34.商店という名のオアシス
「……店? こんなところに?」
「ええ、よかったら見ていってください」
呆気に取られている魔法使いの問いに、猫耳の少女が笑顔で答えた。
少女の前には小さな机と小さな金庫が置かれている。
「ここ、ダンジョンの中だよな……」
「ですです」
剣士が疑問に思うのも当然だろう。
この部屋はダンジョンの炎の階層にあるにもかかわらず、ひんやりとした空気が漂っていた。
壁もこの階の岩や砂でできたそれではなく、一階と同じ人工的な壁が青い光を放っている。
剣、盾、魔法の札に革袋、薬草、薬瓶……。
所狭しと床に置かれた品物には、値札だろう小さな紙が括り付けられていた。
「ていうか、ハルちゃんだよね?」
「いえ!? あの、えーっと……お久しぶりです」
冒険者ギルドで働いていたからだろう、ハルは剣士や魔法使いと顔見知りのようだった。
魔法使いはよほど暑かったのか、服をぱたぱたとさせて涼んでいる。
何かが見えそうなのだろう、剣士はそんな魔法使いを後ろからこっそりと覗き込もうとしていたが、しかしそれが実る前に魔法使いが何かを拾い上げてハルに問いかけた。
「ねえ、これってもしかして水が入ってる?」
「ええ、それは水ですね」
「やった!」
「五百フィルです」
「うっ……」
値段を聞いて固まる魔法使い。
彼女はしばらくの間、革袋を見つめて考えていたようだったが、やがてごくりと喉を鳴らして言った。
「……買うわ」
「毎度です!」
魔法使いはお金を支払うと、手に入れた水を一気に飲み干した。
一方、剣士はというと床に並べられている剣や盾を物色していた。
「あれ? これって……」
「何よ」
「なんか、俺が前使ってた剣に似てるような……」
「そう?」
剣を手に取り、剣士と魔法使いは上から下から眺めていく。
括り付けられた値札には五万フィルと書かれている。
その様子を見て、ハルは少し慌てた様子で彼らに声をかけた。
「気のせいですよ、きっと」
「そうかなぁ……」
「ほら、ロングソードって大体そんな感じですし」
「そうだけど……ほら、ここの傷とか」
「いや、あたしに見せられてもわからないわよ。剣なんか興味ないし」
飽きたのか、魔法使いは再び床に置かれた品物を漁り始める。
魔法の札を何枚か手にした魔法使いが、再びハルに話しかけた。
「あと、これも頂戴」
「はい」
お金を渡そうとした魔法使いだったが、机の上に置かれたあるものに気づき動きを止めた。
彼女はそれ――積まれた紙束から一枚を手にすると、怪訝そうな顔でそれを眺めた。
「地図……?」
「ああ、はい。最新版の地図ですね」
「確かに今まで歩いてきた道と一致するわね……」
机から取った地図と、荷物から取り出した地図を見比べて考え込む魔法使い。
剣士もそれを聞いて横から地図をのぞき込んでいた。
「これは――1500フィル?」
「はい!」
「ちょっと高いわね……」
「でも冒険者ギルドのより安いし、正確なんだろ?」
「そうね、これも貰うわ」
「毎度です!」
会計を済ませた二人が部屋を去り、部屋に再び静寂が訪れる。
しかし、その静寂は長くは続かなかった。
「いらっしゃいませ!」
◇◆◇◆◇
映像の中で、床に置かれた品物が減っていくのを眺めて俺は顔がにやけるのを感じていた。
ダンジョンもそこそこ広くなったし、探索にもそれなりに時間がかかる。
であれば中に店を作ったら色々売れるのではないか――。
「この調子なら明日には全部売り切れるんじゃないのか?」
今回は実験ということもあり、色々な種類の品物を少しずつ並べていたが、既に消耗品の類は売り切れていた。
中でも水は割高なのにも関わらず速攻で売り切れた。
それ以外だと魔法の札や回復薬などが良く売れている。
逆に装備品など高価でかさばるものは中々売れないで残っていた。
まあ、そもそもダンジョンに大金を持ってくる人も少ないだろうし、予想の範囲内だ。
今後、店があることが広まれば買いに来る人も出てくるだろう……相場よりは安くしてるし。
「しかし……地図ってこんなに美味しい商売だったんだな」
訪れた冒険者のほとんどが、地図を購入していった。
原価は紙代と人件費のみ――つまり、ほとんど無料だった。
まあ部屋の配置を決めているのは自分だから当然だが。
――そう、別に冒険者ギルドが嘘の地図を売っていたわけではない。
部屋の配置が変わったのだ。
冒険者ギルドから帰ってきたあの後、俺は商店の準備をすると同時に、フィーネと部屋の配置を自由に変えられる仕組みを作っていたのだった。
最初に設計したときから考えてはいて、部屋や通路は決まった大きさのブロックで構成されるようになっていた。
また、各階層に何もない空間が一ブロック分用意されている。
後はそこに部屋を一つ退避させて、空いた空間で部屋を入れ替えていく――昔やったパズルゲームの要領だ。
「さて、後はどうするかな……」
ある程度収入の見通しは立ったが、もう少し稼いでおきたい。
それに商品も仕入れないといけないし……。
そんなことを考えながら、俺は映像の中で商品が売れていくのをいつまでも眺めていたのだった。




