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魔物たちとその王

「えっと、さっき調査に来たって言ってましたけど、あの人、魔物ですよね」


 わたしが猫の王に質問すると、王様は素っ気ない顔で頷いた。


「そうだな。見たとおりだ」

「見た目は人間の騎士みたいでしたけど、あんな魔物がいるんですか?」


 そうわたしが言うと、いかにも呆れたといった風にため息をつかれてしまった。


「そなたは子供とは思えぬ知性を見せるくせに、ごく当たり前の知識を持たなかったり、どうにもちぐはぐだな」

「仕方ないでしょう。まだまだ勉強中なんです」

「まあよい。魔物も精霊も、はじめから人の姿をした者はそもそも存在しない。それが人間という種族の特異な部分だといえよう」

「もしかして、変化、ですか?」

「そのとおり。強い魔力を持つ魔物は人に変化することができる。精霊もまた然り」


 なるほど。

 森の王やコナユキが人間の姿をとれるのは、魔力を使ってるからなんだ。

 同じように魔力を使えば、魔物も人間の姿をとれるのは、道理といえば道理だ。


「わからないことがあるんですけど。どうしてあの魔物は人間の姿をとってるんですか? っていうか、どうして今日の王様とかコナユキは人間の姿だったんです?」

「単純なことだ。まず、人間は数が多い。旅をするのならば人間の目を逃れるのは難しいだろう。だから旅をするときには人の姿をとるのだ」

「ああ、なるほど。人間に変化していればあやしまれないし、宿に泊まったり買い物したりできますもんね」

「我に関して言えば、あの魔物には正体を見せぬ方が良いと判断したのだ。真の姿を晒すことが弱みを見せることにつながる可能性がある。あの魔物の方も同じように考えたのだろう。よくあることだ」

