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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第9章 崩壊 / What a wonderful world

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第90話 bind-rebind

放課後の住宅街は、夕焼けの色に沈みつつあった。帰宅ラッシュの車の音と、遠くで鳴る子どもの笑い声。


その日常の中を、ユウはまるで自分だけが世界から切り離されたような足取りで歩いていた。


玄関を開けると、いつもより早く明かりがついており、リビングから母の声がした。


「おかえりなさいユウ」


「ただいま」


靴を脱ぎながら答えると、母はキッチンの手を止めてこちらを見た。エプロンのまま、何かを言い出そうとして、ためらっている。


「話があるんだけど、いいかしら?」


「???」


ユウは食卓の定位置に座りながら首をかしげた。

母がこんな風に切り出すのは、まるで何かの“告白”を前にしているようだった。


「この前テレビを見ていたの」


「…そしたら、ほら今流行ってる、バスってるっていうのかしら」


「母さん…」


「配信アプリっていうの?特集をやっててね」


「それの配信にユウが映ってて…」


その瞬間、時間が止まったように感じた。母の言葉が現実を貫く。逃げ場のない「真実」が、ユウの胸を静かに突き刺す。


「……あれはユウよね?」


リビングの照明がやけに白く眩しく、ユウは視線を落とした。否定しようと思えばできた。だが、そんな嘘は母には通じない。


ユウは何も言わず、ただ拳を握った。

母は一歩、近づいた。


「クラヴァルちゃんもね」


「お母さんはクラヴァルちゃんのコスプレをしている友達だと思ってたの」


「でも…違うのよね?」


「本物のクラヴァルちゃんなのよ、ね?」


ユウの胸に、冷たいものと温かいものが同時に流れ込む。母は“知っていた”のだ。何も知らないと思っていた母が、すべてを理解していた。


「ねえユウ。悪いことに加担したり、誰かに騙されてるわけじゃないのね?」


問いかけは、責める響きではなかった。母親として、息子を信じたい一心での言葉だった。


ユウはゆっくりと頷いた。


「大丈夫だよ。悪いことはしていない、言い切れるよ」


母は静かに息を吐き、微笑んだ。その笑みはどこか泣き出しそうで、それでも強かった。


「そう。ならお母さんはあなたの味方よ」


胸の奥で何かが崩れ、同時に立ち上がる。ユウは小さく笑って言った。


「ありがとう母さん」


母はうなずき、微笑む。けれどその目には涙が光っていた。



ユウは立ち上がり、何かを決意したような足取りで、窓のほうへと歩いた。


「多分ここでもできるはずなんだ」


「???」


ユウはゆっくりと右手を前に出した。空気がわずかに震えた。


指先に青白い光が集まり、空間がねじれる。

そこに、世界の“ひずみ”が開いた。風がリビングを吹き抜け、カーテンが大きく揺れる。


母が思わず一歩、後ずさる。


リビングに、風が渦を巻いた。

それは空調の風でも、開け放たれた窓の隙間風でもなかった。


世界そのものが、ユウの存在に反応して揺らめいている。母は声を失い、ただその場に立ち尽くしていた。息子の前に広がるのは、蒼い光に満ちた円環。


輪郭は液体のように波打ち、まるで水面が立体化したかのように空間がねじれている。


ユウは静かに呟いた。


「母さん。ちょっと出かけてくるよ。クラヴァルのお見舞いにいかなくちゃ」


その声は穏やかで、どこか別人のような落ち着きを帯びていた。


母は震える声を絞り出す。


「ユウ……それ、どういう——」


ユウは振り返り、柔らかく微笑んだ。

それは幼い頃、遠足に出かける前に見せた笑顔と同じだった。


「全部終わったら、合わせたい人が二人いるんだ」


「……?」


「じゃあ、いってきます」


青白い光が一瞬強まり、リビングを包み込んだ。

風が爆ぜるように広がり、ユウの姿が光の向こうに溶けていく。


「ユウッ——!」


母の声が届くより早く、光は収束し、音も風も止んだ。ただ、カーテンがゆらりと揺れ、残された空気だけが温もりを残していた。


一拍の静寂の後、母は我に返る。


「……ハッ! ……びっくりだわ!」


あまりに非現実的な出来事を前に、声が裏返る。

そして、慌ててスマートフォンを掴んだ。


「お父さんに連絡しなきゃ!」


そう言いながら通話ボタンを押す。

——息子はもう、“普通の世界”には収まらないのだと、どこかで理解していた。



瞬間、景色が反転した。


ユウの体がふわりと浮き、耳の奥に空気の爆ぜる音が響く。光の粒が散り、視界が形を取り戻していく。


風の匂いが変わった。湿り気を帯びた草の香り。

目を開けると、そこは黒い半球のあった草原——異世界のアヴラスの大地だった。


「……帰ってきた」


風が髪を揺らす。

空は高く、雲がゆっくりと流れている。


この世界の重力、この空気の密度、この光の眩しさ——どれもが懐かしく、そして心地よかった。


ユウの胸に、言葉が溢れていた。

(母さんも、真宮先生も、SNSも……俺を応援してくれる…!)


(応援っていいなぁ……力が湧いてくる!)


