第185話「再起への誓い」
黒影衆の里に、朝日が差し込んでいた。
医療所の一室では、白石ユズハが四人の忍びの診察記録を確認していた。
蒼真、蓮司、凛、そして神崎レイ。
かつての激戦で負傷した四人は、長い療養期間を過ごしていた。
しかし、その日、ようやく回復の兆しが明確に現れ始めていた。
「蒼真さん、まずはこちらへ」
ユズハに呼ばれ、蒼真が椅子へ腰を下ろした。
「お願いします」
「脇腹の痛みはどうですか?」
「ほとんどなくなりました。身体を捻っても、前みたいな痛みはありません」
ユズハは傷の状態を慎重に確認した。
「……傷口はしっかり塞がっていますね」
蒼真の表情が明るくなった。
「じゃあ、もう訓練できますか?」
「軽い訓練なら許可できそうです」
「本当ですか!」
「ただし、強い風遁や激しい戦闘訓練はまだ禁止です」
蒼真は苦笑した。
「やっぱり、いきなり全部は駄目ですよね」
「当然です」
ユズハは記録に筆を走らせた。
「まずは身体を動かす感覚を取り戻してください」
「はい!」
続いて、蓮司が診察を受けた。
「蓮司さん、腹部の痛みは?」
「もうほとんどありません。歩くのも普通にできます」
「軽く身体を捻ってみてください」
蓮司はゆっくりと上半身を動かした。
以前なら痛みが走っていた動作だった。
しかし、今回は表情を変えることなく動かせた。
「……おお、痛くねえ」
ユズハは頷いた。
「回復は順調ですね」
「じゃあ、俺も剣を振っていいんですか?」
「軽い素振りからです」
「よっしゃ!」
「ただし、全力で振るのは禁止ですよ」
「分かってますって」
ユズハは蓮司をじっと見つめた。
「本当に?」
「……はい」
蒼真が横で笑った。
「信用されてないな」
「お前も似たようなもんだろ」
二人のやり取りを聞きながら、凛が前へ出た。
「次は私ですね」
ユズハは頷いた。
「凛さんは、チャクラの回復状況を確認します」
凛は椅子へ腰を下ろした。
「最近は疲れやすさもなくなってきました」
「普段の生活で、身体が重くなることは?」
「ほとんどありません」
ユズハは脈と呼吸を確認した。
「……いいですね。体調はかなり戻っています」
凛は安心したように息を吐いた。
「よかった」
「ただし、水遁の使用は少量のチャクラから始めてください」
「はい」
「水壁や水流陣のように、チャクラを多く使う術はまだ控えましょう」
凛は頷いた。
「分かりました」
三人の診察が終わると、最後にレイが呼ばれた。
レイは左肩を固定したまま、静かに椅子へ腰を下ろした。
ユズハは包帯を確認した。
「レイさん、今日は左肩の状態を詳しく診ます」
「……ああ」
「痛みはどうですか?」
「安静にしていれば、ほとんどない」
「腕を動かそうとした時は?」
「以前ほど痛まなくなった」
ユズハは頷いた。
「では、固定を外して確認しましょう」
レイの表情が変わった。
「……外すのか?」
「はい。回復状況を見て判断します」
ユズハは慎重に固定具を外した。
長い間動かしていなかった左腕が、ようやく自由になる。
しかし、レイはすぐには動かさなかった。
「……」
「ゆっくりで構いません。痛みが出たらすぐに止めてください」
レイは右手で左腕を支えながら、少しずつ動かした。
肩に僅かな違和感が走る。
それでも、以前のような鋭い痛みはなかった。
「……動く」
小さな声だった。
ユズハは肩の動きを確認した。
「いいですね。可動域はまだ狭いですが、回復しています」
レイは左手を見つめた。
「……固定は?」
「今日から外して生活しても大丈夫そうです」
レイの目が僅かに見開かれた。
「……本当か?」
「はい。ただし、急に腕を振ったり、重い物を持ったりしないでください」
「……分かった」
ユズハは続けた。
「二刀を使う訓練は、もう少し先です。まずは肩を動かす感覚を取り戻しましょう」
レイは静かに頷いた。
「……ああ」
蒼真が笑顔で声をかけた。
「よかったな、レイ!」
蓮司も頷いた。
「ようやく四人とも訓練に戻れそうだな!」
凛は微笑んだ。
「無理しない範囲でね」
レイは三人を見回した。
「……分かっている」
しかし、その口元には僅かな笑みが浮かんでいた。
診察を終えた四人は、医療所の外へ出た。
久しぶりに並んで歩く道だった。
蓮司は両腕を上げ、大きく伸びをした。
「いやあ、長かったな!」
凛が呆れたように言った。
「まだ完全に治ったわけじゃないでしょう?」
「分かってるって。でも、ようやく動けるんだぜ?」
蒼真も頷いた。
「俺も嬉しいよ」
レイは左肩をゆっくりと動かしていた。
蒼真が尋ねた。
「どうだ?」
「……まだ少し重い」
「痛むのか?」
「いや。長く動かしていなかったからだろう」
凛が言った。
「焦らず戻していけばいいわ」
レイは頷いた。
「……そうだな」
