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037.初めての友達

「髪がつやつやになる魔法は、今ここで私がかけてあげる。生涯保証付きの最高のものをね」

「え? 本当に……」


魔法をかける必要のない髪だと思うが、プリシラの期待に応えれば彼女の口はきっと軽くなる。

逆に、情報を得たいからと魔法を使い脅して聞き出せば憎まれる。

そうなれば、この丸っこくて愛らしい瞳が、嫌悪の感情を宿して鋭く尖るのだ。ブルーノやオリヴィアが相手であれば何とも思わないのだが、プリシラにはそんな瞳で睨まれるのは悲しいとアナベルは思った。


「お代はいらないわ。その代わり、あなたの知る範囲でいいから第一王妃様のことを話してちょうだい。そして、次に薔薇を献上する際には私も連れて行って」


口元が嬉しげに綻び、目が期待に輝くプリシラに、アナベルはその目をまっすぐに見つめながらこちらの要望を伝えた。

プリシラは第一王妃の側近ではない。さすがに、弱みに繋がるようなことは知らないだろう。

それでも、自分の知らないことを知っているのは確実なのだ。聞かずにはいられなかった。


「王妃様のことですか……と言われましても、私は皆が知るようなことしか存じませんが……」


プリシラの、喜びの表情が一転する。

眉を下げて困惑しているその顔に、アナベルは安心させるように微笑んで見せた。


「それでいいのよ。私、そのうち王宮魔法使いの試験を受けに行こうと思っているから、少しでも王家の方について知りたいの」


試験など受けに行くつもりはまったくないが、言い渋るプリシラの口が少しでも軽くなるようにと願いながらそう言っておく。


「お嬢さんの依頼は、孫が魔法をかけるので解決しそうじゃな。わしは中級じゃが、孫は白黒両方使える上級魔法使いじゃ。必ず満足する魔法をかけて貰えるだろう。わしは疲れたから寝る」


言うなり祖母は立ち上がり、ゆっくり歩いて部屋から出て行った。


「白黒両方使える上級魔法使いなんてすごいです! さすがは、マーヴェリット公爵様が選ばれたお方……」


多大な尊敬のまなざしを寄越され、アナベルは苦笑しつつ指を鳴らした。

小気味いい音が響くと同時に、テーブルにほわんと湯気の立つコーヒーカップが二脚出現する。


「ま、魔法でこんなことまでできるのですか?」


何もなかった場所に現れたコーヒーカップに、プリシラの目は釘付けとなっていた。


「動くのが面倒くさいからズルをしたの。でも、味は保証するわよ。どうぞ召し上がれ」


言いながら怪しい品ではない証明として、先に自分が飲んでみせる。

プリシラはそれを見て素直にカップを手に取り口を付けた。一口飲むと、幸せそうに目じりが下がって顔がほころんだ。


「美味しいです~!」

「でしょう? 祖母はコーヒーがとても好きで、コーヒーにだけはお金に糸目をつけないのよ。だから、私もありがたくおいしいものを飲ませてもらっているの」


でも、セインのところで出された物はこれよりもおいしくて、初めて飲む豆を挽いた物だったとふと思い出す。

おそらくあれは祖母も知らない銘柄だ。戻ったらモリー辺りに訊ねてみよう。手に入れて贈り物とすれば、きっと祖母の喜ぶ笑顔が見られる。


「……第一王妃様は、とてもお気の毒なお方です。御子様に恵まれないまま、御年三十七歳となられました……この年ではもう御子は諦めるしかないと医師に宣告され、とてもつらいとのお話を伺いました。王太后様の縁者であられるゆえ、最も強く御子を望まれるのが苦痛のようです。先日お側に呼んで頂いた際にはとても顔色が悪く、肌もガサガサで側付の者達がどれほど尽力しても治らないし誤魔化せないと嘆いておられました……気鬱が原因のようです」


あったかくて美味しいコーヒーに気が緩んだのか、プリシラはカップを両手で持ったまま、アナベルの知りたいことを話してくれた。


「そう。側付の者達がどれほど手入れをしても治せないの……」


気鬱であるなら癒すのは光の白魔法……人の心に作用する魔法は難しいのだが、それでも治せばこちらに心を許してくれるだろうか。

褒美に、王太后に近づく道を開いてくれるだろうか。

第一王妃がこちらに協力的になれば、きっとセインの心から少しだけでも重荷が消える。

アナベルは期待に胸が弾む。ごくりとつばを飲み込んだ。


「でも、アナベルが上級魔法使いであるなら……もしかすると、王妃様のお肌を美しく整えられるかもしれません」


なんとも都合の良いプリシラの言葉に、アナベルは力強く頷いた。


「紹介してもらえないかしら?」


「……五日後に、もう一株持ってくるようにと言われていますので、お側にあがります。でも、紹介となると……私と王妃様は長くお言葉を交わせるような特別親しい関係ではありません。確実に紹介できるとは約束できませんが、一緒に行くだけでもいいなら……」


