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灯台守の十二か月〜いけにえ少女と最果てスローライフ  作者: コイシ直
第4章 7月 思わぬ来客〜バーベキュー

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(4-2)

 

 肩をすぼめるようにして、夫婦はうなだれている。40代後半だろうか。エイナルの両親とさして変わらない年齢にみえる。


 6人で使える机を作っておいてよかった、とエイナルは思った。あの時の自分の判断をほめたい。


 こちら側のベンチには、エイナルを真ん中に、左右にコハルとレンが座っている。

 向かい側のベンチには、さっき岩場でつかまえた夫婦が座っていた。


 奥さんの膝の上には、のっしりと猫のトピが座っている。

 旦那さんの隣には、くっつくようにして犬のタネリが座っている。

 要は2匹そろって、「この夫婦、絶対に崖には行かせない」の態勢だ。本当にうちのやつらは仕事が完璧すぎる。


「お茶、冷めないうちにどうぞ」


 勧めながら、エイナルもカップに口をつける。ひと口飲んで、思わず顔をゆるめた。


「わ、コハル、このお茶、すごく美味しくいれられたね。香りがはなやかだ」

「家政婦長さんが、教えてくれた! めちゃ美味しいお茶のいれ方」

「うん、めちゃ美味しい!このバタークッキーもいいねぇ。さすが領主館のシェフ特製。いっぱいあるんで、いっぱい食べてくださいね」


 目の前の夫婦は、見るからにげっそりとやつれている。ろくに食事をとっていないような雰囲気がある。


「レンもいっぱい食べて」


 なんで自分までここにいるんだ、という顔で座っている少年に、エイナルは声をかける。


「僕、本気で食べ始めたら、これっぽっちじゃ足りないもん」


 仕方がなさそうに、少年は答える。


「そっか。食べ盛りなんだね。俺も10代の頃はずっと腹が減ってたなぁ。きっとこれからぐんぐん成長するよ」

「じゃぁ、レンはこっち」


 コハルはにこにこ笑いながら、どんっと皿を少年の前においた。オートミールのクッキーが山ほど盛られている。


「お茶と一緒にどうぞ。お腹にたまるぜ!」 

「そうそう、オートミールが腹の中で膨らむから、そこそこ満足感あると思うな」


 コハルとエイナルに口々に勧められて、レンはしぶしぶ少しだけ齧った。意外そうな顔で、まじまじと手元のクッキーを見る。


「案外いけるね、これ」

「だしょ!いけるんだよ!これ」

「だしょ?なにそれ?」


 レンとコハルが言い合いながら、カリコリとオートミールクッキーをそろって齧り始める。

 その勢いにつられたように、奥さんが、ふらふらとバタークッキーに手を伸ばす。そっと口に入れた。


「……美味しい……」


 噛み締めるようにぽろりと漏らす。旦那さんも、その声に押されたように、おずおずとクッキーを口に運んだ。


「……うまいな……」


 こちらもポツリとこぼれる。

 そのまま夫婦は止まらなくなったように、立て続けに3、4枚ほどバタークッキーを口にし、お茶を飲む。


「このまま夕飯も食べていきませんか?」


 穏やかに、エイナルは誘った。


「さっき16時ぐらいだったから、これからのんびり準備して、ちょっと早めの夕飯にちょうどいいんじゃないかな。コハルも食べていくでしょ?」

「うん!」


 白夜の季節になってから、コハルは夕飯まで食べてから、領主館に戻るようになった。外はいつまでも明るいから、帰り道が危ないこともない。


「今日からレンも泊まるし、人数多いから、このままここでバーベキューしよう!ちょうどよかった!さっきヴィッレから山ほど食材が届いてさ」


 この国の人は、夏になるとよく外でバーベキューを楽しむ。そういえば、今年はまだ一度もやっていなかった。もたもたすると短い夏が終わってしまう。


「あ、あの……」


 おろおろする夫婦にお構いなしに、立ち上がりながら、エイナルはほがらかに声をかける。


「タネリ、トピ、ご苦労さま。ほら、こっちおいで。おつかれさまのジャーキーだ。あ、旦那さん、そこのかまどの火、起こせます?」

「も、もちろん」

「ありがたい!奥さんはコハルと一緒に、台所で野菜切ってもらえると助かります」

「わ、わかりました」

「レン、おいで。家の中から鉄板持ってくるの手伝って。しばらく使ってなかったから洗わなきゃ」

「……うん」


 いっせいにいろんなことが動き出す。

 旦那さんが火を入れてくれたかまどの上に、洗ったばかりの大きな鉄板を置く。コハルと奥さんが、家の中からカゴいっぱいに食材を持ち出してくる。

 

 4人と2匹に注目されたエイナルは、かまどの前で張り切って腕まくりした。


「よーし!ひさびさの大人数バーベキューだ。焼くぞ。焼きまくろう!」

「あ、あの、それでしたら、焼くのは私たち夫婦にやらせてください。申し訳ないのですが、夕飯のお代を持ち合わせていないので……せめて調理だけでも……慣れてますし……」