四人は訓練場の近くまで歩いた。
そこでは、下忍たちが木刀を使った稽古を行っている。
蒼真は足を止めた。
「……懐かしいな」
蓮司が笑った。
「何年も離れてたみたいな言い方だな」
「それくらい長く感じたんだよ」
凛は訓練場を見つめた。
「明日から、少しずつ戻れるのね」
レイが静かに答えた。
「……ああ」
その時、背後から声がした。
「全員揃っているようだな」
振り返ると、影宗が立っていた。
「影宗さん!」
蒼真が声を上げた。
影宗は四人の顔を見渡した。
「ユズハから報告を受けた。回復は順調らしいな」
蓮司が笑った。
「はい! ようやく訓練できそうです!」
「そうか」
影宗は頷いた。
「だが、焦るなよ」
「分かってます」
「特に蓮司」
「俺だけですか?」
「お前は勢いで動くところがある」
蒼真が笑った。
「確かに」
「お前もだろ!」
影宗は二人のやり取りを見て、小さく笑った。
そして、表情を引き締めた。
「明日から、四人の訓練復帰を認める」
四人の表情が変わった。
「ただし、最初は軽い動作確認からだ」
蒼真が頷いた。
「はい!」
「蓮司は基本の剣術。凛は少量のチャクラを使った水遁の確認。レイは肩の可動域を優先する」
レイが尋ねた。
「……二刀は?」
「まだだ」
影宗は即答した。
「まずは片腕を無理なく動かせるようになってからだ」
レイは少し残念そうにしたが、頷いた。
「……分かった」
影宗は続けた。
「そして蒼真」
「はい」
「お前は風間コウガの指導を受けろ」
「風遁の訓練ですか?」
「最初は構えと身体の動きだ。術を使うかどうかはコウガが判断する」
「分かりました」
影宗は四人を見つめた。
「お前たちは、これまで何度も危険な任務を乗り越えてきた」
四人は静かに聞いていた。
「だが、強さとは敵を倒す力だけではない」
蒼真は以前、影宗から聞いた言葉を思い出した。
「仲間を守り、生きて帰る力も必要だ」
影宗は続けた。
「今回の療養期間で、それを学んだはずだ」
蒼真は頷いた。
「……はい」
蓮司も真剣な表情になった。
「俺、今まで怪我を甘く見てたかもしれません」
凛が言った。
「私も、自分のチャクラの使い方を見直しました」
レイは左手を見つめた。
「……俺は、戦えない時間の怖さを知った」
影宗は頷いた。
「ならば、その経験を無駄にするな」
四人は顔を上げた。
「明日からの訓練は、以前の自分を取り戻すだけではない」
影宗は静かに告げた。
「以前よりも強い忍びになるための第一歩だ」
蒼真は拳を握った。
「……はい!」
夕方、四人は里の外れにある小高い丘へ向かっていた。
そこは、以前にも任務の前後に集まった場所だった。
丘の上からは、黒影衆の里が一望できる。
蓮司が地面に腰を下ろした。
「……やっぱり、ここは落ち着くな」
凛も隣に座った。
「そうね」
蒼真は夕日に染まる里を見つめた。
「俺たち、また四人で任務に行けるかな」
蓮司が即答した。
「当たり前だろ」
凛も頷いた。
「そのために、今まで休んできたんでしょう?」
レイは静かに言った。
「……まだ、俺は二刀を使えない」
蒼真が振り返った。
「分かってる」
「戦場に戻っても、以前と同じように動けるとは限らない」
蓮司が答えた。
「だったら、俺たちが支えればいい」
レイは蓮司を見た。
「……お前が?」
「何だよ、その反応」
凛が笑った。
「でも、蓮司の言う通りよ」
蒼真も頷いた。
「俺たちは四人で戦ってきたんだ。これからもそうだろ?」
レイはしばらく黙っていた。
やがて、小さく頷いた。
「……ああ」
蒼真は右手を差し出した。
「じゃあ、約束しようぜ」
蓮司が笑った。
「何を?」
「次の任務も、四人で生きて帰る」
凛は微笑んだ。
「いいわね」
蒼真の手の上に、凛が手を重ねた。
続いて蓮司も手を重ねる。
「もちろんだ!」
最後に、レイが右手を伸ばした。
「……当然だ」
四人の手が重なった。
蒼真は仲間たちを見回した。
「誰か一人だけ強くなるんじゃない」
蓮司が頷いた。
「四人全員で強くなるんだろ?」
「ああ」
凛は笑った。
「今度こそ、無茶をしないことも約束してね」
蓮司が苦笑した。
「それは蒼真に言ってくれ」
「お前もだろ!」
レイは小さく笑った。
「……どちらもだ」
四人の笑い声が、夕暮れの丘に広がった。
東国では、戦乱の気配が強まりつつある。
黒影衆にも、いつ新たな任務が下されるか分からない。
だが、四人はもう以前のように焦ってはいなかった。
今は一歩ずつ、確実に前へ進む。
そして、再び戦場へ立つ日が来た時には、必ず仲間と共に帰ってくる。
夕日を背に、蒼真は静かに誓った。
「……絶対に、みんなで帰ろうな」
三人は力強く頷いた。
長い療養の日々が終わり、新たな成長への道が始まろうとしていた。
第185話 完




