(4-3)
「さて、じゃあ、キイックルを初めてやるレンのために、ルールを説明しようか」
ぽん、っと両手を胸の前で打ち合わせて、エイナルは切り出した。
「まず12本のポールを地面に置く。レン、今、腕に抱えているポール2本、こっちに持ってきて。1と2って、上に書いてあるだろ。ここにまとめて立てて。1が左、2が右」
言われたとおり、レンがポールを並べる。
「そうそう、いい感じ。じゃあ、コハルとレン、3から9までのポールを手分けして持ってきて。奇数は1の後ろに、偶数は2の後ろに、それぞれ半円になるように並べる。そう、1、3、5、7が左側。2、4、6、8が右側。それで円を閉じるところに9を置く。うん、1から9までぐるっときれいな円になったね」
コハルが上からポールの円をのぞき込んで、「きすう」「ぐうすう」と小さくつぶやきながら覚えている。
「で、俺の持ってる残り3本のポールを円の真ん中のエリアにおく。10が手前。11、12をその後ろに左右に……はい出来上がり」
12本のポールをかためて丸く配置し終えると、エイナルは、そこから後ろに大きく5歩下がった。
「これくらいの距離かな。コハル、かまどの脇にある火かき棒をちょうだい。はい、これを線の代わりに足元に置こう。ここから1本のスティックを投げる。火かき棒より先に踏み出しちゃダメ。一度やってみるね」
投げるためのスティックは、円柱型をした白木の棒だ。置かれたポールよりは小ぶりで、太いが片手で投げられる。
エイナルは、手にしたスティックを下から斜め上に振り投げた。
コン、といい音がして、置かれたまとの真ん中あたりに落ちる。勢いよくポールがなぎ倒された。
「地面に倒れたポールの数字を足す。他のポールに引っかかって倒れきってないやつはノーカウント。えーと、倒れてるポールは、2、3、4、6、9か。合計すると……」
エイナルは、旦那さんを見た。
「24ですね」
即答が返ってくる。
「おお、さすが経理士さん。計算が早い! 俺、苦手なんだよなー暗算。レン、どうかな?」
「なんで僕に聞くんだよ……2…3…4…6…9……合計24だね。合ってる」
「おっ、レンも賢い子だな!」
感心しながら、エイナルは倒れたポールをその場に立てる。コハルがすっ飛んできて手伝ってくれた。
「次はじゃあ、旦那さんの番。チーム戦にしましょ。そちらのご夫婦チームと、俺たち灯台チームの対抗戦。はい、どうぞ」
エイナルにスティックを手渡され、旦那さんが少しとまどった。
「久しぶりだな」
白木の感触を何度か確かめるように握りなおして、つぶやく。
「大丈夫!意外と体が覚えてるもんだよ」
笑いながら旦那さんの肩を叩き、火かき棒のラインに向かって押し出す。
エイナルが投げて少し崩れた円に向かって、旦那さんがゆっくりとスティックを投げ入れる。
見事な弧を描いて、立っていたポールが弾き倒された。
「おお、だいぶ倒れた!……1、3、4、5、7、8」
「28ですね」
またもや旦那さんが即答した。エイナルは、レンを見る。
「だからなんで僕を見るのかな……1、3、4、5、7、8……合計28」
「素晴らしい!計算早くて助かるな」
「ねぇ、これ、合計の数を競うの? あっちがふたり、こっちが3人だけど」
怪訝そうに眉をひそめるレンに、エイナルは「おお!」と手を叩いた。
「いい質問だ!ごめん、説明してなかった。先に合計70点ぴったりになった方が勝ち」
「ぴったり? 70点超えたらどうなるのさ」
「ペナルティーとして50点になる。で、続けて70点を目指す」
「えぇー」
レンの顔に「それ、めんどくさい」と書いてある。エイナルは正確に読み取って、笑った。
「ずっとやってると慣れるし、楽しいし、計算得意になる人も多いよ。これ、うちの親父の子どもの頃に流行り始めたゲームなんだけど。それまで算数を習ったことのなかった人も、進んで計算を覚えられるいいきっかけになったらしい。はい、次はコハルの番ね」
スティックを受け取ったコハルが真剣な顔になる。
「コハル、ハクチョウの餌やりと同じ感覚で投げてごらん。あの食いしん坊の大きなハクチョウが、そのポールのところにいるイメージで」
「なるほど!わかった!」
あれから週に1、2回は湖に遊びに行っている。彼女はすっかり餌やり名人だ。
顔を輝かせたコハルが、ひょいっと気負わずスティックを投げ上げた。
カコン、と右側のポールが2本倒れる。
「いいね! 3と5のポールだ」
「累計32」
「旦那さん、計算絶好調だね」
ポールを立て直しているコハルのところに奥さんが駆け寄ってくる。
一緒にポールを立てて、スティックを拾い上げた。その顔がほころんでいる。
「私、子どもの頃、キイックルが好きで、この人とよくやってたんです。懐かしいわ」
エイナルは驚いて、夫婦をじゅんぐりに見た。
「へぇ、子どもの頃から! じゃあ、ふたりは幼なじみなんだ?」
「そうなの。昔からうちの主人が計算担当で。だから私は任せっきりで算数はいまだに苦手」
「いいなぁ、幼なじみでそのままご夫婦! 昔っからお互い大好きだったんでしょ」