「なるほど。情報のコントロールですね」


 コナユキがわたしに実体を見せていなかったのもそういうことなんだろうか。

 何か耳と尻尾を見られて恥ずかしがっていたみたいだったから、それともちょっと違う気もするけど。


「コナユキも正体を隠そうとしていたようだが、旅の途中で魔物には知られてしまったようだったな」

「正体を知られても人の姿で旅をしてたんですかね」

「魔物の里や精霊の里だけを通って旅するのは難しい。どうしても人里を通ることになるからな」

「精霊だけじゃなくて魔物にも里なんてあるんですね。っていうか、魔物と精霊って仲が良いんですか?」


 今日みたいに精霊の住処に魔物が訪れることがあるんだから、もしかしたらと思ったんだけど、わたしの言葉を聞いた森の王は眉をひそめてすごく嫌そうな顔をした。


「仲が良いわけがなかろう。魔物は森を荒らす。見つければ討伐する対象だ。ただ、手形を持った魔物に関しては、約定によって手助けをすることになっているのだ」

「約定?」

「その昔、魔物達の王と精霊の王達との間で交わされた約定だ」

「やっぱり魔物にも王様がいるんですね」


 調査に来たっていうからには、それを派遣した存在がいるはずだった。

 強い魔力を持つ魔物を派遣する、より上位の存在。

 なんとなく、そういう上司みたいな奴がいるんじゃないかとは思っていた。


「もう千年も前の話だ。ある若い魔物の王が一気に勢力を拡大した時期があった」

「あ、魔物の王様っていっぱいいるんですね」

「そうだ。精霊の王のようなものだな」


 つまり、各地に魔物達が集まるような地域があって、その中で強い魔力を持つ者が王様になってるってことなんだろう。

 たしかに、コナユキの話に聞いた集落の長と似ている。


「その若い魔王は強大な魔力と統率力で魔物の軍隊を作り上げ、人間の国に侵攻し、各地域を支配していった。そして、ほぼすべての国をその影響下に収めたのだ」

「えっと、攻め滅ぼした、とかじゃないんですか?」

「それがあやつの変わったところだな。本能のまま暴虐の限りを尽くすのではなく、支配権の確立を望んだのだ。場合によっては、和平を結ぶことすらあった」


 考えてみれば、支配を狙うならすべてを滅ぼすのは非効率的だ。

 生産や流通を破壊したら、国の価値自体が破壊されてしまう。

 システムはそのまま生かし、頭だけを乗っ取るのが得策だ。


「その後、若き魔王は精霊たちの棲む森を狙い始めた。当然、われらはそれに抗い、戦いは熾烈を極めた」

「精霊の里は人間の国よりも数が少ないですよね。戦力的には結構差があるんじゃ……」

「数は確かに少ないが、持っている魔力の量は段違いだからな。地の利もあり、戦いは長引き、膠着状態になったところで、魔王と精霊の王達との間で会談が持たれた」

「和平ですか?」

「精霊の王達にある条件を飲ませ、魔王が兵を引いた、という形だな」

「条件。それが約定ってやつですね」


 猫の王様は自分の席から飛び降りると、早足でちょっと苛立たしげにわたしが座っているソファの周りを回り始めた。


「人間の国でいえば外交官特権のようなものだ。手形を持つ魔物は、里の中に迎え入れ、行動の自由を約束しなくてはならん。その者が騒動を起こしたとしても、こちらで勝手に処分することは許されぬ」

「魔物の王はどうしてそんな条件を出したんですか? 普通だったら賠償金とか、領土の割譲とかでしょう?」

「人間の国であればそれが一般的かもしれんな。しかし、よくそんなことを知っているな。まあそなたがおかしいのはいまさらか」


 確かにわたしみたいな子供がこんなことを知ってるのはおかしいかもしれない。

 だから、森の王の前ではこういうことを言うけど、家の中ではなるべくカナエが知ってることしか言わないようにしてる。

 自分の記憶の中には、カナエとして生きてきた記憶が確かにあるし、感情が子供の身体に引っ張られることもある。

 子供っぽい言動をするのも平気で、特に恥ずかしいとかはない。

 アラサーだったわたしも、十歳の子供であるわたしも、どちらも矛盾なく同居している。

 大人の考えも持ってるけど、子供としてお姉ちゃんに甘えたりもできる。


「若き魔王は人間の国からも手を引き、その際にも同じような約定を受け入れさせたらしい。ただし、約定の存在自体は秘匿され、表向きは和平を結ぶという形をとったようだな」

「どうして約定の存在を隠したんですか?」

「さあ、それはわからぬが、とにかくこれによって、世界中にこの魔王の手が届くようになった。もとより単純な支配自体は望んでいなかったのかもしれぬ」

「じゃあ、何が狙いだったんでしょう」


 わたしの問いを聞いて、猫の王様は早足のキャットウォークをピタッと止めた。


「そなたは若き魔王の目的は何だったと思う?」


 逆に質問されてしまった。

 魔物はなぜ戦争を起こしたのか。

 しかも、戦いに勝利したのに、どうしてあっさりと引いてしまったんだろう。

 継続的な支配は放棄して、約定を結ばせた。

 世界全体にまで手を伸ばしておきながら、支配は捨ててしまった。

 権勢欲でもなく、富を欲したわけでもないということだ。


「情報、でしょうか」


 わたしの答えを聞いて、猫の王様はちょっと楽しそうに鼻を鳴らした。


「なるほど、そう考えるのか。人間らしい答えといえよう」

「じゃあ、精霊である森の王様はどう考えるんですか?」

「呪縛だ」


 王様は猫の尻尾をピンと立てて言った。


「世界に対する呪詛だ。己の怨念をまき散らしているのだ」

「よくわかりません」

「まあ、そうだであろう。人と精霊とでは見ているものが違うのだから」


 もしかしたら、動物がやるマーキングみたいなものなのかな。

 そんなこと言ったら猫の王様は怒るかもしれないけど。

 まあ、とりあえず、あの女騎士姿の魔物のことなんとなくはわかった。

 他にも聞きたいことがあるから、話題を変えることにしよう。

 ついでに、ひとつ王様にお願いしたいこともあるし。

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