安住の地
「俺は勇者になる!」
いつの時代の勇者か分からない、歴史にすら名前の残らない勇者が、取るに足りない魔王を倒してきた時、俺のおにいちゃんは木の棒を剣に見立てて勇者ごっこをしていた。
「誰よりも強く! 誰よりも優しく! そして何より勇気を持った、勇者になる!」
「お、俺もなるよ!」
おにいちゃんは木箱から降りて、俺の頭を撫でてくれた。
「お前も連れて行くからな、レスター」
ああ、これは夢だ。
路地裏で盗みをしながら、食いつないでいた時の記憶だ。
俺たちは食べれるものなら何でも盗んだ。何度も殴られたけど、それでも何でも盗んで生き延びた。一度盗みを止めようと思って、溝鼠を食ったけど、腹を壊して死にかけた。
だから、盗んだ。
盗んだ後に、野路裏から見上げる空は悲しいほど美しくて、惨めになった。あの空は欲しいと思っても取れない何か貴重な宝物のように思えた。おにいちゃんはそれを取ることができるのだろうか。
俺の宝物はおにいちゃんだけだったので、彼が宝物を取れるなら他はどうでも良かった。
「おじさん! 剣を作ってくれよ!」
おにいちゃんは鍛冶屋のおじさんの前を通ると、毎回同じことを言った。とても有名な鍛冶屋兼錬成士で遠方からも注文が入る優秀な人だ。
「また来たのか、馬鹿兄弟」
「うるせえ! じじい! 俺のために剣を」
おじさんが握りこぶしを作ると、おにいちゃんの頭がかち割れるかと思うほど殴った。
「いでえええ!」
「痛くしたからな! 口の悪いクソガキめ!」
手加減をしないので、俺は近づこうとしなかった。
おにいちゃんは馬鹿だけど優れていた。盗みも一番上手く、周りから優しくされる。俺は逆だ。劣等感と、劣った能力にさいなまれていて、おじさんの前でもそれが出た。
でも、おじさんは皆を平等に扱ってくれた。
「おい、レスター」
おじさんが投げてきたのは、引き金を引くと小さな玉が出る玩具だった。自分の足に当てると少し痛いが、いつも受けている暴力とは雲泥の差だ。
とても美しい玩具だった。
「おいおい、足にあてるやつがいるか痛いだろ。俺はシグルズを撃つ為にやったんだよ」
「クソジジイ! 俺にあたったら痛いだろ」
「誰がクソジジイだ! 俺は若いんだぞ!」
その銃が俺を導いた。後に銃士となるのも、この時の影響が大きかった。
幸せは突然終わりを告げた。
その当時の国王が、勇者と対立して滅ぼされた魔王と同種である魔族を迫害し始めた。
俺たち兄弟は路地裏から逃げ出して、おじさんの家に行くと、そこは炎上していた。魔族であり、鍛冶屋や錬成士として名を馳せていたおじさんも例外では無かった。
おじさんは俺たちの手を引いて、その街から脱出してくれた。
街の外の丘の上から街を見ると、いたるところで炎上していた。
「こんな事が許されるか」おじさんが唸った。「大陸全ての魔族を迫害するだと?」今まで見たことの無いくらい眼光が鋭くなっていた。「ああ、分かった。迫害するならするがいい、それが正しいと思うならするがいい。だがな、与えた暴力を忘れないことだ。何年、何十年かかっても、俺は諦めない。お前たちが安住の地を奪うなら、俺は奪い返すだけだ」
「おじさん……」
「シグルズ、レスター、俺と一緒に行かないか? 俺たち魔族が安心して暮らせる国を作ろう。厳しい戦いになるが、命をかけるだけの価値はある」
気付くと、涙を流していたようだ。
随分と昔の記憶だ。国王の領地を駆けずり回って情報収集した後、魔王軍の配下たちが集まる遺跡に戻ってきて、疲れで眠ってしまった。
左手で体を支えようとして、驚いた。
左腕が無い。
そうだ――おにいちゃんにあげたんだった。おにいちゃんは仮の腕をつけていたけど、どうにも馴染まなかったので、実の弟である俺の腕をあげた。
勇者にはなれなかったが、魔剣士と呼ばれ恐れられた兄だ。復活が中途半端で、さらに左腕が不完全では、優秀なおにいちゃんの名が落ちることになる。それだけは避けたかった。俺は優秀な幹部ではない、魔王軍のレスターと聞いて誰もぴんとくる連中はいないだろう。なら、俺の左腕などどうでもいい。
俺はふらふらと魔王の部屋へと向った。魔王は眼を瞑って、椅子の上で仮眠していた。
「……おじさん。疲れているのか?」
「お? ああ、レスターか。何十年ぶりにおじさんって言ったな」
魔王はおじさんだ。炎の誓いの怒りが、おじさんを何時の間にか魔王にしてしまった。あの後、魔法も武術も本も色んなもので自分を練り上げたので、あの時の面影を知っているのは俺たち兄弟だけだ。
「さっき、シグルズに見せてもらったけど、やっぱり良い剣だな」鳴子と常世のことだ。実は、おじさんが昔作った剣だ。いまでは魔剣と呼ばれている。「よく考えたら、隕鉄から最初にヘルメスを作ったのも俺なんだよな。その後の鍛練は他の連中だけど、腕は良かったのを思い出したぞ」
俺の魔道銃もおじさんがつくった物だ。
なにも取り得の無い俺に、戦う武器をくれたのはおじさんだ。
俺たちは本当に最初からおじさんについていったが、他の幹部の連中もだいたい同じ境遇だった。孤児とか迫害されて、復讐で戦いの道を選んだ。
「ふー、将軍も、ナハトマもドローンも他にも何十人も死んだ。二回も死の恐怖を味わわせてしまうとは、やはり会戦にあわせて急遽復活させるべきではなかった……」
おじさんは後悔しているように呟いた。戦争にあわせて、俺たちは復活させられた。一挙に復活させたため、不完全な連中が殆どだった。
「何を言っているんだよ。おじさん。どうせ俺たちは荒くれ者だぜ」
シグルズが部屋に入ってきた。
「そうそう、最初は安住の地を求めて戦ったけど、今では最初の目的すら忘れて戦っているようなやつらだよ。もう一度戦えて喜んでいるくらいだ」
俺もおじさんを慰めた。
「俺だって感謝している。もう一度戦えるんだからね」
シグルズが言うと、
「すまないな」とおじさんは謝った。
「おじさんは偉そうに命令していればいいんだよ」
「そうそう、なんせ魔王だからな」
「ああ……そうだな」
魔王はもう一度眼を瞑り、最後の休息を取った。寝息を立てると、復活した後に書記として仲間にした女が毛布を持ってきた。




