第74話 現実世界デビュー
前夜、EWSの公式アカウントが短く呟いた。
《異世界の冒険者クラヴァル、緊急生配信を行います!》
《視聴者のコメントに直接本人が答えます!》
その告知は、眠気を吹き飛ばすほどの衝撃を持って拡散されていった。
「中の人説」や「AIボイス説」、あるいは「完全なフェイク」──議論が再燃し、SNSのタイムラインは真っ赤に燃え上がった。
《これ絶対やらせだろ》
《声優が喋るだけの演出じゃ?》
《ユウってやつ実在してるのか検証できるチャンス》
トレンド上位には《#クラヴァル緊急配信》《#ユウ実在》が並んだ。
♢
翌朝の高校も、その話題で持ち切りだった。
「政府が関わってるらしいぞ」
「さすがに演出だろ」
クラスのあちこちで憶測が飛び交う。
春川が机に肘を突き、ユウに身を乗り出す。
「なあ城野、お前、絶対なんか知ってるだろ?」
冗談めかした笑顔に、クラスメイトの視線が集まった。
ユウは曖昧に笑って肩をすくめるしかなかった。
(知ってるなんて言えるわけない……)
その日の放課後から夜にかけて、興奮と緊張はさらに高まっていった。視聴予約数は異常な桁を刻み続け、開始前からSNSはお祭り騒ぎだ。
そして──夜八時。
画面に現れたのは、異世界風のCG背景を背に立つクラヴァルの姿だった。
♢
カウントダウンの数字が消え、暗転した画面がじわりと明るくなる。
ざらついた光の粒が舞い、やがて背景が形を成す──古代の城塞を思わせる石壁、揺らめくたいまつ、そしてどこまでも広がる星空。
いかにも「異世界風CG」と説明できる、しかし妙に生々しい舞台だ。
その中心に、ゆっくりと影が立ち上がる。
絢爛な装飾の手甲が光り、白銀の髪がふわりと揺れる。
視線をまっすぐカメラへ向け、クラヴァルは微笑んだ。
「こんばんは、いいのかしら?……待たせたわね♪」
わずかな間の後、視聴者数のカウンターが爆発するように跳ね上がり、コメント欄が光の奔流に変わった
「初めまして」
彼女が一言発するだけで視聴者数は瞬く間に跳ね上がり、コメント欄は流星群のように流れ続けた。
《本物?》
《CGだろこれ》
《いや動きが自然すぎる》
《やっぱ実在するんじゃ?》
混乱の熱気が、配信開始直後から一気に広がっていった。
クラヴァルは片手を軽く上げて、笑みを浮かべた。
「まずは自己紹介からね。私はクラヴァル。冒険者よ」
その声色は落ち着いていて、舞台の上で観客を相手にするような余裕があった。
コメント欄が一瞬で沸騰する。
《クラヴァル!?》
《やっぱり声優じゃなくて本人?》
《異世界の冒険者が生配信とかw》
彼女はタブレットを覗き込み、流れるコメントの中から適当に一つ拾い上げ音声を流す。
「好きな食べ物? そうね……甘い物が大好き」
にっこり笑って答えると、コメントがさらに弾む。
《かわいい》
《スイーツ女子じゃん》
《設定凝ってるな》
もう一つ、指先でコメントを選ぶ。
「武器? これはね、王様からもらったの」
剣を軽く掲げると、チャットがざわついた。
《王様から?》
《そういう設定?》
《作り込みやばい》
茶化すようなコメントも流れてくる。
《コスプレ?》
《仮想演者じゃん》
クラヴァルは首を傾げ、逆に問い返す。
「それってなぁに?」
場が一瞬和み、笑い混じりのコメントが洪水のように流れた。
だが次の瞬間、空気が変わる。
スパチャ欄に見慣れぬアカウント名が並んだのだ。
《霞ヶ関(非公式) ¥5000》
《防衛省の中の人 ¥10000》
コメント欄が騒然とする。
《え、これ本物?》
