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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第4章 7月 思わぬ来客〜バーベキュー

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(4-4)

 

 夫婦とレンをそれぞれ客室に案内し、エイナルは居間に戻った。


「今日、えらかったね。キイックル、邪魔しなかった」


 コハルがタネリとトピの頭を撫でながら、ほめている。カウチに座った彼女の膝に、2匹が頭を乗せている。最近の定位置だ。


 しかもこういう時にエイナルが部屋に入ってくると、2匹はチラリとこちらを横目で見る。うらやましいだろ、と言われている。うらやましいか、うらやましくないかと言われたら、そりゃうらやましいに決まっている。


 それでもそこに混ざれない残念なエイナルは、向かいのソファに座った。


「タネリさ。昔、キイックルしてる時にスティックをくわえて逃げて、うちの親にすっごく怒られたんだ。そこから、邪魔しなくなった。トピは基本的に、タネリのやってること真似したがるからなぁ」

「仲良しさんだね」

「そうだね。トピがいっつもタネリを追っかけてるね」


 やさしく撫でられ続ける仲良しさんたちの黒とオレンジ色のしっぽが、ご機嫌に揺れている。 


「コハルが部屋を掃除しておいてくれて、ほんと助かったよ。ありがとう」


 エイナルは心から礼を言う。

 夕飯まで食べて帰るようになって、コハルの滞在時間は長くなった。帰るまでにたっぷり時間があるからと、せっせと家の中を掃除してくれるようになっていた。


「おかげで、急なお客さんでも安心して泊められる」

「よかった」


 うれしそうにコハルは笑う。その視線が、気がかりそうに、エイナルの左腕に向けられた。


「それ……痛い?」

「ああ、いや、もう痛くないから大丈夫だよ」


 エイナルは、半分ばかり嘘をついた。


 そういえば、バーベキューの時から、腕まくりしたままだった。エイナルの左腕にある長い傷。コハルは初めて見たはずだ。


 1年以上前の傷だ。何十針縫ったか思い出したくない傷口は赤く盛り上がって、もう、完全に塞がっている。でも、いまだに左腕に昔ほど力を入れられない。

 握力を鍛えるために、なるべく積極的に左手を使うようにしている。


「どうしたの、それ?」


 おずおずと、尋ねられる。エイナルは、言葉を選びながら説明する。


「昔、王都で兵士をしてた時にさ。悪いやつを捕まえるぞーっていう直前に、仲間をかばってナイフで斬られちゃったんだ。でも、悪いやつはちゃんと捕まえたよ!」


 聞いているコハルの顔が、痛ましそうに歪んでいる。

 だからエイナルは、あえて陽気なふざけた調子で言った。ついでに、見えない敵を軽々と殴るふりをしてみせる。


「兵士の仕事で大怪我するとさ。仕事を辞めても国からお金をしばらくもらえるんだよね。こりゃいい辞めどきだなと思って、こっちに帰ってきたんだ。ラッキーだったな」

「なんで、兵士、してたの?」

「両親がね。一度は外の世界を見ておけよ、って勧めてくれた。ほら、そこの棚のお土産物みたいにさ。いろんな見たことのないものが世の中にはあるんだよ、って」


 エイナルは、隅に置かれた飾り棚を指差した。

 岬に遊びにきた観光客たちが、お土産にと置いていったもの。この街ではお目にかかれないような工芸品が多い。


「それで、15歳で王都の軍隊学校に入ってみた。体を動かすのは得意だったし、2年の学費も寮も全部無料だったから。まぁ、王都に行ってよかったと思う。いろんな考えの人がいるんだな、って知ることができたしね」