 エイナルは、申し出てくれた夫婦の顔をさらりと、それでいて慎重に見た。

 さっきより落ち着いた表情になっている。おいしいお茶とクッキーの効果がさっそく出てきているようでよかった。


 行きすぎた空腹はいけない。人の心も体も痛めてしまう。

 もっとお腹が満たされたら、もっと違った気分になれるはず。

 エイナルは願いを込めて、手にしていたトングを旦那さんに差し出した。


「焼いてもらえるの?ありがたい!全部焼いちゃってください。それと、おふたり、酒飲めます?強いのでも大丈夫?」

「は、はい」

「よし!じゃあ取ってこよう。コハル、レン、飲み物用意するから手伝って」


 まもなく、鉄板からおいしい匂いと音がする。

 タネリとトピがずっと足元でソワソワうろうろしているから、夫婦は少しやりづらそうだ。

 特に奥さんが動物好きのようで、しきりに足元に話しかけている。「なーん、なーん」とトピがずっと大声で返事をしている。返事というより、確実にごはんの催促だ。旦那さんがそれを見て、穏やかな顔になっている。


 やがて、焼きあがったものが、ずらりとテーブルに並んだ。

 こんがり焼きあがった厚い牛肉、イカとサーモン。ソーセージ、アスパラガス、じゃがいも、パプリカ、にんじん。机の端までお皿でいっぱいだ。


「たくさん焼いてもらってありがとうございます。では、お腹空いたので乾杯の歌は省略で!とにかく乾杯!」


 カップを持ち上げて、乾杯した。夫婦には酒、エイナルたちはベリージュース。


「さあ、食べよう!残さず食べちゃおう」


 エイナルは率先してさっそく皿に手をのばす。

 味付けは食べる直前に、自分でする。シンプルに、適当に、塩とコショウ。素材の味がいちばん引き立つ。


「肉の焼き加減、最高!」


 ひとくち食べるなり大きくほころんだ顔を見て、夫婦はほっとしたように、顔を見合わせる。

 それから、遠慮がちにフォークを動かし始めた。


 テーブルの下で、トピとタネリも夢中で肉とじゃがいもを食べている。

 コハルはイカが気に入ったらしい。噛み締めて、「甘い!」と興奮している。


「これ、なに?」


 レンはじいっと、小鉢の中の白いものを見つめて動かない。

 この少年は、観察するのが習慣らしい。さっきから、いろんなものをそんな目で見ている。


「ホースラディッシュ。植物の根っこの部分をすりおろしてある。ほら、繊維っぽいのが見えるだろ? ソーセージに少しつけて食べてごらん。さわやかにつーんと辛いよ」

「へぇ」


 興味を持っているだろうわりには、そっけない返事をする。

 どうでも良さそうな顔をしながら、でもレンは小鉢を引き寄せると、たっぷりホースラディッシュを自分の皿に乗せた。好奇心を隠しているつもりで全然隠せていない。

 ソーセージにちょっとだけ乗せて、ちょっとだけ齧る。とたんに、その目が、丸くなった。


「……口の中がさっぱりする」


 大人っぽい態度の隙間から、素直な言葉がこぼれ出る。ずいぶんかわいい子だなぁ。エイナルはにこにこしてしまう。気づくとコハルも、同じような顔でレンを見ている。


 食事の場では、その人の内面や人生のかけらが見えやすい。これから、仲良くなれそうだ。

 さて、では、この夫婦はどうだろう。


 エイナルは微笑んで、机の上のごちそうを見る。


「食べやすいサイズに全部カットしてある。盛り方もきれいだ。おふたり、几帳面なんですね。尊敬します。俺が作ると、どうしても適当になっちゃって」


 サーモンを口に運んでいた旦那さんが、ぎこちなく微笑んだ。


「いえ、そんな……元々細かいことが得意で……生活でも仕事でも」

「いいなぁ。俺、灯台の経費の帳面をつけるのがどうにも苦手」

「それはむしろ、私の得意分野ですね。少し前まで、輸入品を扱う商会で経理士をしていたので」

「少し前まで?」

「はい、あの…… 」


 深く息を吐くと、旦那さんは諦めたように、ゆっくりと言った。


「お耳汚しの話なのですが……。上司が、商会の金を着服していたのが、なぜか私がやったことになっていました。証拠をでっちあげられてしまって、どうしようもなく……。罪人として牢に入るか、商会に金を返すかしかないところにまでいってしまい、金を払って、財産ほとんどを失って、住んでいた町を出ました」

「……そうですか」


 どこかで聞いたことのあるような話だな、とエイナルは思った。口の中が苦くなる。王都で兵士をしていた時の自分と、似たり寄ったりの話だ。


 そう感じてしまったことに内心苦笑しながら、顔には出さず、うなだれた男のグラスに静かに酒を注いだ。うつむいている奥さんのグラスにも継ぎ足す。

 夏至祭りの飲み比べでも使われていたイモの蒸留酒だ。手っ取り早く酔いたい時には、ちょうど良い。


 あえて、明るい声で飄々(ひょうひょう)と尋ねてみる。


「じゃあ、計算は得意?」


 驚いたように顔をあげた旦那さんが、とまどって、まばたきする。 


「そ、それは、それなりに……はい」

「それはよかった」


 エイナルは大きく笑った。

 どんなつもりで来たにせよ、せっかく岬にきてくれたのだ。どうせなら、少しでも楽しい思いをしてほしい。


「俺たち、これからキイックルをやろうと思ってたんです。食べ終わったら、一緒にやりませんか?」




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