8.罠というアトラクション
「どーすんだおいっ!」
「わたしが知るわけないでしょ!」
全力で坂を駆け下りながらにらみ合う俺とフィーネ。
その少し後ろをゴーレムが、さらにその後ろを巨大な石球が俺たちを追い詰めるように転がり落ちてくる!
さっき倒したゴブリンたちの死骸が石球に押しつぶされて不快な音を立てた。
「あんた、魔法で何とかしなさいよ!」
「できるかっ!」
ポーチを漁る間に石球に押しつぶされるわ!
くそっ、何とか魔法が撃てればこの状況を打開できるのだが――うおっ!?
「てめぇ、今わざと足伸ばしただろ!」
「うっさいわね。男なら俺を気にせず先に行け、くらいのこと言えないの!」
「馬鹿かお前、俺が鍵持ってるの忘れたのか!?」
「ぐっ……寄こしなさいよ!」
「馬鹿、お前っ……!?」
手を伸ばしてきたフィーネを避けようとしてバランスを崩し――なんのっ!?
俺は転びそうになった瞬間、フィーネの服を思い切り掴んだ!
よしっ、何とか体勢を立て直した――
「きゃっ!?」
俺に引っ張られてバランスを崩したフィーネが、その勢いのまま俺の前へと倒れこむ。
当然、俺はそれを避けることはできずに――
「うべっ!?」
少しの間、仲良く一緒に地面の上を勢いよく転がり落ちる俺とフィーネ。
上に乗ったフィーネの影からゴーレムが、またその少し先では石球が振動と共に近づいてくるのが見える。
くそっ、死ぬときは女の子と一緒がいいとは思っていたがこんなやつと一緒とは――っ!
石球はその勢いを殺さぬまま、まずはゴーレムをその重量で押しつぶし――
「……あれ?」
予想通り響いて聞いた鈍い音。
しかしそのあとに続くと思われた最悪の事態は、何秒待っても起きることはなかった。
目の前には石球。
しかし石球は、予想以上に硬かったゴーレムが楔となって動きを止めていた。
「助かったの……?」
同じくきょとんとした表情でフィーネ。
……重い。
俺はフィーネを上からどけると、ポーチから一枚の札を取り出した。
「プロテクション!」
不可視の壁が、俺と石球の間を二分する。
俺は障壁から少し距離をとると、ゴーレムに指示を出した。
ゴーレムが挟まれていない腕を勢いよく石球に叩きつける!
パシッ!
砕けた石球の破片が音を立てて障壁に弾かれる。
2、3度それを繰り返すと、石球は原形をとどめないただの石くずと変わり果てたのだった……。
「ほら、何とかなったじゃない」
「いや、お前は何もしてないだろ……」
何でこいつはいつもこんなに自信満々なんだ……。
少し分けてもらいたいくらいだ。
主にナンパするときに。
「お、また何か来たわよ!」
通路の奥を指さしてフィーネが叫ぶ。
さっきの音を聞きつけてやってきたのか、大勢の足音が通路に響いてくる。
「どうせゴブリンだろ?」
俺はそう言うと、ゴーレム――無傷だった、を再び盾にすべく前へと進ませる。
その後ろから先をのぞき込みながら、俺は札を引き抜き構えるが――
「いや、あれは――!?」
フィーネが驚きの声をあげる。
足音を伴って現れた人型。
その大部分は俺の言った通りゴブリンだったが、しかしその群れから2,3体だけ、まるで縮尺を間違えたかのような巨大な体をしているものが居た。
鬼のように赤い体に、しかしその首の上には牛の頭。
その頭が被り物でないことは、その表情に表れた殺意ですぐに分かった。
「ミノタウロス――!?」
フィーネの掠れた声が通路に響く。
それが引き金となったのか――ミノタウロスの通路を震わせるような叫びと共に、ゴブリンが、ミノタウロスが俺たちに向かって切りかかってきたのだった。