からかうようなエイナルの口調を否定せず、夫婦は照れ笑いしている。
ほほえましく見守るエイナルの目の前で、奥さんはきれいなスティック投げを披露してみせた。8と12のポールが弾かれて倒れる。
「累計48点」
旦那さんが誇らしそうにすばやく点数を告げた。そのまま夫婦で丁寧にポールを立て直している。
「すごいうまいな! もしかして、奥さんって旦那さんより投げるの上手?」
「そうなんです、昔から妻は何をやっても僕より上手い」
「あはは、思いっきり惚気られたなぁ。ごちそうさまです」
笑いながら、エイナルはスティックをひょいっとレンに渡そうとした。とたんにレンが軽くのけぞる。警戒する口調で問いかけられる。
「うわぁ、薄々そうかなとは思ってたけど……僕もやるの?」
「当たり前でしょ。君は灯台チーム」
「……」
少年は無言で受け取って、立ち位置についた。
「……こんなの、自力で投げたことがないから、どうなっても知らないよ」
「いいよいいよ、とりあえず投げてみな。みんな誰でも最初は初心者だ」
「がんばれ、レン!」
のんびりエイナルとコハルに応援されて、レンは「はぁ」と気だるげにため息をついた。
とたんにコハルがエイナルの腕をぽんぽん叩いて喜んだ。
「ねぇ!今のため息!めちゃクール!」
「うん、クールだねぇ。都会のモテる男の子って感じだねぇ」
「ちっがーう」
鼻の頭にしわを寄せて、ひとことわめく。それから真剣な顔になって、スティックを慎重に投げた。
小さめに弧を描き、手前の地面に落ちる。そのまま弾んで、カツンといい音を立ててポールにぶつかった。
エイナルとコハルは思わず拍手した。
「10と11が倒れた! ワンバウンドって難易度高い技だよ、レンすごいなー」
「累計53点。面白くなってきましたね」
次に投げる旦那さんが、スティックを持ってにこにこしている。
「次、旦那さんがんばって!」
コハルがにこにこと敵チームにエールを送る。エイナルも、つられてにこにことした。旦那さんと奥さんもにこにこしている。レンだけそっぽを向いている。
もう大丈夫そうだ。内心ほっとする。
それからは、ひたすら順番に投げて遊んだ。
どんどん投げる。投げるたびに、ポールが外側に弾け飛んで、立て直される位置が遠くなる。狙うのが難しくなる。
お互いのチームで一度ずつ、70点オーバーになった。50点に逆戻りしてしまう。
「あー、悔しい!次は決める」と楽しい悲鳴をあげながら、旦那さんがスティックを拾っている。
最後は奥さんの一投が70点ちょうどを叩き出し、ご夫婦チームが勝利した。「やった!」とふたりで息ぴったりにハイタッチしている。きっと子どもの頃から、そうやって過ごしてきたのだろう。
「いやぁ、久々に熱中しました! ありがとうございました」
声を弾ませた旦那さんの言葉に、奥さんもうなずく。
「こんなに声を出して笑ったのは久しぶりだわ。なんだか、悪い夢から醒めたみたい」
「それはよかった!わぁ、もう20時過ぎてるな。今日は泊まって行ったらいいよ。部屋は空いてるし」
エイナルは懐中時計を取り出して、時間を確かめた。恐縮する夫婦に「いいからいいから、気にしないで」と軽く手を振る。
「あの、図々しいついでに、もう一つご相談なのですが……」
とうとう思い切ったように、旦那さんが口を開いた。
「この街で、仕事を紹介してくれる相談所、ないでしょうか」
「ああ、ようやっと聞いてくれた」
エイナルは笑った。
「夏なら仕事は山ほどあるし、俺の紹介でよかったら一筆書くよ。特に、白夜の時期は船の積みおろし量がすごいからさ。書類対応で事務員みんな大忙しだし、旦那さんくらい計算が早かったら、泣いて歓迎してくれるところはいくらでもある。まぁ、冬は稼ぎが少なくなるけどね。今のうちにしっかり稼いでおけば、楽しく過ごせるよ」
「何から何まで……。なんとお礼を言ったらいいか」
「いやいや、大したことしてないし。今日、この灯台に来てくれたのも、何かの縁だと思うから」
そういえばこれって親の口ぐせだったな、と口にしてから気づいた。「何かの縁」。両親もよくそう言って、人をもてなしていた。
気づいたら、急になんだか恥ずかしく、照れくさくなった。
そんな一人前の口をきけるほど、エイナルは毎日大したことをしていない。
むしろ、灯台守になってから、ほぼほぼ灯台に引きこもっているだけだ。王都から戻ってきて以来、人と付き合うのが、正直ちょっとおっくうになっていた。
でも、誰かと過ごす時間もいいな、と前向きに思えるようになってきた自分がいる。そう思えたのは、きっとコハルのおかげだ。
そのことに、今日の思わぬ来客騒ぎで、気づいてしまった。
コハルがいなかったら、きっとこんなに気軽に心から楽しんで対応できなかっただろう。
そもそも、キイックルを作ったのだって、コハルがいたからだ。
ちらっと隣を見る。
目があって、コハルが「なに?」と笑って小首をかしげる。かわいい。もっと笑ってほしい。
「へへ」と妙な照れ笑いをこぼしてから、エイナルはひとまず後片付けを始めた。




