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ある村の少女と森にひそむ魔物

 その昔、ある田舎の農村に女の子が住んでいました。

 他に兄弟はなく、父親と母親はその一人娘をとてもかわいがっておりました。

 村の他の家々はたいてい大家族で、兄弟がひとりもいないのはその女の子だけでした。

 同じ村の子供たちとは仲も良く、いつも楽しく遊んでいましたし、家に帰れば父親と母親がおりましたので、べつにさみしさは感じていませんでした。

 それでもふと、兄や姉、妹や弟がいたらどんなに楽しいだろうと思うことはありました。

 ある時、女の子は友達と森で遊ぶうちにひとりはぐれ、道に迷ってしまいました。

 森をさまよう内に、日はどんどん傾いてゆきます。

 気をつけてさえいればそれほど危険な森ではないのですが、夜になってしまえば安全とはいえません。

 焦りをおぼえ早足に進んでいると、どこからか恐ろしい遠吠えが聞こえてきました。

 狼のようにも聞こえましたが、暗く濁った恐ろしげな響きを感じました。

 声が山々に反響したのか、方向もよくわかりませんでした。

 慎重に進むうちに日はとっぷりと落ち、女の子は心細くてたまらなくなります。

 不安で足が止まりそうになったその時、突然背後の木々の向こうからガサガサと大きな音が聞こえてきました。

 あわてて近くの木によじ登ると同時に、暗がりから何かが飛び出してきました。

 息を殺したながら女の子がそちらを窺うと、そこには二頭の鹿が周囲を警戒するように首を伸ばして立っていました。

 大きさの違う二頭は、どうやら親子のようでした。

 狼とかではないことがわかって女の子はほっとしましたが、さらに大きな音を立てて何かが暗がりから現れました。

 それは一見、大きな熊のように見えました。

 毛むくじゃらの身体。

 大きな口。

 生臭い異臭。

 爛々と光る目。

 しかし、その右腕だけがなぜか人の腕で、そこには大きな斧が握られているのでした。

 決して動物などではないということが、おさない女の子にもすぐにわかりました。

 どうやらそれは魔物の類いであるようでした。

 木の上に隠れていた女の子は手の平で自分の口を押さえ、なんとか悲鳴を飲み込みました。

 魔物に気付かれたが最後、小さな子供なんかはあっという間に食べられてしまうでしょう。

 じっと動かずにやり過ごすしか手はありませんでした。

 さっきの鹿の親子はすぐに逃げ出すだろう。

 魔物は鹿を追ってどこかに行ってしまうに違いない。

 そう思って木の下を覗いていましたが、鹿の親子が動く気配はありません。

 奇妙に思ってよく見ると、どうやら大きな方の鹿はどこか怪我をしているらしく、身体から血を流しているのでした。

 もしかしたら、もう走ることが出来ないのかもしれません。

 親鹿は子鹿を鼻先で強く押すと、魔物の方を振り返りました。

 頭を低くして、立派な角を突き出すようにします。

 子鹿は少し離れたところで立ち尽くし、ただ親の姿を見詰めていました。


「だめだよ。いますぐ逃げなくちゃ」


 女の子は思わずつぶやきました。

 慌てて口を押さえましたが、魔物には聞こえなかったようでした。

 不気味な魔物は大きな身体を揺らすように、ゆっくりと親鹿に向かって近づいてきます。

 衝動的に女の子は木から滑り降りて、子鹿に向かって這うような姿勢で走り寄っていきました。


「早く! 一緒に逃げよう!」


 女の子は小さな鹿の身体を押します。

 驚いた子鹿は身を翻して木々の中に飛び込みました。

 あわてて女の子もそれに続きます。

 一瞬振り返ると、親鹿が角を突き立てて魔物を押しとどめているのが見えました。

 恐ろしい魔物にただの鹿がどれだけ抗えるのか、女の子にはわかりませんでしたが、それが勝ち目のない戦いなのだろうと言うことだけはわかりました。

 小さな鹿の姿を追って、女の子はただ走りました。

 木の枝や葉っぱで体中に切り傷を作りながら必死で逃げるうちに、気がつけば森を抜けていました。

 目を凝らすと遠くに農家の明かりが見えます。

 途端に足の力が抜けて腰から地面に倒れ込むと、先程の子鹿が女の子の顔を覗き込んできました。


「よかった。あんたもちゃんと逃げられたんだね」


 そうぽつりとつぶやくと、子鹿はムイッとひとこえ鳴いたのでした。

これでちょうど百話目になります。なにか番外篇的な話にしようかとも考えたのですが、あそこで流れが切れてしまうのもどうかと思ったので普通に前話からのつづきにしてみました。今後もひきつづきよろしくです。

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