

「クルッ」


 ちょっと元気になったリンドウが、イナリの両前足の肉球を、左右交互にリズミカルにぷにぷにする。

 細い指で小さな肉球を押す度に、もふもふした指が押し出されて、そこから小さな爪がクイッと顔を出す。


「そうだよ、リンドウちゃん。屋台の串焼き、凄くおいしかったし、期待して良いからね!」

「うう、コナユキちゃんは街で食べたんですね。うらやましいです……」


 コナユキの微妙なアシストは見事に失敗してしまった。

 ちょっとリンドウの背中が丸くなる。

 できればコナユキには責任を取ってもらって、本来の子狐形態に戻ってリンドウをもてなして欲しいところだ。

 あの小さな白いふわふわ毛並みを、思う様もふもふさせてやってくれ。

 たぶんコナユキなら肉球だってもっと大きいはず。

 まあ、実際の所は、さすがに無理なんだけどね。

 リンドウに対して、あの白い子狐はイナリの友達だって言ってあるけど、さすがにこんな場所にいるのは不自然だし。

 仕方ないので、わたしはイナリに視線でサインを送る。


「クルッ」


 イナリは元気にひと声鳴いてリンドウの手から抜け出すと、肩の上まで登ってから、スルリと首の周りにマフラーみたいに巻き付いた。


「わっ、すごく暖かいです。ふふっ、いつもの姉様みたい」


 そういって、イナリの毛皮に顔を埋める。

 リンドウの顔に微笑みが戻ってきたところで、アヤメお姉ちゃんが部屋に入ってきた。


「ちょっといいかな? みんな、話を聞いて欲しいんだけど」

「なんでしょうか、お姉様」

「今後の予定のことなんだ」


 そう言ってお姉ちゃんはわたしたちの顔を見回した。


「あと一週間は滞在する予定だったけど、三日後に出発することにした」

「へえ、滞在が延びるのかと思ったんだけど、逆なんだ」

「このまま様子を見てても、状況は変わらないと思うからね」


 考えてみれば、この旅行は騎士の試練でもあるわけだから、護衛を増やしてもらうとか、そういった対策を取るわけにもいかない。

 むしろ早めに動いた方が良いという考えなんだろう。


「でも、なんで三日後なの?」


 わたしがそう訊くと、お姉ちゃんはちょっと困ったように眉根を寄せながら口元で笑った。


「明日、試合をすることになった。チドリから正式な申し込みがあったからね。明後日を休養日にして、その翌日に出発だから」

「姉様はその申し込みを受けられたんですか?」


 ちょっと驚いた顔でリンドウが尋ねた。


「サルトゥス様にご挨拶して、正式にわたしがマゴット家の次期領主っていう扱いになってるからね。正式な試合の申し出を断ると、家の体面にもかかわる」

「でも、明日なんて急すぎます」

「大丈夫だよ。リンドウもこの間の試合を見てたでしょ?」

「それはまあ……」


 たぶんお姉ちゃんは元気のないリンドウの姿を見て、あえて余裕を見せるように振る舞ってるんだと思う。

 普段だったらもうちょっとのんびりしてるはずだものね。


「えっと、お姉ちゃん?」

「なんだい、カナエ」


 さっきはチドリさんに助言をしたけど、やはり基本はお姉ちゃんの味方だ。

 気をつけてって言いたいけど、チドリさんから受けた恩を考えるとそれも難しい。

 だから、どうしても曖昧な言葉になってしまう。


「その……負けないでね」

「ははっ、かわいい妹の頼みだからね。全力で勝ちに行くよ」


 そういってアヤメお姉ちゃんは爽やかに笑った。

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