 黒い瞳が、じっとエイナルの顔を見ている。

 言葉の奥の真実を、見透かされているような気持ちになる。でも、悪い気分ではない。


 本当は、あのときかばった同僚に裏切られ、手柄のすべてを横どりされた。

 エイナルの居場所は衛兵隊になくなって、動かなくなった左腕を抱えてここに戻ってきた。

 いまさらそれを思い出しても、どうなるものでもない。


「怪我、治ってよかった」


 コハルはしばらく黙ってから、それだけをぽつりという。

 また黙って、何かを探すように目がさまよって、結局、何も言わなかった。


 彼女は、たまにこういうことがある。

 たぶん自分の気持ちをきちんと伝えたいのに言葉が見つからず、少し悔しそうな、悲しそうな顔をする。


 こういう時、エイナルは、どんな言葉をかけていいのかわからない。

 だから黙って、テーブルの上の温かい紅茶を飲んだ。コハルが入れておいてくれたものだ。


「おいしいな。ありがとう」

「よかった」


 そのままぼんやりと、穏やかな無言の時間が過ぎる。


 コハルは、考え込んでいる。

 エイナルは、ゆっくりお茶を飲みながら、本当は今のコハルをスケッチしたい。頭の中では、すでに鉛筆が動いている。

 エイナルのことを一生懸命考えてくれているかもしれないその顔を、描きたくてたまらない。


 やがて、コハルは膝の上のタネリとトピをそっとカウチにおろして、立ち上がる。

 いつもの明るい顔で言った。


「そろそろ帰らなきゃ!エイナル、仕事がんばってね」

「うん。ありがとう」


 エイナルも笑って立ち上がる。

 玄関に向かうコハルの後ろを、ひとりと2匹がついていく。 


「今日は送れなくてごめん。タネリ、代わりによろしく頼んだ」


 夕飯を食べてから、領主館に送り届けるまでがすっかり習慣になっていた。でも、今はもう21時を過ぎている。領主館まで送っていくと、22時のロープ巻きの仕事に差し障ってしまう。


 そういう時は、いつもタネリがコハルにくっついていく。領主館でおいしい肉がもらえるらしく、ハスキー犬の顔が今から大変上機嫌だ。


 ぞろぞろと付き添って、草原の外れまで来た。ここから長い下り坂を降りると、街に着く。


「あ、そういえば」


 あえて思い出さないようにしていた重大案件を、とうとうエイナルは思い出してしまった。

 さりげなく、なんでもないことのように、尋ねる。


「明日からのこと、ヴィッレから聞いてる?」

「明日?」


 きょとんと聞き返されてしまった。何も聞いていないらしい。


 ——エイナルからコハルに話せばいいだろ!


 そういうヴィッレのニヤニヤ声が、どこかから聞こえた気がして、エイナルは一瞬目をつぶった。覚悟を決める。


「レンがしばらくうちに泊まるから……コハルもこっちにしばらく泊まって手伝うように、って」

「コハルもこっちにしばらく泊まって……?」


 ぼんやりと、コハルは聞いたままの言葉を繰り返す。それから、じわじわと目を見開いた。


「え? え? えぇーーーっ!?」

「あ、あの、もしコハルが嫌だったら、」

「いいの?いいの?ほんと?灯台の家のメイドさん!?なれるの?いいの?ほんとに?!」

「あの、うん、もしコハルが嫌じゃなかったら、」

「嫌じゃない!やる!やりたい!やる!やるます!」 


 食いつくように答えるなり、コハルは両手を広げて——


 思い切りエイナルに飛びついた。


 エイナルの頭は、真っ白になる。

 やわらかい。いい匂いがする。やわらかい。いい匂いが。

 きゃぁああぁ!と声をあげてコハルがぴょんぴょん跳ねる。喜んでいる。抱きついたまま。

 やわらかい。髪がサラサラだ。やわらかい。だから、いい匂いが!


 エイナルは、ばっと必死に両手を頭の上にあげた。

 今、抱きしめてしまったら、確実にまずいことになる気がする。


 これから22時の仕事があるのだ。22時の!仕事が!ある!から!!

 必死にひたすら自分に言い聞かせる。


 ——で? もし22時の仕事がなかったら何したいんだよお前? 


 自分の頭のどこかからふいに聞こえた冷静な声に、膝が砕けそうになった瞬間。

 ぴょんっとコハルが離れた。顔が真っ赤だ。でも、たぶん自分も同じような顔だ。


「じゃあね、エイナル、また明日!」


 早口でまくしたてるなり、くるりとコハルは背を向けた。

 明るい白夜の陽ざしのなか、勢いよく走り出す。ゆるやかな坂を下っていく。しっぽをちぎれそうに振りながら、タネリが後をついていく。

 エイナルは慌てた。


「あんまり走らないで!坂道!転ぶよー?!気をつけてー!!」

「だいじょうぶー!またあしたー!!」

「うん、また明日ねー!」


 コハルの背中を見送って、エイナルは小さくつぶやく。


「また明日、か。そうか。明日。明日、かぁ……」


 へなへなと座り込んだ。


「何これ。今日一日がんばったごほうび? ……え、ごほうびすぎない?」


 やわらかかったな、と思った。


「いや、ダメだ。考えたらダメだ。ダメなやつだ」


 でも、やわらかかったな。


 エイナルは、頭を抱えた。抱えてうなった。

 世の中、まだまだ知らないことばっかりだ!


 様子がおかしくなってしまった主人の丸まった背中の角度がたまらなかったのか。トピが勢いよく飛びついて登ってくる。

 大猫に、のしり、と背中に乗られた。

 重い。動けない。動けないのは、トピのせいだ。断じて、トピのせいなのだ。

 勝手に猫のせいにして、エイナルはしばらくうずくまったままだった。


「俺……明日から、無事にやっていけるんだろうか……」





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