027.求 婚
「それはいい、など……どうしてそんなことが言えるのだ?」
肩に触れる手が震えている。
激しい動揺が見えるセインに、アナベルは首を傾げながらも偽りのない気持ちを答えた。
「爵位を失い財産が無くなっても、セインの性格が変わらないなら構わないと思いましたので、そうお答えしただけです。私は、セインと隊長を養えるくらい稼ぐ自信があります。お菓子を作るのも好きですから、たくさん食べさせてあげることも出来ますので……」
王都の片隅で、アナベルが魔法屋を営みセインときゅきゅはお店番をしていればいい。
そこにセインの爵位や財産がなくとも、何にも問題のないことだ。
いや、問題がないどころか、二人が側にいてくれたならとても楽しい暮らしになるかもしれない。
「は、はは……まさか……ベリル一の名門……王家すら強いことの言えないマーヴェリット公爵の妻の地位より……何も持たぬ太った男と暮らすので構わないと真顔で言いきる女性をこの目で見られるとは、思わなかった……」
貴重な生き物を見つけた、とばかりの感動の眼差しを向けられたアナベルは、眉を下げて苦笑いした。
「そんな大げさな……。難しい言葉を無しにしてまっすぐお訊ねになれば、私のように答える女性はたくさんいらっしゃいますよ。セインは夢をあきらめる必要などまったくありません」
喜んでいるセインには悪いが、アナベルの言葉など少しも特別なものではない。
セインと令嬢方の会話の内容はわからないが、アナベルが考えるに、セインの言葉は相当回りくどいのだと思う。
だから令嬢方は困惑し、セインの望む答えから外れたものを答えてしまうだけなのだ。
「陛下が快癒されて、誰もセインに王位継承を考えなくなれば、呪いを解いてそのお気持ちを素直に令嬢方に伝えればいいです。そうすれば可愛いお嫁様がすぐに見つかりますよ」
馴れ馴れしいかなと思いつつもアナベルは、大丈夫夢は必ず叶う、との励ましを込めてセインの肩をポンと叩いた。
すると、セインは唇を歪めるようにして苦笑した。
「口では出来ると皆言ったよ」
「え?」
意外な言葉にアナベルはきょとんとして目を瞬いた。
てっきり、自分に問うたようにして女性を驚かせているものとばかり思っていたのだが、わかりやすく夢を伝えて出来るという回答を得ているなら話は変わる。
それならば、セインが結婚相手に対して絶望を抱く必要などない。
「しつこく言い寄ってくる者達に聞いたことがあるのだ。私が貴族でなくなっても結婚できるかとね……。皆、不思議そうな顔をしながらも出来ます、と判で押したように答えた。だがね、そんなことはありえないでしょう、と目が言っているのだ。ただ、公爵の機嫌を取って己を見初めて貰おうとして答えたに過ぎないとわかるのだよ」
困惑するアナベルに、セインは冷めた声で淡々と言った。
それは絶望を強く感じさせるものだった。
しかし、そうして言い切られても、アナベルは今一つ納得できなかった。
「それは、女性の言葉を疑い過ぎなのではないでしょうか。セインは、公爵でなくても女性を幸せにできる素敵な殿方だと思いますので、皆さんもそう思って素直に答えているのでは……」
セインは、ブルーノのような上昇志向の塊で、その為ならどんな非道も平然と行える男より、万倍良い人間である。
自身のことよりも国のこと王のこと……と、他者を思い遣れる人なのに、公爵でなければ価値がないなど女性たちはそんな風に思うものだろうか。
「私が素敵? ああ、月の欠片をあげたから君は過剰に恩に着ているのだな。気にしなくともいいのに、君は本当に真面目だな」
と言って、再び頭を撫でられた。
セインに頭を撫でられるとなんだかとてもいい気持ちになるので、それは良い。だが彼のほうこそアナベルを過剰に良い人間だと思い込んでいるようで、それは困る。
「恩義を感じているのはもちろんですが、それだけで言っているのではありません。少しお話ししただけでも、セインの人間性が素晴らしいと感じたから素敵な人だと言ったのです。令嬢方も、きっとそれを知っているからこそ、結婚できると答えたのだと思います」
「…………」
今度はセインが納得のいかないような顔をしている。
だが、無言でいるのをいいことに、アナベルは己の思いを伝えようと畳みかけた。
「マーヴェリット公爵家の権威や財産が私の想像などまったく及ばないものであるのはわかりますが、セインの価値はそれだけではありません。私に、魔法使いでなくともいいところがあるとおっしゃってくださったように、セインも、公爵でなくとも財産がなくともそれを補ういいところがたくさんあります」
切れ者の宰相として名高いのだ。頭は良いだろうし、ジャンが言うには運動神経もよさそうだ。実際、ダンスはとても上手だった。
そして、なんといっても貴重な光属性の魂の持ち主である。
人柄の良さは折り紙付きであり、何をしようと大成するのは間違いなしだ。
市井の人となっても妻子を守れる立派な殿方として、問題なく生きていけるだろう。
