第4話 真夜中のハイシン
深夜26時。
ベッドの上で身じろぎもせず、ユウはスマホの画面を見つめていた。
指先が「アーカイブを再生しますか?」の文字に何度も近づいては止まり、タップしかけては引っ込める。
昨夜のリゼの配信。その一瞬の仕草の意味を、どうしても確かめたかった。自分の呼びかけに反応したかのように見えたあの挙動。
偶然だったと笑い飛ばせれば楽なのに、心のどこかがそれを許さない。
でも、もし再生して、何もなかったら。
それが本当に偶然だったとしたら——。
その“もし”に触れてしまうのが、怖かった。
確かめたいのに、確かめたくない。
その板挟みに耐えきれずユウは顔を背けてスマホを伏せた。
「くっだらねぇ」
布団の中、天井を見上げながらユウは小さく呟いた。確かめたい——その衝動は確かに胸の奥で膨らんでいる。だがそれを行動に移すことがなぜこんなにも怖いのか。
もし、本当に“届いていた”としたら。
あの言葉が、あの瞬間が、偶然ではなかったとしたら。
ただの偶然かもしれない。
それでも自分の言葉に誰かが反応したと思えた瞬間——それが忘れられなかった。
もしあの時声が届いていたとしたら。
画面の向こうにいる誰かと、ほんの一瞬でも繋がれたのだとしたら。
それだけでこの世界の見え方が少しだけ変わる気がした。
ユウはまだ確信を持てないまま、その可能性をそっと胸にしまい込んだ。
♢
翌朝重たいまぶたのまま登校したユウに、春川がまた話しかけてきた。
「昨日、また見てた? 例の子の配信」
「……うん」
「お前、最近マジでハマってるよな。オススメ系じゃないんだろ?」
「…過疎枠」
「だと思った。コメントも反応もないようなとこ、なんでそんなに見てんの?」
ユウは少しだけ迷ってから、口を開いた。
「なんか…気になるんだ、あの子」
春川は苦笑して肩をすくめた。
「たまには体動かしてぐっすり寝ようぜ?部活嫌いじゃないんだろ?」
「……まあ、ちょっとね」
「俺は昨日、バルトって奴のやつ見てた」
「あいつ、街の中心でいきなりドラゴンに遭遇してさ、コメント欄めっちゃ荒れてたわ」
「……へえ」
「でも、そっちの子は過疎なんだろ?どうでもいい瞬間とかも見逃せなかったりして」
ユウは、答えなかった。
昨日のあの瞬間。
自分の声に彼女が応えたように感じたあの一歩。
本当に、錯覚だったのだろうか——
♢
夜。
再びリゼの配信が始まる。
ユウは布団に体を沈めたまま、スマホの画面に視線を固定していた。
リゼは昼の光が差し込む、打ち捨てられた村を歩いていた。
陽の光はどこか白く滲み、風に揺れる破れた幟がかすかに鳴るたび、まるで誰かの囁きのように聞こえた。
崩れかけた屋根や朽ちた壁、剥がれた看板が建物の過去を物語っている。かつて誰かがここで暮らしていた——そんな面影だけが、ひっそりと残されていた。
ユウはスマホ越しにその廃村を見つめていた。
音量を上げるでもなく、ただ耳を澄ますように目を凝らす。少女の足音だけが、石畳の上を控えめに刻むリズムとなり静寂の中で妙に鮮明に響いていた。
ふと画面の奥——視界の隅に微かな揺れが走った。
風とは違う意図のある動き。
草むらの陰で何かが蠢いている。
数秒後、四足の魔物が低くうなりながら這い出してきた。皮膚は斑にただれ、片目は潰れている。異様な気配が画面越しにも伝わってくるほどだった。
ユウは、息を詰めたまま画面に釘付けになった。リゼはまだ気づいていない。
「うしろ——ッ!」
反射的に声を上げたその瞬間リゼの身体がピクリと反応した。
振り返る間もなく、彼女は地を蹴って右へ跳ねる。背後から跳びかかってきた魔物の爪が、さっきまでリゼのいた空間を鋭く切り裂いた。
土煙が上がる。
リゼは転がるように地面に身を伏せ、肩で息をしながら体勢を立て直す。
両手にはすでに短剣が握られていた。右足を一歩引き、低い姿勢から魔物を睨みつける。
魔物はうなり声を上げ、間合いを詰める。
だがリゼは焦らない。落ち着いた呼吸で相手の動きを見極め、タイミングを計る。
次の瞬間、魔物が飛びかかってきた瞬間を狙ってリゼは地面を蹴った。
刃が閃き、魔物の首筋をかすめるように切り裂いた。断末魔の声をあげることもなく、それは崩れるように地面に倒れ伏した。
リゼはしばらく動かず、ゆっくりと立ち上がった。肩で呼吸を整えながら、茂みに目を向ける。そして、静かに呟いた。
「いま、……誰か、呼んだ?」
画面越しのユウは凍りついていた。呼吸も、鼓動も、時間さえも止まったようだった。
画面の中でリゼが最後に一度だけ振り返り、何かを言いかけたように見えた——その直後、画面はふっと暗転する。
——配信は終了しました——
無機質なメッセージが表示され、ユウは、強制的に現実へと引き戻された感覚に襲われた。
言葉が通じたかどうかなんて、まだわからない。
でも確かに——彼女とユウの間に、少しずつ“反応”が積み重なっていくのを、彼は感じ始めていた。




