第32話 そこにいたのは絶世の美女だった
建物の中に入れば、掃除が行き届いた広い空間が広がっていた。
塵も埃も落ちていなさそうなほど磨かれた石の床に、鮮やかな翠玉の色の柱。天井は高くムシどももいない。
「ここって、使われていない宮なんだよね」
思っていた感じと違い、琅宋に確認する。
この宮に入るための門は固く閉ざされていたので、人の出入りは制限されていたと思われた。
だから、場所は間違いはないのだろう。
「そうだが……何かおかしいような?」
琅宋は、玄関の広い空間を眺めながら、首を傾げている。
建物の入り口の正面に二階に上がる階段があるので、あまりいい造りではない。
入ってきた良い気が一階にとどまらず、逃げていく構造だ。
確かにおかしいと言えないもないかも?
「何年前かなぁ? 百年前だったか、ボヤ騒ぎがあったよね。僕はここだと思うのだけど? 火の気が強い」
この馬鹿の年月の感覚は当てにならない。百年前だなんて、琅宋がおかしいと思う年月じゃないよね。
「あ! そうだ。二十年前に火の手が出て、火気を抑える為に青に内装を塗り直したはずだ」
「外の柱は緑色だったけど?」
しかし、二十年前って琅宋は子供だったはず。よく覚えているね。
「緑は当時の高美人の好みだったから、変えなかったはず……その辺りは噂話でしか知らないが」
妃の位が全然わからないけど、ワガママが言えるほどの地位の人だったのだろう。
そして、やはり後宮内で住んでいた幼い琅宋は噂という曖昧なものでしか知らないらしい。
これは芙蓉様に、元いた住人のことを聞いたほうがいいのかもしれない。
「それで、今この宮が使われていない理由は、赤子の泣き声がするからでいいんだよね」
念の為、聞いておく。ここ三ヶ月ほど聞こえるという赤子の泣き声が、原因であれば大したことはない。
だけど、もっと原因が深いところにあるのなら、一度出直したほうがいいかもしれない。
「その高美人が亡くなってから、高美人の幽霊が出るという噂になり、ここは閉鎖された」
「それいつの話?」
「ボヤ騒ぎがあった次の年だったか? 宮を綺麗に直して、高美人が永寿宮に入るぐらいか、年が明けたぐらいだったか。その辺りは曖昧だ」
てっきり、皇位継承問題だと思っていたのだけど。いや、根本的にはそうなのだろう。
だけど、先代の皇帝が亡くなってからのことじゃないことは理解できた。
根が深そうだ。
「出直そう。これは捕まるとヤバい」
背後の扉に二枚の札を貼り、琅宋と炎駒の腕を掴む。
「対になる門につなげよ!」
香と何かが混じった甘ったるい匂いが鼻をかすめた。
『まぁ! これは皇帝陛下と麒麟様。これ! みなの者、出迎える準……』
「開門!」
私は声をかけた者を一瞥する。見た目は艶やかな美女、そして幽霊ではなく肉体である。
しかし、そんな見た目に騙される私じゃない。
こじ開けた空間に二人を押入れ、その後に私も続く。
『お前! 皇帝陛下をどこに……』
「白。咆哮で打ち消して! この場の縁を切り、全てを閉じよ!」
私の肩から重みがなくなり、近くに大きな窮奇が現れる。そして天地を響かせる咆哮が発せられた。
「Gaoooooooooon!」
白の咆哮が女性が放つおぞましい念を打ち消す。繋がる扉は消え、宮の敷地に入るときに通った門がそこにはあった。
振り向いて、宮を見る。入ってきたときと変わらない姿だ。
「ここに結界を張る。これは簡単には片付かない案件だね」
「何が起こったのか、わからなかったのだが?」
そう尋ねる琅宋を無視して、術を施行する。
「かづらよ。全てを覆い尽くし、堅牢に封じよ」
種をばらまき、その種から勢いよくツタが生えだす。そして庭も綺麗な楼も一瞬にして覆い尽くした。
「いやぁ〜。面白い者がいたねぇ」
炎駒は、楽しそうにくつくつと笑っている。
琅宋は戸惑いをあらわにし、おつきの人たちは現状がわからずに混乱をしているようだ。
「ちょっと話し合いの場を設けてほしいね。できれば依頼者の芙蓉様もいらっしゃると嬉しい」
「その前に、この現状をどうすればいい?」
「は? 封じると言ったじゃない。誰もここには入れないでよ」
「いや、この者たちに今見たことを、噤むように命じなくていいのか?」
琅宋の言いたいことがわからず、首をかしげる。
私は道士としてここにいるのだ。だから別になにも問題はない。
「俺は黎明の霊獣だろう? 別に言おうが言わまいがどうでもいい。結局、人の口に戸は立てられん」
ああ、白のことね。それは既に軍の人たちに見られているので、別にいいこと。
それよりも、中にいたモノの方が問題だ。
あれは誰なのか。
炎駒を麒麟と言ったのはいい。だけど、琅宋を皇帝と呼んだのは解せない。
二十年前であれば、琅宋はまだ子供で皇帝ではなかったはず。それよりも私がここに来たときは、先々代がまだ存命であった時代。
誰も出入りをすることがなくなった宮に住む鬼は、いったい何者なのか。




