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怪しいメダルのつかいかた

「やめておくべきであろう、というのが我の考えだ。勿論そなたが普通の人の子よりも賢いのは知っている」


 そう言って、猫の王様はとても真剣な眼でわたしを見た。


「しかし、かつてのメダルの持ち主達もまた、決して愚かではなかったのだ。それでも、世は大きく乱れた。ほんの少ししか使わぬつもりでも、大きな結果を得てしまうとそれを忘れることが出来なくなるのであろう。そのメダルの力は不思議と人を惹きつけるのだ」


 なるほど、確かに今までの結果を考えれば慎重になるのもわかる。

 でも、慎重になることと使わないで仕舞っておくことは違うはずだ。


「わたしがメダルを使いたいと考えている目的は、簡単に言うとテストなんです」

「テスト、とは?」

「このメダルがどのように機能するのか、その働きにはどのような条件があり、どのようなリスクがあるのか。そういうことを調べたいんです」

「ふぅむ」


 猫の王様はちょっと考えるように斜め上を見ると、前足を身体の前に揃えて、あらためて姿勢を正した。


「我はそなたに稽古をつけているし、魔力や精霊についての知識も与えている。もちろんそれはメダルを持つ者が愚かな行動に出ないようにするためだが、同時にそなたの願いだからでもある」


 王様の声はとても真摯なものに聞こえた。

 そこには、彼女の、もしくは精霊という存在達が持つ、ある種の考えの形というか、価値観というか、倫理観のようなものを感じた。

 もしかしたら、それは矜持と呼ばれるようなものなのかもしれない。

 損得勘定ではない、自分たちの信じる大切な決まりを守る、そういう決意のようなものだ。


「我はそなたに人間の子供とは思えぬような、透徹した知性を感じている。ここ数ヶ月のやりとりを通して、それを実感してきた。今となっては、我はそなたを守るべき対象とは思ってはおらぬ。これはそなたを疎外しているということではない。ひとつの存在として尊重している、ということだ」


 それはすごくうれしい言葉だった。

 森の王はわたしを人間だからとか、子供だからとか、そういったことで色眼鏡で見たりしていない。

 わたしは前世の記憶を思い出して、十歳の子供でもありながら大人としての記憶もある、そんな状態に変わってしまった。

 そんな考えようによっては不自然な状態のわたしを、ただそのままに受け入れてくれている、それがとてもうれしかった。


「であるからには、我はそなたに何かを強いようとは思ってはおらぬ。己の欲望のために、そなたをどうにかしようというのでは、魔物と変わらぬ」


 猫の王は、その大きな頭を少し下げて、わたしの顔に鼻の頭を近づけた。

 しっとりと濡れててらりと光る鼻が匂いを嗅ぐように動いている。

 その姿はわたしを心配をしてくれているように見えた。

 仲間に入りたくなったのか、肩の上のイナリがぬうっと上半身を伸ばして、猫の王の鼻に自分の鼻を近づけてフンフンしている。


「しかし、我はそなたが何をするつもりなのかを知りたいと思う。これは強制ではない。よかったら、具体的にどのような願いをかけるつもりなのか、それを教えてくれないだろうか」 


 わたしは、王様の大きな猫の眼を見詰めて、しっかりと頷いた。


「コナユキの捜し物である宝玉を取り戻す、という願いをかけようと思います」


 猫の王様は何かを考えるようにちょっとだけ押し黙った。


「いろいろと訊きたいことはあるが、まずそなたに課した課題は魔力を使ってコナユキの依頼を達成することだぞ。メダルを使ったのでは課題を達成したことにならないだろう」

「その辺については、なるべく課題達成の途中で魔力を使うようにしてみます」

「ふむ、メダルの件に比べれば、課題については小さなことではある」


 とはいえ、できれば課題はクリアしたいから、コナユキを送り届ける課程とかで魔力を使って、それで達成ってことにしてもらいたいところだ。

 でも、それだと本筋と関係ないから難しいかな。


「まあ確かに、宝玉を取り戻すという願いをかけてメダルを使い、裏が出た場合でも、それほど大きな問題にはならないようにも思えるな。例えば、宝玉が百年後に戻ってきたとしても、コナユキは悲しむだろうが、集落の中で問題になることはないはずだ」

「そうですね。なるべく裏が出たときのリスクが少ない願いでテストしようという考えです」


 とはいえ、せっかくテストできるのだから、ただそれだけではもったいない。


「ですが、今回はもう少し細かく条件をつけようと考えています」

「条件、とは?」

「宝玉が三日以内に戻ってくる、みたいな条件です」


 話を聞いて、王様は鼻の頭にちょっと皺を寄せた。


「しかし、それでは裏側が出た時の厄災が想像しづらいのではないか」

「テストしたいのは、そこです」


 わたしは人差し指をビシッと立てて、ついでに猫の王様の鼻の頭を触ろうと思ったけど、王様が素早く背筋を伸ばしたせいで手が届かなかった。

 イナリも鼻フンフンをやめて、前足を揃えておすましポーズをとる。


「今回のテストでは、条件をなるべく細かく決めたらどうなるのか、を調べたいんです。たとえば、宝玉を三日以内にコナユキの集落の元々保管してあった場所に戻して欲しい。ただし、それ以外には何もしないで欲しい。また、戻すことによって誰かが不利益を被らないようにして欲しい、みたいな感じです」

「ふうむ、そのような長い願いが叶えられるものだろうか?」

「そういう所も調べるんです。あとポイントになるのは、宝玉を戻す以外は何もしないで欲しい、って所と、不利益を被らないようにして欲しいって所です」

「裏が出た場合に、凶事を避けるための条文だな」

「そうです。これがそのまま叶えられるんだったら、今後も同じような形で、失敗を恐れずにメダルを使うことが出来るって事になります」


 王様はライオンみたいに大きな頭を傾げる。


「しかし、メダルの表が出たらどうする」

「それならそれで良いじゃないですか。まあ、またテストしやすそうな機会を待ちますよ」

「では、裏が出て、そなたの願いが上手く叶い、凶事を避けられた場合はどうするのだ」


 それは一応考えていた。

 せっかくイナリが持ってきてくれたメダルだ。

 大それた野望とかはないけど、大事にならないレベルで上手く使っていきたい。


「メダルの力のあり方を変えたいかなって。なんていうか、このギャンブルみたいなシステムを書き換えて、もっと使いやすいシステムにしたいんです」

「書き換える、だと?」

「そうです。たとえば、今後裏が出ても、表が出たときと同じかたちで願いを叶えてもらう、とか。まあ、流石にこれは難しいかもしれませんけど」


 わたしの話を聞いて、猫の王様は呆れたように深いため息を吐いた。


「メダルにそのような奇妙な願いをかけるなど、長い歴史の中でも全く聞いたことがない。そなたはよっぽどの変わり者だな。とはいえ、可能であるのならば意義は大きかろう」

「なので、テストするために部屋を貸して欲しいんです。メダルを小袋から出すんだったら、この御所の中でやるのが安全なんですよね」


 森の王は暫く何かを考えてたけど、納得したのか軽く頷いた。


「よかろう。部屋は使ってかまわないが、できればどのような結果になったかは教えて欲しい」

「ありがとうございます。もちろん、結果は報告します」

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