黒騎士からのいきなりな挑戦
わたしは鎧戸の隙間からこちらに歩み寄る騎士を目で追う。
黒い騎士のマントの下に、黒光りした鎧が見え隠れしている。
アヤメお姉ちゃんが身につけている金属板と皮を組み合わせたものよりも重厚な、金属製のいかにも騎士って感じの鎧だ。
その黒騎士が近寄ってきたところで、お姉ちゃんが馬を下りた。
「チドリじゃないか!」
お姉ちゃんが両手を広げて明るい声で言う。
どうやら知り合いみたいだったので、馬車の中にいるわたしたちの緊張も解けた。
よく見れば、黒騎士のマントに描かれた紋章は、今日泊めてもらう領主の家の物だ。
「アヤメ・マゴット!」
いつも通りの飄々としたフレンドリーさを見せて歩み寄るお姉ちゃんに向かって、黒騎士は堅くて良く通る声で名前を呼ぶ。
声の高さからして、この黒騎士の人も女性のようだった。
「いやあ、ひさしぶりだね。元気だったかい?」
「わたしはそんな挨拶をしに来たんじゃない! 」
アヤメお姉ちゃんは両手を広げたポーズのまま歩みを止める。
「あれ、出迎えに来てくれたんじゃないんだ」
「そんなわけないでしょうが!」
「え、なんで。わたしたち、同じ師の元で学んだ仲間じゃない」
「わたしは仲間になった覚えなんてない!」
「えー」
黒騎士は無理矢理ハグしようとしてきたお姉ちゃんの腕をすり抜けて距離を取った。
どうやらお姉ちゃんが騎士の修業をしていた時の同期らしい。
ただ、どうにも妙な雲行きだ。
わたしは鎧戸を上げて、窓から顔を出した。
「アヤメ姉様、その方はどなたですか?」
ちょっとよそ行きの声を出しておく。
相手はこの領の騎士みたいだし、きっちりした言葉遣いをしないとまずいだろう。
「カナエ、こちらはわたしの同門の騎士でチドリ・サルトゥス。ここの領主様の娘さんなんだよ」
あ、これはちゃんと挨拶しないとまずい流れだ。
手早く服を整えると、イナリがいつも通りマフラーみたいに首に巻き付いてくる。
あわてて馬車から降りたわたしとリンドウは、腕をくんで仁王立ちしている黒騎士の前まで進み出た。
その鎧のせいか、近くで見ると思ったよりも身体が大きく見える。
チドリという騎士はわたしたち二人を交互に見て、軽くため息を吐いてから、黒い金属製の兜を取った。
兜の中から三つ編みにまとめられていた金色の髪がこぼれ落ちる。
不満そうにむっつりとした表情だけど、いかにも貴族のご令嬢って感じの気の強そうな美人だった。
わたしとリンドウはそろって淑女の礼を取って挨拶をする。
「マゴット家の次女カナエと三女リンドウと申します」
「サルトゥス家長女チドリだ。でも、しちめんどくさい礼儀はいらない。そういうのは屋敷に着いてから父上相手にやって」
「はあ」
やっぱりちょっと機嫌が悪そうだ。
もしかして、お姉ちゃんと仲が悪いんだろうか。
わたしがアヤメお姉ちゃんの顔をうかがうと、こちらを安心させるように眼をにっこりと細めた。
「で、チドリは何しに来たのかな?」
「何言ってんの。今日こそ決着をつけにきたに決まってるでしょ!」
決着ときた。
つまり、やっぱり面倒ごとだ。
「うーん、でも、勝ったとか負けたとか、どうでもよくない?」
「いいわけあるかっ! そもそもお前のそういう態度がおかしいんだ!」
「えー」
「あの、チドリ様? ちょっとよろしいでしょうか」
どうにも話がまとまりそうもなかったので、強引に割って入ることにした。
チドリさんって名前の黒騎士が、ちょっと意表をつかれたような顔でわたしの方を見る。
たぶんお姉ちゃんと同じくらいの年齢だろうけど、身体自体が大柄なので、十歳にしてはちょっと背が低いわたしはものすごく上の方から見下ろされてるような感じになっている。
「なんだ?」
「先程、決着をつけるというお話を聞いたのですけど、どんな方法で決着をつけるんでしょうか?」
わたしの質問に、チドリさんは何を当たり前のことをって感じで眉間に皺を寄せた。
「当然、剣術の試合でだ!」
なるほど。
まあ、とりあえずこれで面倒くさい感情のもつれとかが進行する前に話しがまとめられそうだ。
「それでは、サルトゥス様のお屋敷でアヤメ姉様との試合を行うということでいかがでしょうか」
わたしがそう言うと、チドリさんはフイッと目線を外した。
「いや、試合はここで行う! そのためにここまで足を運んだんだからな!」
なるほど、つまりこの事態を領主様は知らないってことかな。
お姉ちゃんとの試合はこの領との因縁みたいな話しではなくて、あくまでチドリさんの個人的な問題なんだろう。
むしろ、領同士の友好関係を考えると、チドリさんのお父上である領主様は試合を許さない可能性すらある。
「あの、チドリ様。それは……」
「なんだよ、文句でもあんの?」
「キュッ」
語気の荒いチドリさんに、イナリがちょっと不満そうに鳴いた。
いきなり割って入られて驚いたのか、軽く目を見開いてイナリの方を見ている。
「それ、細長栗鼠か? 毛皮のマフラーか何かかと……」
「クルッ」
興味がわいたのか、高い背を曲げてチドリさんがこちらを覗き込んできた。
「あの、試合をするのでしたら、ちゃんと準備をしてから……」
「いや、いいよ。わかった。ここでやろうよ」
わたしの言葉を遮って、アヤメお姉ちゃんが軽い調子で試合を受けてしまった。
これ、大丈夫なんだろうか。
外交問題とかになったりしない?
「じゃあ、アヤメ。立会人はそっちからだして構わないぞ!」
立会人っていうのは、つまり審判みたいなものだ。
場所と時間をチドリさん側が決めたから、審判はこちらで決めていいってことらしい。
だったらアカヤナギかな。
元々父様の従者で、経験も豊富そうだし。
「じゃあ、立会人はカナエにやってもらおうかな」
「えっ! わたし?」
「カナエだったら大丈夫。まあ、これも経験だからね」
いや、でもこれ、一歩間違えると領同士の問題になっちゃうし、いきなり責任重大なのでは。