《名前ふざけてない?》
《いや認証バッジついてる…!》
クラヴァルは視線を走らせ、そのまま真剣な顔に変わった。
「質問ね……『異世界は本当に存在するのか』」
少しの沈黙の後、きっぱりと言い放つ。
「存在するわ。これは虚構じゃない」
次に表示された質問を読み上げる。
「『侵略の意図はあるのか』……」
クラヴァルは淡々と、しかし強い声で答える。
「私たちの世界は、あなた方の国土を奪うつもりはない」
「ただし、奪おうとする者がいるなら」
「私が相手をしてあげる」
コメント欄が再び爆発した。
《強すぎワロタ》
《これ宣戦布告では》
《いや逆に平和的?》
さらに一般ユーザーからの質問が拾われる。
「『なんで配信することにしたの?』」
クラヴァルの瞳が一瞬揺れ、画面をまっすぐ見つめる。
「ユウを守るため」
短く、それだけでは終わらせなかった。
「彼は世界の狭間で一人きり。誰も信じないなら、私が証明するしかない」
コメント欄が一気に騒がしくなる。
《ユウって誰?》
《名前出たぞ!》
《これ、前から噂の?》
さらに追い打ちをかけるように「ユウって誰?」という質問が浮上する。
「彼はただの少年。でも、私にとっては……ただ一人の大切な人」
その言葉に、数秒間コメントが止まったかのように見えた。そして堰を切ったように流れが押し寄せる。
《尊い》
《ついに告白》
《いやこれ世界規模で恋バナしてるだけだろ》
社会全体も反応を始めていた。
企業公式アカウントが「#クラヴァル緊急配信」をタグ付きで引用。
海外メディアが速報を英語で垂れ流す。
仮想通貨で「支援します!」と投げ銭が飛ぶ。
海外の視聴者は「#Claval」「#SaveYuu」を立ち上げ、世界規模の祭りになっていく。
クラヴァルは最後に、ゆっくりとカメラに視線を突き刺した。
「私はユウを守る。何があっても、夜が明けるたびにでも言うわ」
「彼を、守る」
その毅然とした声に、コメント欄は熱狂と混乱の渦に包まれていった。
♢
ユウは机に突っ伏すような姿勢で、スマホの画面を食い入るように見つめていた。
コメントは滝のように流れ続け、視線で追うことすらできない。だが、クラヴァルの言葉だけは鮮やかに耳に残る。
「……ただ一人の、大切な人」
その一言に、心臓を鷲づかみにされたように胸が痛む。守る、という言葉を彼女は何度も繰り返した。
そのたびに画面の向こうから熱が押し寄せ、ユウの肺を焼く。
(彼女、本気で……世界に向かって言ってしまったんだ)
現実では、教室で笑いながらごまかした自分。
画面の向こうでは、堂々とユウの存在を証明するクラヴァル。
二人はあまりにかけ離れていた。
ドアの向こうから母親の声がする。
「ユウ、すごいことになってるわね」
軽い調子の声に、返事をする余裕もなかった。喉が固く閉じてしまっていた。
SNSのタイムラインをスクロールすると、「#クラヴァル緊急配信」「#ユウ実在?」のハッシュタグが爆速で伸び続けている。
誰もが彼女の言葉を引用し、断片を切り取り、論争を拡散している。
《これは演出か真実か》
《少年ユウの存在を検証するスレ》
《異世界干渉の可能性について》
現実がざわめき、世界が騒ぎ始めている。
その中心に、自分の名前がある。
ユウはスマホを握り締めたまま、震える指先を止められなかった。
だが、恐怖よりも強い感情が胸の奥に渦を巻いている。
(……帰還者に、会わなければ)
クラヴァルが証明してくれたのなら、自分も動く番だ。
ユウの瞳は、画面に映る彼女の姿と同じくらい強く、決意の色を帯びていた。




