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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第8章 それは配信を超えた物語 / the beginning

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第75話 その向こうへ-2-

森の空き地に、木剣がぶつかり合う甲高い音が何度も跳ね返った。乾いた衝撃が幹を伝い、鳥たちを驚かせて飛び立たせる。


リゼは額から汗を滴らせ、乱れる呼吸を必死に整えながら剣を握っていた。手のひらは摩擦で熱を帯び、指先は感覚が痺れている。


だが彼女の瞳は獲物を射るように鋭く、揺るぎはなかった。


(もっと速く…これじゃ遅い!間に合わない!)


焦燥が胸の奥で脈打ち、次の瞬間、思いつきに近い衝動で(ライトニング)を二重に重ねる。


魔素が血管を奔流のように駆け抜け、筋肉は限界を超え躍動し視界はすべてを捉え、思考は異様な速度で加速した。


ナズの肩の筋肉が収縮する予兆が《線》から《点》にまで収束する。刹那の未来が、まるで目前に浮かび上がるかのように。


「──っ!」


リゼは反射的に踏み込み、相手の剣を叩き弾いた。ナズが驚きに目を見開いたときには、もうリゼの動きが届いていた。


勝利の感覚。だがそれは、すぐに崩れる。


「っ……ぐ、うぅ!」


膝が崩れ、身体が地面へと叩きつけられた。

指先が掴んだ土は冷たいはずなのに、遠い。


視界の端はざらつき、色が粒子に分解されるように揺らいだ。


「……え?」


口から漏れた声さえ、自分の耳に届かない。


木々のざわめきも、ナズの荒い息遣いも、

水の底から聞こえるように歪んで遅れて押し寄せてきた。


次の瞬間──世界が一枚抜け落ちる。

風景がぱっと白く飛び、暗幕が降りるように視界が途切れた。


「あぇ?」


気づけば、地面が目の前にあった。

頬に泥が張りつき、息は荒く乱れている。

どう倒れたのか、その間の記憶だけがぽっかりと消えていた。


背筋を冷たい汗が伝う。リゼは震えながら心の中で呟いた。


(いま、わたし…なにを…?)


「馬鹿野郎!」


ナズが駆け寄り、肩を掴んで支える。

怒気を帯びた声が森に響いた。


「俺の最大化(マキシマ)ですら倍掛けは破綻する!」


「最大化をさらに最大化すれば制御できるはずがない!お前の身体に直結する特技なら──命に関わるぞ!」


荒い息の中でも、リゼの瞳は逸らさなかった。



放課後の校門を抜けると、夕焼けが街を真っ赤に染め上げていた。制服姿の生徒たちが群れになって歩き、笑い声が重なっていく。


そのざわめきの中で、ユウだけが歩調を遅くしていた。


クラヴァルの配信から数日。

面談で交わした言葉の余韻が、まだ胸の奥に残っている。


(正しいか、間違っているか…もうそんなこと、どうでもいい)


浮かぶ基準は、ただ一つ。

リゼとクラヴァルを守れるかどうか。

それだけが、自分の行動を振り分ける線になっていた。


「護れるなら、それがすべて」


吐き出した声が、自分の耳にもひどく冷たく響いた。しかし次の瞬間、胸の奥から高揚が湧き上がる。全身の神経が研ぎ澄まされるような、甘美な熱。


鼻の奥に鉄の匂いが満ちる。

手を上げると、指先に赤い滴が触れた。


「…っ」


視界がじわりと赤く染まり、街灯の光すら血のように滲む。

世界が歪み、赤に包まれて揺らいだ。


(まだ…大丈夫。このくらい、どうってことない)


深呼吸で誤魔化しながら足を進める。

けれど、その口元には無意識の笑みが浮かんでいた。


それは安堵にも、狂気にも見える歪な笑みだった。



「でも、間に合わなければ意味がない」


リゼは拳を握りしめ、荒い息を吐いた。


声は森の木々に吸い込まれ、葉擦れの音と混ざって消えていく。遅れて胸に鋭い痛みが走り、肺の奥まで焼けついた。


──同じ時刻。


住宅街の薄闇を歩くユウは、鼻血を袖で拭いながら、まるで誰かに答えるように声を落とした。


「守れなきゃ、意味がない」


吐息とともに零れた言葉は、夕暮れの空気に溶けていく。誰に届くでもなく、静かに夜へと吸い込まれていった。


互いに届くはずのない声。


だが二人の胸の奥では、同じリズムで心臓が脈打っていた。その共鳴は、距離も時も超えて重なり合っていた。


リゼはぐらつく膝を押さえながら立ち上がった。

呼吸は荒く、視界の端はまだ滲んでいる。

それでも剣を握り直し、唇を結んだ。


「これが、私の力」


震える声に、自らを奮い立たせる意志が宿る。

ナズの険しい視線を受けながらも、彼女は俯かなかった。


──同じ頃。


ユウは街灯の下で立ち止まり、袖で鼻血を拭った。赤く滲む視界の中、笑みを浮かべる。


「二人さえ守れるなら」


掠れた声。けれど瞳には奇妙な熱が宿っていた。

その笑みは安堵にも、狂気にも見えた。


二人の姿が、場所を越えて重なる。

どちらも限界を越えようと、ただ前を見据えていた。


「──その向こうへ」


誰の声ともつかぬ囁きが、闇の中に静かに響いた。

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