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069.襲 撃

「私の愛しい魔法使い。君を信じているよ」


セインは突然の異変に少し眉を動かしたものの、岩に腰を下ろしたままだった。まったく慌てることはない。逆に、ゆったりと微笑んで傍らに立つアナベルを見ている。


「もちろんです。お任せください」


全幅の信頼がうれしくて、アナベルも会心の笑みを浮かべた。

パンの入った袋をセインに渡して持ってもらう。そこへ真っ直ぐに、彼の全身を切り裂こうと風刃攻撃が来る。


「私の魔法は、この程度の風魔法では貫けないわよ」


アナベルが腕を組んで不敵に笑ったと同時に、キィンと硬質な音が丘全体に響き渡った。


風の刃は、セインの身に触れる手前でアナベルのかけている守護の魔法に弾かれ、消滅した。

幾人もの魔法使いたちが、遠視魔法でこちらの様子を窺っている気配がひしひしと感じられる。映像だけでなく自分たちの声も聞いているようだ……。


「公爵様っ!」


異常事態に護衛騎士たちが声を上げ、急いでこちらに来ようとする。

ところが……。


「進めないっ!」

「なんだ、これは……」

「見えない壁が……」

「押し戻されるっ!」


彼らは空気の膜のようなものに取り囲まれ、そこから抜け出せないようにされていた。

どうやら敵の狙いはセインのみのようで、風魔法で彼らの足止めはしても害するつもりはないようだ。アナベルはそれに安堵する。


「皆さん、公爵様は大丈夫です。どうかご安心を!」


こちらに来ようと必死であがいている姿に、アナベルは右手を振って大きく叫んだ。

敵が騎士たちを狙わないのなら、セインを守ることにのみすべての魔法力を使える。

傍でうろうろされるよりも、少し離れた場で見ていてもらえるほうがアナベルとしては助かるというものだ。


「……呪いではない魔法攻撃を受けるのは、初めてだな」


低く呟いて何事か考えているセインの右腕に、アナベルはそっと触れた。


「複数の魔法使いが、遠方よりこちらを見ています。攻撃の意志も消えていないようですので、もう少しそのままでいらしてください」


岩から腰を上げないようにと願い、心配そうにその肩からこちらを見ているきゅきゅにも笑いかける。


「隊長。今度はセインからパンをもらうといいわ。二人で食べながら、ゆっくり見物していて。でも、一個は私にも残しておいてね」


相手が魔法使いであるなら、自分の魂が無属性であることを見られてはならない。

火の属性にでも偽装しておこう。

私は火の属性……火属性……と念じていると、周辺の空気が密度を増して重くなる。


大気が、身体を締めにかかってきた。


アナベルはセインの前に立つ。背に守るようにして両腕を広げ、この場を見ているであろう魔法使いたちに優雅に笑って見せた。


「その魔法も無駄よ! 風、集え! 支配を私に。どの魔法使いでもなく、私に従え。私に敵対する風は消えなさいっ!」


アナベルは数人が協力してかけている攻撃魔法を、思い切り弾き飛ばした。

どん、と大気が大きく震える。


無数の悲鳴が上がったのを微かに感知する。アナベルの魔法力に敵わず、魔法の反動を食らって昏倒した魔法使いのものだろう。


「力弱き魔法使いが、何人束になってかかってきても無意味よ! セインには指一本、触れさせないわ!」


こちらのほうが強く余裕があると見せれば、この攻撃で諦めて退くだろうか。

アナベルはそう考え、わざと居丈高に振る舞ってみせるも、逆効果でしかなかなった。

こちらに向けて発せられる魔法使いたちの敵意が、明確な殺意にまで昇華した。アナベルへの怒りが、ひしひしと押し寄せてくる。


人間の頭くらいある火の玉が次々と宙に出現し、そのまま降って来た。


「水、集え! 一つ残らず撃ち落とすのよ!」


天に向けて手を伸ばしたアナベルの命令に従い、青い光が火の玉を撃ち抜き消滅させていく。

火の黒魔法攻撃が中級で、アナベルがぶつけているのは水の上級黒魔法である。

だから水の威力が火に負けることはない。これが逆であれば、火の玉は水の攻撃など物ともせず、自分たちを焼いているだろう。


「私には敵わないと言っているでしょ! あなたたち程度が、私を倒してセインに危害を加えるなど、百年かかっても不可能よ!」


