リスクとリターン
「願いをメダルに込めて投げ、結果メダルの裏が上になった場合も、実は願いは叶う」
森の王は淡々とそう言った。
だけど、その言葉の端々から忌々しげな空気を感じる。
わたしは表が出ると願いが叶って、裏が出ると叶わないのかと思っていたので、ちょっと意外に感じた。
「えっと、だったらどっちが上になっても一緒ってことなんでしょうか?」
「勿論そうではない。裏が出た場合、それは望まぬ形で叶うのだ」
「望まぬ形?」
なんというか、いやな予感しかしない話だ。
「例えば、先ほどの話のように部屋いっぱいの黄金を願い、メダルを投げて裏が出たならば、いずれ黄金は手に入る。ただし、それは死ぬ間際のことかもしれないし、引き換えに何か大切なものを失うのかも知れない。必ずしも悲劇を呼ぶともいえないが、あまり良い話は聞いたことがない」
「なんというか、リスク高すぎなんじゃないでしょうか。だったら誰も使わないでしょう?」
「実はそうでもないのだ」
「過去の持ち主は使ったんですか?」
「短き命の人の子には、背に腹は代えられぬ場面があるということだ」
「まあ確かにどうしても叶えたい願いが生まれることはあるのかもしれませんけど」
わたしはあらためて手の平のメダルを見る。
今、メダルは人の横顔の浮き彫りがある面を上にしている。
この反対側は何も彫られていなかったので、こちら側が表なのだろう。
「その強い力故に災禍はこの世界を巻き込んで広がっていく。そのほうが真に賢明であるのなら、使わずにしまっておくことだ」
「ちょっともったいない気もするけど、そうします」
いくらなんでもリスクが高すぎる。
全く使わないか、使っても数回、本当に望む願いを叶えるためだけに使うべきだろう。
そしてメダルを使う場合は、裏が出ること前提で使うべきだ。
「使わずしまっておく場合も、常に気を配っておく必要がある」
森の王は真剣な声で忠告を口にする。
「多くの者がそのメダルを求めている。倉に入れておく程度では、存在を完全に隠すことはできないだろう」
「それって昨日の夜に魔物が襲ってきたみたいに、何者かが襲ってくるってことですか?」
「魔物だけではない。占いをよくするものならば、存在に気づくかもしれぬし、この世界にはメダルを求める者共も存在している。やつらの眼は遠くを見通す。気をつけるが良かろう」
実にとんでもない話だった。
持っているだけで、災いを引き寄せる呪物ってことじゃないか。
でも、考えようによっては、知ることができてラッキーだったとも言える。
完全に無策だったらと思うとゾッとする。
何らかの対策が必要だ。
それが可能な人間は誰だろう。
自分の身の回りに、そんな人物がいるだろうか。
「ひとつ提案があるんですが」
わたしがそう言うと、森の王は意外そうな顔でこちらを見た。
「なんだ? メダルを引き取ってほしいというなら断るぞ。昨夜も言ったとおり、この森から持ち去るならば何も言わぬが、そうでないならば協力はしない」
「いえ、そうではなくて、わたしにこのメダルの扱い方を教えてほしいんです。使いたいってことじゃなくて、こういう強い魔力を持っている物を、どう扱ったらいいのか教えてほしいんです。わたしは自分の魔力の使い方もよく知らないので、魔力に関することとか、力の隠し方とかを教えてほしくて」
「それを教えるとして、こちらにとってどんなメリットがある?」
本当にメダルのことを嫌っているらしく、森の王は心底いやそうな口調で鼻の頭に皺を寄せた。
でも、そんなことでひるんではいけない。
この目の前の存在を除いて、魔力とか魔物に詳しい人はいないのだ。
イナリは別だけど、クルッとかキュッとかしか言えないからなあ。
「とりあえず、教えてもらえるなら、このメダルは持って帰りますし、変なことに使ったりもしません」
「変なこととは?」
「たとえば、森の平穏を祈るとか」
わたしの言葉に、森の王が目を剥いた。
完全に敵対する可能性もある危険な賭だけど、このままだと絶対に何も教えてもらえずに追い出されるだけだろう。
こちらが本気であることを知ってもらわなくてはいけない。
「このわたしを脅すというのか?」
「えっと、勿論こんなことしたくないんですけど、今の話を聞いて手ぶらでは帰れません。こちらも命が懸かってるので」
「ふむ、その状況認識の確かさだけは感心するが……」
森の王は心底呆れたといった表情をする。
こちらの事情を伝えることで、うまく怒りをガス抜きできたみたいだ。
「クルッ」
わたしの肩の上でイナリが強い調子で鳴く。
それを聞いて、王様猫は諦めたようなため息をついた。
「ふうむ。その方の言にも一理ある。よろしい、そちらからこの場に来るならば、多少の知識は授けよう」
「ありがとうございます!」
「ただし、そのメダルを今のように無防備に持ち込むことは許さぬ。後程、魔力を遮る力を持つ小袋を渡すので、この森に来る際は、メダルをその中に入れておくように」
「わかりました。重ね重ねありがとうございます」
森の王は疲れ切った感じで、ふらふらと自分の席に戻っていく。
九本の尻尾も力なく揺れている。
「では、話は以上だ。あとは任せた」
「承知いたしました」
森の王の投げやりな感じの言葉に、白い狒々が丁寧な礼を返す。
交渉は終わった。
なんとか手ぶらで帰ることだけは回避できたらしい。
わたしもマゴット家が使う礼をして、白い狒々と一緒に王の間を退出した。