その瞬間、彼の瞳が一瞬だけ青く光を帯びる。


ユウは前を向く。

目指すはただ一つ——クラヴァルのいる診療所。

今なら、“解る”。リゼとクラヴァルがどこにいるのかを。


「待ってて、クラヴァル。…すぐ行くから」


彼の背後で、草がざわりと揺れた。

異世界の風が再び吹き抜け、青い光の残滓をかき消していった。


アヴラスの街外れにユウは現れた。


石畳の道を外れて坂を下ると、ひっそりと木造の診療所が建っていた。小鳥のさえずり、薬草の香り、包帯を干す窓が見える。


ユウは息を整え、静かに扉を開ける。中は暖かな光に満ちていた。


ベッドの傍らにはリゼが腰をかけ、クラヴァルの枕元で何やら世話をしていた。


二人の姿を見た瞬間、ユウの胸の奥で何かが熱く弾けた。


「遅くなってごめん」


その声にリゼとクラヴァルが同時に振り向く。

クラヴァルは微笑を浮かべ、弱々しく手を上げた。


「気にしないで。リゼがいたから退屈しなかったわ」


リゼは腕を組んで呆れたように言う。


「口だけは元気だけど、まだ安静が必要よ」


「でもねこの娘、“ユウを感じる!来るわ!リゼ、お化粧してくれる!?“って」


ユウは苦笑して答えた。


「風呂出たときスッピンだったじゃないか」


リゼの目がまん丸になる。


「……風呂?」


ユウははっとして口をつぐんだが、もう遅い。

クラヴァルの顔がぱっと赤く染まり、枕を握りしめる。


「なっ……!ちょっと、それ言う!? リゼの前で!」


「ご、ごめん!いや、その、別にやましい意味じゃなくて!」


リゼはじっとユウを見つめた。


「……へぇ。なるほどねぇ……」


妙に含みのある声に、ユウは目を逸らすしかなかった。


その場の空気がようやく柔らいだ瞬間、ユウは静かに続けた。


「今度リゼも連れて行くよ。母さんにも会わせたいし」


リゼが目を丸くした。


「ユウ、それってつまり——」



穏やかな空気は次の瞬間、粉々に砕け散った。

ガラスが震え、窓の外で影が走った。診療所全体が揺れ、壁の薬瓶が次々と落ちて割れる。


「なにっ!?」


リゼが叫ぶ。

外を見ると、黒い霧のような塊が地を這うように広がっていた。


「こんなときに!しかもあれは前に街を襲ったヤツ!」


以前、リゼの街を破壊し、ジャスクが辛うじて撃退した異形——その再来だった。


巨体の皮膚は鉄のように硬く、口からは黒煙が吐き出されている。


クラヴァルが体を起こす。


「私が出るわ……」


「無茶言わないで!」


リゼが怒鳴り、支えようとするが、クラヴァルはそれを押し退けた。


ユウがゆっくりと立ち上がった。


右手を窓の外に向ける。


「二人とも大丈夫。俺がやる」


その声音に迷いはなかった。体の周りが淡い青の光に包まれ、髪が風に舞い上がる。


(俺なら……できる!)


頭の中に、いくつもの声が反響する。


――帰還者「応用とはイマジネーションだ。形に縛られるな。」


――真宮「魔素を媒介にして、情報を変換し、さらに電子信号へ置き換えている。だから私たちが見ているのは“翻訳された魔素”にすぎない」


――ロア「……本当に人間?」


――ハナラ「作った魔術が増えすぎて、いちいち唱えたり構築するのがめんどくさくなったんだよね」


――ナズ「最大化(マキシマ)──全開(フルスペック)!」


(今ならわかる! バインドの本質が!)


――帰還者「使いこなしてみろ、城野君。」


ユウは拳を握り、右腕を振りかざす。


「……バインド!」



その瞬間、空気が裂けた。


青い光が閃き、窓の外の巨大な異形が音もなく輪切りになっていく。


何ブロックにも分解されたその肉体は、重力に逆らえずに崩れ、風に散った。


数秒の沈黙。


そして、呆然と立ち尽くすリゼとクラヴァル。

外では駆けつけた兵士たちも、その光景を理解できずにいた。


ユウは右腕を下ろし、静かに言う。


「これがバインドの本当の力。これからは二人を俺が守るよ」


言葉と同時に、外の空気が歪む。

霧散した異形のいた場所に、空間の亀裂が走った。


そこから、軽やかな笑い声が聞こえる。


「ラスボスっぽくなってきたじゃないか、城野ユウ!」


黒い霧の中から、トレンチコートの男が姿を現した。


タイムパトロール――TP。

かつて星嶺と共に消滅したはずの存在。


ユウの目が見開かれる。


「タイムパトロール……! 星嶺さんと一緒に消えたはずじゃ……!」


TPは肩をすくめ、軽薄に笑った。


「また会おうって言ったじゃないか! それとも“I’ll be back”の方が良かったかな?」


ユウの拳が震える。


「この野郎……!」


そのときだった。

ユウの耳元で、ふわりと柔らかい声が響く。


「大丈夫ぅ。あの人はあそこから動けないょ」


「え? ……誰?」


リゼでもクラヴァルでもない。

姿は見えない。

だが確かに、ユウのすぐそばで語りかける声。


「あの空間全体の魔素で拘束(バインド)してるからぁ」


ユウはその声に導かれるように、両手を合わせた。掌の間に光が集まり、空気が震える。


TPの顔色が変わる。


「これは! アイツ(帰還者)と同じ! 城野くん!やめるんだ!その領域の──」


パァン――。


乾いた破裂音が空間に響いた。光が弾け、TPの姿が消えた。青い光が粒子となり消えていく。


ユウは手を下ろし、静かに息を吐いた。

その背中を、リゼとクラヴァルが見つめていた。


言葉を失い、ただ、その異質な力と静かな瞳に圧倒されていた。


リゼの唇がわずかに動く。


「……ユウ……」


ユウは振り返り、微笑んだ。


「大丈夫。俺がいる限り、この世界は壊させない」


その瞳はどこか、“魔素そのもの”に似た青の輝きを放っていた。

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