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36

 紅に輝く鱗が太陽を拡散して、大地を輝かした。


「た、高いよっ!」


 コロネが僕にしがみついて、体を震わせていた。僕も魔女の箒で何度も飛んでいるので平気だった。翼竜で慣れているのかジニーも平然としていた。


「翼竜より、ずっとはやい!!」


「あんな低級と比べてもらっては困る」


 赤龍が気を良くして、速度を上げていた。空を飛んでいた鳥も、魔物も一様に驚いて、ぎゃあぎゃあ悲鳴を上げていた。


「久し振りに飛んだから、わき腹が痛い」


 赤龍が情けないことを言っていると、その時大地が震えた。空を飛んでいる僕たちには分からなかったが、木造の建物が崩壊して、樹木も何本か倒れた。


 巨大な地震が起きた。


 僕たちは言葉を交わさなくても、島が飛んだことを確信した。


 北へ進むに連れて、曇天が空を覆い始めた。



 遠くで人の集団が見えた。相手側もこちら側に気付いたようで、一斉に動きがあった。軍が相対しているのは、関所の西側だった。商業都市ノイルにはディエス・イレの影響は及ばないだろう。


「赤龍だ! 変事だ! 王へ! 王へ!」


 次々と兵士が喚きたてて、中には弓矢をひこうとする者がいた。


「ひけっ! 兵士たちよ!」ジニーは赤龍の手綱を持ちながら立ち上がった。「この地に、伝説の魔法である怒りのディエス・イレが発動されようとしている。一発で数万人の命を奪う究極の魔法だ。全員引くんだ!」


 赤龍は背にいるジニーの声が聞こえるように低速になり、軍の頭上をうろうろと飛び回った。いまだ島は現れていない、それならば出来る限り軍を引かせたほうが良いと考えたのだ。


「あれは! ヴァージニア様じゃあ!」


 ジニーが赤龍を操る――本当は操っていないが――姿は戦場に舞い降りた女神のようだった。美しく長かった銀髪を切り、左頬の傷は、まさしく戦場を司る女神だった。王に対して信心深いものは、ジニーが乗っている赤龍にひれ伏した。


 国王が王たることを承認する赤龍。


 その背に、死んだとされた姫が乗り、戦場を飛び回っていた。


 ジニーの顔に戸惑いの表情が表れた。まさか、こんなことになるとは思わなかった。殆どの人が言うことを聞かないと思っていたが、王族が赤龍の背に乗って現れるのはとんでもない衝撃的な出来事だったようだ。


 ジニーの言うことを聞いた人々はふれ伏したあとに次々と逃げ出して、止める兵士たちと揉め始めた。それは、爽快ともいえるような出来事だった。王の命令を無視して、赤龍に乗った少女の言うことを聞いているのだ。


 なかには――。


「女王様!」と言って、手を振る兵士もいた。



 ある程度飛び回り、国王の旗がある場所を探した。だが、国王の間近に迫ると弓矢が飛んで来て、僕と赤龍が力を合わせて弾いた。


「無礼者がぁ! 赤龍によって承認された王と忘れたのか」


 国王、ラインハルト、主要な権力者が集まった場で、赤龍は一喝した。


 ジニーは国王と対面した。


 その表情は悲しいものがあった。


「お父様。兵を下げてください」


「お前は……」国王の声は怒気で言葉にならなかった。


「いま、魔王がこの戦場に怒りのディエス・イレが発動されようとしています。数万人の命を奪う光の魔法です。全軍退却を命じてください」


「な、なにを!」


「お父様が欲しがった古代人の遺跡の力です。早く逃げてくだ……」


 何か大きな音がした。


 空を見上げると、曇天が戦場を覆っていた。だが、南の地平線はあきれるほどの晴天で、わざと雲を集中させたように覆われていた。


 それに見たことが無いくらいに、雲は低かった。


 雲を分けて、大地が降りてきた。


 大地の下にある大砲が輝いていた。


「もう、遅い!」

 赤龍が飛び上がり、斜め上に飛んだ。


「逃げて! みんな、逃げて!」

 雲から大きな筒が現れて、地上へ向けて狙いを定めているようだった。筒先に光がどんどん集まり、まるで周りから光を得ようとしているかのようだった。


 筒から光が降りて、大地に消えて軍は消えた。


 大地も抉れた。


 関所は吹き飛んだ。

 赤龍と僕たちは何とか爆発から逃れたが、あまりの威力に絶句してしまった。島が隠れて移動するために雲を集めていたようだ。雲も一緒に消えると、大きな大地が空に浮かんでいるのが見えた。


「そ、そんな……皆死んだの」

 憎んだ家族も、兵士たちも消えて、ジニーは絶句した。


 かけれる言葉が無かったが――一人の声が沈黙を破った。


「間に合わなかったわね」

 僕が見上げると、デッキブラシに乗った魔女が――魔女?


「うわー! 魔女!」


「誰?」コロネが首を傾げた。


「おっ、魔女ではないか。遅めの登場だな」


「はあ? こっちは最大戦力をぶつけられて死ぬ思いをしていたのよ。まったく……閑話休題でどんだけハブられたことか」魔女が僕をみつめて、ゆっくりと近づいてきた。「しばらく見ないうちに、男の表情になっているじゃない」


 よしよし――と僕の頭を撫でた。

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