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異世界配信サービス -その一声で始まった。恋と戦い、そして世界を壊す物語-  作者: vincent_madder
第8章 それは配信を超えた物語 / the beginning

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第71話 さがしもの-3-

異世界の森にひっそり建つ小屋。


雨風を避けるためだけに組まれた木壁は、いまは三人の秘密を抱きとめる檻のようだった。


ランタンの火が細く揺れ、木の節目が赤く染まる。


寄り添う三人の吐息が、狭い空間の静けさを乱していた。


ユウは胸に顔をのせているクラヴァルを見下ろしながら、喉を鳴らすように口を開いた。


「俺の世界ではというか…俺のいる国では、重婚できないんだよな」


全裸のクラヴァルは胸に顔を押しつけたまま、ふっと笑みを漏らした。


「ユウ…そこまで考えてくれてるのね。嬉しい♡」


甘い吐息が肌に触れ、背筋をくすぐった。


「まだ私は認めてないけど?」


リゼの声がかぶさった。


真剣な瞳のまま、彼女もまた布一枚もまとわず隣にいた。その頬は赤く染まっていたが、瞳の奥にあるのは揺らぎのない意志だった。


「でも――いずれはそうなるのよね」


ユウは思わず息を呑む。胸の奥が熱くなり、恐れと安堵が入り混じる。


「リゼ…ありがとう」


ほんのひととき、小屋の空気が柔らかくなった。

だが、クラヴァルがわざとらしい声を上げて崩す。


「ちょっと、私もいるんですけどー?」


わざと頬を膨らませるようにして、すぐに続けた。


「私のいる国はそのへん問題ないわよ。でも王様がなんていうかよね〜」


リゼは即座に応じる。


「私は…ユウがいるならどこでもいい。現実世界(あっち)でも、アヴラスでも、ここでも」


ユウはその一言に胸を打たれた。


「リゼ……ありがとう」


けれどクラヴァルは再び声を挟む。


「でもそうなると、家名が変わるのよね」


ユウは瞬きをして首をかしげた。


「そういえば、クラヴァルの家名…聞いたことなかったな」


ランタンの光が銀髪を照らし、光の筋が彼女の肩を滑った。クラヴァルはその髪を指先で弄びながら、わずかに口を歪める。


「言いたくないけど、教えるわ。家名は――」



ちょうどその頃。

現実世界の片隅、暖簾が仕舞われたラーメン屋の前に、制服姿の若い自衛隊員二人が立っていた。


湿った風が吹き、看板の電球がわずかに瞬く。


「星嶺さん、でよろしいでしょうか」


低い声が、店先に立つ男に向けられた。


「たしかに私は星嶺ですが…どちらかな?」


帰還者は買い物袋を降ろし、ゆっくりと振り返る。顔には疲労の影が刻まれていたが、視線は鋭く冴えていた。


「防衛省異世界特別対策チームの者です」


「ああ…。店を開けるから中へどうぞ」


暖簾を押し返し、隊員たちは小さく頭を下げて店内に入る。開店前の店内は静まり返り、油の匂いと木のカウンターの冷たさがやけに鮮明だった。


「よく本名までたどり着きましたな」


帰還者は買い物袋をカウンターに置き、腰を下ろす。どっしりとしたその姿は、ただの料理人には見えない迫力を帯びていた。


「一連の事象に対し、様々なオプションをシミュレート。情報収集の結果です」


若い隊員は真っ直ぐに答えるが、緊張が声を硬くしていた。


「一連の事象、とは?」


「ご説明させていただきます」


ファイルが差し出され、帰還者は目を走らせる。

紙をめくるたびに眉が動き、指先が止まった。


「…あのボウズ。そんなことになっていたのか」


声は低く、しかし揺らぎがあった。

隊員は頷き、間を置いてから言葉を続けた。


「我々がお伺いさせていただいたのは、彼についてです」


「…核弾頭を搭載したミサイルを奪取し、アンロック、発射は可能ですか?」


店の空気が一瞬で凍りつく。

蛍光灯の光が白々しく、紙の白さをさらに際立たせた。


帰還者は静かに両手を組み、目を閉じた。


「あのボウズには無理だ。身体がもたん」


若い隊員の視線が揺れる。


「では、星嶺さんは可能でしょうか」


沈黙が流れる。やがて帰還者はゆっくりと息を吐いた。


「…可能だ。安心してくれ。やりはせんよ」


「両者の違いが判断できませんが」


「簡単なこと」


帰還者は口角を上げ、おもむろにシャツの袖を捲り上げる。刻まれた文様が、皮膚の下から淡く光を返した。


「魔素に対するあらゆる術式を、体中に彫り込んでいるだけだ」


視線を落とすと、そこに浮かぶ線と環はただの刺青ではなく、生きるための術式の刻印だった。

痛みと引き換えに力を得た証。


「おかげで温泉にもいけなくなっちまったがな」


自嘲気味の笑いがこぼれる。

だが隊員たちは返す言葉を失っていた。


彼の肉体が兵器そのものだと、直感で理解していた。



小屋の中。

クラヴァルは視線を宙に泳がせ、ひと呼吸おいてから口を開いた。


ランタンの炎がわずかに揺れ、その影が壁を大きく伸びていく。


「言いたくないけど…教えるわ。家名は――」


声が途切れた瞬間、時間さえ止まったように思えた。木壁のきしむ音すら聞こえない。


リゼは無意識に息を止め、ユウも喉が張り付いたように動けなかった。


ただ、次に続くはずの言葉を待つ。


クラヴァルの横顔は笑っているようで、どこか寂しげにも見える。長い銀髪が肩から滑り落ち、光を帯びてゆらめいた。


彼女の唇がゆっくりと開かれる。


「私の家名は――星嶺(ホシミネ)


その響きが小屋に落ちた瞬間、ランタンの炎がはぜる。


ユウの胸に衝撃が走り、心臓が一拍遅れて大きく跳ねた。耳の奥で血流の音がごうごうと鳴り、呼吸が浅くなる。


リゼも目を見開き、声を発しようとして、けれど喉が震えるだけだった。


「ホシミネ」――その名の重みが意味するものを探し、思考が空転する。


沈黙は、ただ重苦しく膨れあがっていった。

小屋の狭さがやけに意識される。ランタンの炎がゆらめき、壁に映る影が大きく膨らんでいく。


三人の吐息だけが、やけに鮮明に小屋を満たしていた。

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