火の玉攻撃にも完勝したアナベルが堂々と言い放つ。が、敵はこちらを勝てない相手と理解するのではなく、さらなる怒りと憎しみの波動を向けてきた。


深紅の光輝を纏った漆黒の槍が、天を割って上空から撃ちこまれてくる。


「光、集え! 邪悪なるものを消し去れ!」


暗き気配を纏う闇の上級黒魔法。

中級魔法使いが敵わないなら、上級魔法使いで勝負することにしたようだ。

しかし、使用する魔法がひどすぎる。

少しでも肌に掠るようなことがあれば、それだけで即死の力を感じるそれに、アナベルは怒り心頭に発した。


「いくらセインが憎いからと、即死の魔法はあんまりでしょうがっ!」


力を込めて、光の上級黒魔法をぶつける。

この場に太陽が出現したかのような光が迸り、連続して撃ち込まれた漆黒の槍はすべて爆砕した。


「上級魔法使いなら勝てると思ったようだけど、甘いわ! その程度の魔法力の上級魔法なんて、私の相手ではない!」


風に髪を揺らせ、厳しく前方を睨みつけながら一歩も引かないことを宣言した。

たとえ上級魔法使いを何人相手にすることになろうとも、セインの命は必ず守る。

威力が強すぎるから、どうしてもという場合以外は使ってはいけないよ、と祖父に戒められている最上級黒魔法。

ここで相手が引かないのならば、それを使って今度はこちらから攻撃して脅しをかける。

強烈な恐怖を味わわせれば、さすがに退くだろう。

アナベルがそう考え、手を握り締めて魔法力を高めていると、大気から敵の魔法力が消えた。こちらを覗っている気配もすうっと潮が引くように離れていった。


「……消えた」


肩の力が抜ける。

大きく息を一つはくと、アナベルは額に滲む汗を手で拭った。

自分が負けるとは思わなかったが、複数を相手に魔法勝負をするなど初めての経験で、正直制御が狂わないようにとかなり緊張した。

少しでも狂えば、強く魔法を返しすぎて相手を死なせてしまう。あまり強くなさそうな相手だったので、それだけが心配だった。

宰相は人を殺す魔法使いを傍に置いているなどと声が上がれば、目も当てられない事態になる。それは免れたようで一安心である。


「アナベル。守ってくれてありがとう。だが、あんなにたくさん魔法を使って……大丈夫かい?」


セインが心配そうに言って腕に軽く触れた。そのあったかい手に、にっこりと笑ってみせる。


「私が疲れる事よりも、セインに傷一つない事のほうが大切です」


パンを食べながら見物していると良いというのは本気で言ったのだが、セインもきゅきゅも何も食べずにアナベルを案じてくれていたようだ。


「顔色があまり良くない……辛いのではないか?」

「楽とは言いませんが、攻撃は終わったようですので……」


頬に触れて優しく撫でてくれる気持ちの良い手に、アナベルは目を細める。あれだけ魔法を使えばさすがに疲労は溜まるが、セインを何事もなく守りきれたのがやっぱり一番である。


「それなら座って疲れを癒すと……」

「即死魔法まで使って攻撃しておきながら、敵わなければ黙って逃げればそれで終わりなど……世の中、そんなに甘くてはいけないと私は思うのです」

「え?」


セインの顔に自身の顔を寄せ、じっと目を見て力説したアナベルに、彼はきょとんとして瞬きした。


「報復される覚悟もなくあのような陰険な魔法を使うなど、私は認めません」


使った限りは、自分も同じような目に遭う覚悟は必要な魔法だと思う。


「アナベル……」


勢い込んで話すアナベルに、セインは気圧されたように一つ唾を飲み込んだ。


「即死の魔法は己の寿命を削ってかける魔法ですから、そう頻繁に使う魔法使いはいないと思います。ですがいまここで、二度とセインに魔法攻撃が出来ないようにします。私は敵に、逃げて終わりではないという世界もあるのだと教えたいと思います」


言い切ったアナベルに、セインは複雑な顔をした。


「だが、敵は姿を見せずに攻撃してきたのだよ。君の怒りはわかるが、そんな相手にどうやって報復するつもりだい?」


言う分はもっともだと思うが報復手段がないからここは諦めるしかないのでは、と言いたげなセインに、アナベルはいたずらっぽく笑って片目を瞑って見せた。




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