自分の思いがうまく伝わっていることを願いながらセインを見つめていると、その面に柔らかな笑みが浮かんだ。
「嬉しいことを言ってくれる。……だがね、私はこれでも公爵家の当主、政務の長として数多くの人間と接している。だからだろうかね、人の目を見ているとその人間の性質が何となくわかるのだ。私と結婚を望む人間の中に、君のようなまっすぐであったかい者はいなかったよ」
「…………」
令嬢方に感じたものは思い込みではない。とはっきり言いきられては仕方がない。これ以上反論して機嫌を損ねたくはなかった。
しかし、ならばセインの周りに集った令嬢とは、ブルーノのような人間ばかりだったのだろうか。
それでは一途な愛を求めれば求めるほど、心にたくさんの傷を負ったはずだ。
なんとも気の毒すぎる。
マーヴェリット公爵夫人の地位に令嬢方が憧れる気持ちはわからないでもない。なんと言っても、大陸で五指に入る大国ベリル一の名門貴族の当主夫人なのだ。権力や財産に目がない令嬢であれば、是非とも手にしたいと望むものだろう。
だが、それを得るための道具のように見なされたセインは、これまで一体どれほど心が寒くなる時間を過ごしてきたことか……。
アナベルはセインを大切な人と思うが、それは決して、公爵夫人になりたいからといった理由ではない。
セインがもし、公爵位を返上して一般の民となっても大切な人というのに変わりはないだろう。
むしろそのほうが、一緒に暮らしませんかと大手を振って誘えるのでいいかもしれない……。
とまで考えてしまい、はっとして大慌てて首を盛大に振った。
これではセインが没落すればいいと思ったも同然である。
「アナベル?」
罰当たり思考を追い出そうとぶんぶん頭を振っているアナベルを、セインが怪訝な目で見ていた。
「な、なんでもございません!」
「そうかい? それにしても……君は、本当にかわいくて……身も心も美しいね」
「へ?」
愉快そうに笑っているセインにぽんぽんと肩を叩かれ、アナベルは間の抜けた声をあげてしまった。
頭の振りも止まる。
「今ももちろん美しいが、夜会の君は言葉にできないほど綺麗だった。あの君を見て、私は自分だけが知る場所に閉じ込めて誰にも見せたくないと本気で思った。女性に対してこんなことを思ったのは初めてのことだ」
「そ、それは褒めすぎです!」
何を真面目な顔をして淀みなく語っているのだ。
舞い上がっておかしくなりそうなので勘弁してほしい。
「そんなことはない。私はね、君が何でもすると言ってくれたから婚約者になってほしいと頼んだ。他の者が言ったのであれば、たとえその者がどんなに優れた魔法使いであっても、その依頼はしなかったよ」
「え?」
両手を取られて真率な眼差しで見つめられる。
アナベルはきょとんとして目を瞬いた。
「君が側にいてくれたなら、この先の生涯を、心地よく生きていけるように思えたのだ。そしてそれは間違いではなかったと、今の会話で確信した。……私は君がとても好きだ。ぜひとも妻になってほしい」
「……そのお話はお受けしておりますが? 陛下が快癒なさるまで、きちんと偽装婚約者としての務めを果たします。どのような呪い攻撃が来ても大丈夫ですよ。ちゃんとセインが心地良く暮らせるように守って御覧にいれます。契約を反故になど致しません」
念を押さなくとも大丈夫だ。
アナベルは、そんな不義理は絶対にしない。命を救ってもらっているのだ。その恩は必ず返す。
セインは心配性なのかしら、と思いながら安心してもらおうと笑みを浮かべるアナベルに、セインはとても困ったような顔をした。
「偽装ではなく、本物の妻となってほしいと言っているのだが……」
「ほんもの?!」
とんでもない言葉が耳に飛び込んだアナベルはぎょっとして声が裏返ってしまった。
だが、セインにはアナベルのおかしな声を気にする様子はまったくなかった。
「私の夢を叶えてくれるのは君だ。君しかいない」
「違いますセイン。勘違いなさっては駄目です。私のような考えの持ち主など大勢います!」
熱の篭った声で言い切るセインに、自分が聞いている言葉は幻聴ではないと自覚し、アナベルは身体まで大きく動くほど首を横に振った。
「私は特別な考えの持ち主ではありません。隊長が肩に留まってくれるからと、あなた様のような清廉な人間でもないのです。呪いが解けてもブルーノを許せなくて、ああして出世の野望を断てたことを嬉しく思う人間です。善良でなく、悪いことをたくさん考えるのです。セインはきっと、私が大切な飛竜を癒したことで私をちょっと他の人よりも良いように見過ぎなのだと思います。でも、それは私がたまたま魔法使いであったからで……」
「君の他に公爵夫人の地位を目当てにしない者が大勢いたとしても、君が悪人であったとしても、君がいい」
「…………」
焦って早口になっていたアナベルを、セインが抱きしめて耳元に囁いた。
頭が真っ白になって、なんと言って返せばいいのかわからなくなった。




