33.後輩という名のお店番
「と、いうわけで。今日からはここで働くことになったハルちゃんだ」
「ハルです。よろしくお願いします!」
言ってハルは元気よくぺこりと頭を下げた。
嬉しそうなフィーネと、無表情に笑うロッテ。
「ロッテです。よろしくお願いします」
「フィーネよ。フィーネ先輩とお呼びなさい!」
「はい、ロッテ先輩にフィーネ先輩!」
「ああ……先輩……っ!」
フィーネは先輩と呼ばれて踊りださんばかりに舞い上がっていた。
そんな彼女を横目に、ロッテが近寄ってきて耳元で囁いてくる。
「……ご主人様は、こういうのが趣味なんですね」
「うぉい!?」
怖い、怖いよこいつ。
囁いてくるのは甘い口調、しかしその声に表情がない。
なんだろう、このまま刺されそうな雰囲気。
ロッテの無言の威圧感に圧され、俺は慌てて口を開いた。
「いや、お前、これはだな……」
「なんてね、冗談ですよ。大体、ボクの方が可愛いですし」
しどろもどろになる俺を見て満足したのか、ロッテはちろっと舌を出して顔を離した。
途端に消える威圧感。
威圧感が消えてもまだ、心臓が少しドクドクと音を立てていた。
これは……恋!?
いや、違うか……。
そんなバカなことを考えて平静を取り戻す。
こちらのやり取りに気づいていないのか、フィーネはついに小さく踊り出していた。
「ま、まあ、そんな訳でよろしく頼む」
「任せなさい、このフィーネ様が受付の何たるかを叩き込んであげるわ!」
「いや、ハルちゃんには別の仕事をやってもらうつもりだけどな」
「ええ!? せっかく楽になると思ったのに!」
誰がお前に楽をさせるために人を雇うか。
捨て猫のようで思わず拾ってしまった、というのもあるが、ハルを拾った理由はもう一つあった。
冒険者ギルドで働いていたということは……。
「なあ」
「はい!」
「ハルちゃんは目利きとかできるのか?」
「目利き、ですか……?」
「ああ、こう、この剣はいくらくらいーとか」
「そうですね……。倉庫の整理とかもよくやっていたので、多少だったらわかりますけど……」
よし、思った通りだ。
フィーネは魔法はともかく他は全く当てにならないし、ロッテも人間側の相場にはあまり明るくないようだった。
異世界から来た俺はもちろん知らない。
その点、冒険者ギルドで働いていた彼女ならその辺の知識があるのでは――という考えが見事に当たったわけだ。
後は……。
ポケットからこのダンジョンの地図を取りだして考える。
一階から三階の部屋の構造などが書いてあり、二千フィル。
そこそこの値段なのに、冒険者ギルドでは中々の売れ行きだった。
別にダンジョンで儲けるのは構わないが、黙って利用されるつもりもない。
折角だし、俺もこの話を利用させて貰おう。
そのためには――
「フィーネ、お前にちょっと頼みがある」
「あたし?」
予想外だったのか、素っ頓狂な声を上げるフィーネ。
目を丸くする彼女に、俺は構わず話し始めたのだった……。
◇◆◇◆◇
「なあ、なんか地図と違くないか?」
「変ね……冒険者ギルドがそんないい加減なもの売るはずないと思うけど」
「でも、今いるのは二階のこの辺の通路だろ?」
地図を見ながら言う剣士に、魔法使いが怪訝な顔をして答える。
彼らは地図を見ながら進んでいたが、どうにも構造が地図と違っているようだった。
普通に進んでいれば今ごろ三階に着いていただろうが、間違った地図を見ることで余計に歩き回っていた。
「しっかりしなさいよね、誰のせいでまた稼がないといけなくなったと思ってるのよ」
「いや、そのことには感謝してるけど……もっと適当な装備で良かったんだけどな」
そう言うと剣士は自分の防具や剣を手で触る。
以前よりも一つも二つもグレードの高い装備は、剣士が着ているというよりは着られているという感じだった。
ちなみに、魔法使いの装備は熱いからだろうか、以前よりも少し露出が増していた。
「ダメよ。だって……その、また死なれたら……嫌だし」
「だからってここまで買い揃えなくても……」
「いいのよ! どうせこれからしっかり稼ぐんだし!」
そう言って魔法使いは剣士の背を叩く。
そして荷物から革袋を取り出すと口をつけるが、中身がないことに気づいたのかすぐにしまい直した。
「ねー暑いー、喉乾いた」
「ってもなぁ……」
剣士は荷物から革袋を取り出して軽く振って見せる。
袋はしょんぼりとしぼんでおり、振られても少しの音も立てなかった。
魔法使いはそれを見ると口をへの字にして歩き始めた。
「ったく、気の利かないダンジョンね。水くらい売ってなさいっての!」
「無茶いうなよ……」
愚痴る魔法使いをなだめながら剣士も後に続く。
くだらない会話をしながら歩いていた二人だったが、通路の先から流れてくる冷たい空気に気づき剣を、札をその手に構えた。
警戒しながらゆっくりと進む二人。
やがて通路が終わりにさしかかり、部屋に入った二人を迎えたのは――
「いらっしゃいませ!」
という、ダンジョンに似つかわしくない元気のいい声だった。