確約はできないと正直に口にしたプリシラに、アナベルは好感を抱いた。

髪を美しくする魔法をかけて貰いたいだろうに。それでも、適当なことを言ってアナベルを喜ばせようとしない。

誠実なその心根に、にっこり笑って立ち上がった。


「それで充分よ。ありがとうプリシラ」


プリシラの背後に立つ。

約束を叶えるべく、その髪を優しく撫でた。


『光、集え。水、集え。いつも元気でつやつやな髪にな~れっ! 光り輝く麗しい髪。それは生涯あなたのもの』


とてもいい髪だと思うのだけど……と心の内で呟きながらも魔法はきちんとかけた。

プリシラの髪が黄金の光に包まれる。

一つ瞬きした後、光の消えた髪にプリシラがそっと触れる。そして、その面に歓喜の笑みを浮かべた。


「すごい! すごいです。まさかこんなにつやつやになるなんて! 傷みがすべて消えてます。ありがとうございます。一生感謝します!」


席を立ったプリシラは、アナベルに向かって大仰に頭を下げた。

その姿に、少しは変化があるように思うが大きな違いはないな、と思うアナベルは曖昧な頷きを返しておいた。

美容魔法は、元が美しい人にどれほど高度な魔法をかけても劇的な変化は見られないのだ。

でも、本人がとても喜んでいるようなので、これでいいのだろうという気持ちにはなった。


「こちらこそ、知り合えてとても嬉しいわ。一生なんてそんな大げさなものは構わないけど……約束はよろしくね」


「はい! アナベルの力で王妃様に笑顔が戻ると嬉しいです。王妃様は、マーヴェリット公爵様にあまり良い感情をお持ちでありません。ですが、それは王太后様の意思に引き摺られているところが多分にあるのです。私は、まだ関係改善の望みはあると思うのです」


「それは……」


とってもいい話だ。

第一王妃が王太后と組んでセインに何かしらの魔法攻撃をしているというなら敵でしかない。

だが、正確なことを調べもしない内から第一王妃を敵として攻撃しようなどとは考えていなかったところにプリシラがくれたのは、朗報だった。

五日後の訪問を約束し、プリシラは帰ることとなった。

アナベルは見送りに出る。


「私は薔薇の育種をよく知らないからこれしか言えないのだけど……あなたはきっと、王家のお抱えになれる人だと思うわ」


店先で手を差し出すと、プリシラは両手でアナベルの手を握った。


「王家にお仕えするよりも、アナベルの側でアナベルに相応しい薔薇を育てる人間になりたいです!」

「え?」


満面の笑みと共に寄越された思いも寄らぬ言葉に、アナベルはきょとんとした。

どのような名門貴族のお抱えになるよりも、王家に仕える方が格は上と見做される。

それは薔薇の育種家に限ったことではなく、他の技能を持つ者であっても皆そうである。

プリシラとてそれを知らぬ筈はないだろうに、いくらアナベルのことをセインの婚約者と信じているからと、そのような追従は言うべきではない。


「走るとすぐに転ぶ私にあのように親切に接してくださったのは、両親以外はアナベルだけです。他は皆、何故何度も転ぶのだと気味の悪いものを見るような目で見るか、馬鹿にして嗤うばかりでした。……私だって、転びたくて転んでいるわけではないのです。だから、優しくしてくれて、その上髪まで理想以上に美しくしてくれたアナベルにお仕えしたいのです!」


頬の紅潮したプリシラに、妙な熱の篭った視線で見つめられる。

重い口調で過去を語る姿に、プリシラがすぐに転んでしまうことを苦にしていたのはよくわかった。やはり難儀していたのだと改めて気の毒に思うも、アナベルがそれを嗤わなかったから仕えたいと言うのは行き過ぎている。


「つ、仕えると言われても……」


そんなのは困るので自然と身体が後ろに退いてしまうアナベルに、プリシラが詰め寄ってきた。


「先ほど褒めてくださった薔薇を第一の捧げ物といたします!」

「何を言って……それは、第一王妃様に献上する物でしょう?」


ぎょっとする。

献上品をプリシラがアナベルに流したなどと第一王妃が知ることとなれば、味方に取り込むどころか憎まれる道を突っ走るだけではないか。


「大丈夫です。献上品は父の作品です。私の咲かせたあの子は、まだ誰からも購入希望を頂いておりません。明日、お持ちいたしますね!」


プリシラはその場で丁寧に礼をした。

アナベルの返事を聞こうともせず、路地に出る。

路地に出たプリシラは、己の髪の輝き具合が嬉しくてたまらないらしく、浮かれて走った。


「待って! あ……」


アナベルが声をかけた時にはものの見事に転んでいた。


「痛いです~!」


石畳の道に座り込んでべそをかく。

アナベルは苦笑しつつその傍に歩み寄った。


「仕えるというのではなく、友人になってくれる? 私、親しい友人というのがいないから、あなたがそうなってくれると嬉しいわ」


王都の高等学院で学友はいたが、卒業しても連絡を取りたいと思うような親友はいなかった。今日初めて会ったばかりであるが、雰囲気が好ましいプリシラがその親友になってくれたらいいな、と思った。アナベルはこれまで特別親しい友人が欲しいと思ったことはなく、他者にこんな感情を抱くのは初めてだった。

足の治療をしながら持ちかけると、プリシラの表情がまるで太陽のように輝いた。

アナベルはその背後に、咲き誇る美しい薔薇の幻を見る。

彼女は薔薇の精霊に愛された人だ。きっと、ベリルの歴史に名を遺す育種家となるだろう……。


「はい。喜んで! 私も友人なんて初めて……嬉しいです!」


立ち上がったプリシラが、感激して走り出そうとするのをアナベルは腕を掴んで止める。

プリシラの足は本当にどこにも悪いところはなく、アナベルの魔法をもってしても転ばないようにするのは不可能だった。

だから、アナベルに出来ることは一つだけだ。

ゆっくり歩いて帰ることを約束させた。


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